日野自動車と三菱ふそうトラック・バスの統合は5月30日に発表された。それぞれの親会社であるトヨタ自動車、ダイムラー・トラックのトップも顔をそろえた(撮影:尾形文繁)

トヨタ自動車とドイツのダイムラー・トラックが、それぞれの子会社である日野自動車と三菱ふそうトラック・バスの統合で基本合意した。2024年3月末までの最終契約締結、2024年内の統合完了を目指す。
経営統合によって、商用車における電動化や自動運転技術の共同開発を進めるとともにアジアでの事業拡大を狙う。ただし、日野は昨年発覚したエンジン不正によって業績が悪化しており、エンジン不正に関連して海外では罰金や損害賠償のリスクも抱えている。
不透明要素が残る中で経営統合を実現できるのか。M&Aに詳しい服部暢達・早稲田大学大学院経営管理研究科客員教授に聞いた。

トヨタによる事実上の「たたき売り」

――日独の大手自動車メーカーが提携し、トラックメーカーの国内2位と3位が経営統合するというニュースをどう見ていますか。

昨年3月に日野がエンジン不正を明らかにした。親会社のトヨタは日野を完全子会社化して立て直すという選択をしなかった。日野を支えきれず、事実上のファイアセール(たたき売り)をしたと認識している。

完全に独立した会社が経営難で身売りする場合、基本合意にこぎ着けるまで時間がかかるのが一般的だ。だが、今回は短期間で経営統合が決まったように見える。世界のトラックメーカーの数が乗用車メーカーに比べて少ないこと。日野も三菱ふそうも双方に議決権の過半数を持つ支配株主がいて、それぞれの株主が意思決定できる構造だったからだろう。

――エンジン不正の影響で日野は国内トラックの一部車種の出荷停止が続いており、業績の先行きが見通せません。加えて、アメリカではエンジン認証での法令違反の調査が続いており、当局から罰金を科されるリスクがあります。さらにアメリカとオーストラリアで消費者から集団訴訟も起こされています。

ダイムラー・トラックの経営陣は直接知らないが、同社が分社化する前の前身であるダイムラー・ベンツ(現メルセデス・ベンツ・グループ)という会社自体、よく知っている。ドイツの中でも優秀な人たちなので、絶対に自ら損を抱え込むようなヘタは打たない。ある程度、日野が抱えるリスクに対応できる見通しがついたことから交渉が妥結したと想像する。

――日野が東京証券取引所に提出した臨時報告書によると、エンジン不正による損害が出た場合、三菱ふそうの株主に対して日野や新持ち株会社が金銭を支払う「特別補償」を定めています。この特別補償がダイムラー・トラックにとってのリスク対応なのでしょうか。

M&Aには経営統合や買収後、相手先企業の買収前の事象が原因で損害が発生することがある。そのため、最終契約書では売り手が買い手に補償する責任を負う「補償条項」を定めることは珍しくない。不動産でいう瑕疵担保責任のようなものだ。

――ただ、日野の場合、いつの時点でどれほどの規模の金額が発生するかはまだわかりません。

そのためにも補償の支払いの対象期間が設けられる。日野の補償の場合、1年は短くて心もとないので、極めて珍しいが例えば3年、5年といった長い期間にして、補償の金額規模の上限も大きくなるかもしれない。

――そもそも、統合後に発生した損失について、誰がどのように補償金を支払うのでしょうか。統合後の持ち株会社や日野が支払った場合、ダイムラー・トラックを含めた株主全体が間接的にその負担を負うことになります。

それこそフィナンシャルアドバイザー(FA)の腕の見せ所で、ストラクチャーの組み方にはさまざまな可能性がある。最も簡単なのは、現在の日野の親会社であるトヨタが、補償額が確定するたびに直接ダイムラー・トラックに補償することだ。

誰がどのように補償するのか


はっとり・のぶみち/早稲田大学大学院経営管理研究科客員教授。東京大学工学部卒業後、日産自動車入社。マサチューセッツ工科大学でMBA取得後、ゴールドマン・サックス証券に入社。1998年から2003年までマネージング・ディレクターとして日本におけるM&A業務を統括(撮影:今井康一)

――補償する際、具体的にはどのような方法が考えられますか?

トヨタはダイムラー・トラックに契約上の補償金を現金で支払い損金算入し、ダイムラー・トラックはその現金で統合会社の損失を、やはり契約上の義務として代位弁済することが考えられる。本来、この損金はトヨタと共に日野の49%一般株主も被るべき損金ではあるのだが。

――統合後の持ち株会社は東証プライム市場に上場する予定です。また、その際、トヨタとダイムラー・トラックの出資比率は同等と発表しています。

船頭多くして船山に上るとはこのことで、同等比率だと優劣がつけられず責任の所在が不明確になりがちだ。新会社の経営の主導権をダイムラー・トラックが握って、基本方針を決めるというシナリオが考えられる。そのためにもダイムラー・トラックが実質的に統合会社の主導権を握れる工夫がないと同等の出資比率の経営形態にダイムラー・トラックが乗るとは思えない。

――現在、日野に対するトヨタの出資比率は50.1%、三菱ふそうに対するダイムラー・トラックの出資比率は89.29%です。新会社に対するトヨタとダイムラー・トラックの出資比率を対等とするには、どういった統合スキームが考えられますか。

トヨタとダイムラー・トラックの統合会社への出資比率が同じになるのは、日野と三菱ふそうの株主価値の比率が100対57.1の時だ。両社を統合する方法としては、両社がそれぞれの株主総会の特別決議による承認を経て共同株式移転を行うことが考えられる。

その際、三菱ふそうの価値が(日野の価値を100として)57.1より低いなら、共同株式移転に先立ち、日野の株主価値を下げるか、三菱ふそうの株主価値を上げることが必要になる。たとえば、日野の株主価値を1000億円下げるには日野が銀行から1000億円の新規借り入れをして同金額の自己株買いを行うことなどが考えられる。

日野の従業員の士気を下げないための「上場会社」

――そもそも統合会社が日本でプライム市場に上場する狙いは何でしょうか。

トヨタからしてみれば、上場すれば最終的に日野を売り逃げできるという見方もできるが、そうであれば最初からわざわざ統合会社の出資比率をダイムラー・トラックに合わせなくてもいい。一方、ダイムラー・トラックの視点から見れば、主力市場はヨーロッパとアメリカだ。新しい統合会社はアジア部門でしかない。

そうして考えると、日野の従業員の士気を下げないために統合会社を上場維持するのかもしれない。日本にはいまだ「上場会社」に勤めることへの信仰が厚いからではないか。


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(井上 沙耶 : 東洋経済 記者)