伊藤忠グループのIT部門の中核として機能し続けたCTCだったが、近年競争環境は激変している(写真:編集部撮影)

伊藤忠商事が巨額投資に打って出る。

8月2日、連結子会社の伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)に対してTOB(株式公開買い付け)を実施すると発表したのだ。公開買い付け期間は9月14日まで。現在の出資比率は61.24%で、TOBが成立すればCTCは上場廃止となり完全子会社化される。

投じる資金は3876億円。中国政府系コングロマリットのCITIC(中国中信集団)への6000億円の出資(2015年)、5800億円を投じたファミリーマート完全子会社化(2020年)以来の規模となる。

記者会見は30分で打ち切られた

「CTCの非公開化で企業改革に向けたさらなる経営資源投入、機動的な施策の実行が可能となり、当社およびCTCの収益拡大を実現できる」。会見で石井敬太社長は、CTC完全子会社化の意義をそう語った。

だが、これだけの大型案件にもかかわらず、記者会見は慌ただしくオンラインで開かれ、30分ほどで打ち切られた。

CTCへのTOBを巡っては、8月4日に開かれた第1四半期(4〜6月期)決算説明会でも質問が集中した。冒頭、鉢村剛最高財務責任者(CFO)は「安いかどうかは別として、適正な価格で買えたと思っている」と言葉を濁した。

CTC株の買い付け価格は1株4325円。公表資料によれば、7月7日に伊藤忠が提示した買い付け価格は3800円(6日の終値比6.77%のプレミアム)だ。その後の交渉で、価格は4000円、4080円、4090円とじりじりと引き上げられ、7月31日には4200円(前営業日の終値比19.69%のプレミアム)を提案した。

それでも首を縦に振らないCTC側に対して、伊藤忠側は「これ以上引き上げるのは困難」といったん通知したものの、翌8月1日には4325円(7月31日終値から20.07%のプレミアム)を提示して「応諾」となった。

伊藤忠による子会社のTOBを巡っては現在、係争中の案件がある。2020年のファミリーマートへのTOBでは当初1株2600円を提示したものの、その後、コロナ禍による環境変化を理由に2000円まで引き下げ(特別委員会は2800円が適正価格と主張)、結局、2300円に引き上げた。

今年3月、元株主のファンドから買い取り価格決定の申し立てを受けた東京地方裁判所は1株2600円が妥当などとする判断を下し、ファミリーマートが東京高等裁判所に抗告している(「安すぎた」ファミマTOB、伊藤忠との攻防の全内幕)。

「考え方の開きはずいぶんあった」

今回、「引き上げ困難」の通知からわずか1日でCTCの買い付け価格が引き上げられた背景について伊藤忠は「交渉上の判断」(広報部)とだけ回答。鉢村CFOは説明会で、「CTCとわれわれのCAGR(年平均成長率)に対する考え方の開きはずいぶんあった」と明かしたうえで、「最終的に合意した4325円は、今後の(CTCの)成長と合致する計算にはなっている」と述べた。

買い付け価格については伊藤忠側が折れた形となったが、ではなぜ、そこまでして伊藤忠はCTCの非公開化にこだわったのか。

鉢村CFOは「情報産業分野の大きな成長率、市場の評価、PER(株価収益率)やPBR(株価純資産倍率)の高さを伊藤忠に取り込んでいく」と話した。CTCの完全子会社化は、5〜6年前から議論を続けてきた案件だったが、「IT分野は2024〜2027年にかけて成長率が大きく伸びる」(鉢村氏)という見通しが背中を押したようだ。

だが、CTCの企業価値最大化のために伊藤忠から資金や人材を投入しても、出資比率が現状の6割程度では利益が少数株主に外部流出していく。

「こうした外部流出を考えると意思決定のスピードが遅くなる」(情報・金融カンパニープレジデントの新宮達史氏)という課題を抱えていた。完全子会社化で、迅速な意思決定が可能になり、思い切った経営資源の投入が可能になるというわけだ。

CTCを取り巻く競争環境の変化もTOBを後押しした大きな要因と言える。

CTCの歴史は1958年、伊藤忠などが設立した東京電子計算サービスにさかのぼる。当時ではまだ珍しかったコンピュータの輸入販売、計算機センターの運営事業を始めた。その後、事業再編を続けながら電子機器の販売、保守点検を収益柱に成長し、1999年に東証一部に上場(当時は伊藤忠テクノサイエンス)。初日は買いが殺到して値がつかない人気ぶりで、気配値による時価総額は親会社の伊藤忠を抜いていた。

クラウド化が進むにつれ強力なライバル登場

当時の佐武広夫社長は、日刊工業新聞のインタビューに、「一部上場による知名度の向上で人材確保の幅が広がる。日本はこれから本格的なウェブ活用時代に突入するので、これに対応する商品の先行開発が必要だ」と語っていた。

インターネット時代をリードし、伊藤忠グループのIT部門の中核として機能し続けたCTCだったが、クラウド化が進むにつれ、最新機器を販売する「プロダクトアウト」の発想から、顧客が求めるサービスを提供する「マーケットイン」への転換を迫られている。

IT業界では、川上の戦略コンサルから川下のシステム運用や業務受託まで請け負うアクセンチュアなど強力なライバルが現れ、「CTCが気づいた時にはもう案件を取られているケースが多発している」(伊藤忠の情報・通信部門幹部)。しかも、アクセンチュアは川上から川下まで自前でそろえ、一気通貫でサービスを提供する。

これに対抗する形で伊藤忠は2019年以降、電子帳票システムに強いウイングアーク1stのほか、コンサルやデータ分析の「川上」を得意とするシグマクシスやブレインパッドへ3〜25%出資し、「緩やかな群戦略」で顧客の要望に応える体制をつくってきた。川上企業が戦略コンサルに入り、最終的にはCTCでシステム販売・運用を担うイメージだ。


しかし、新宮氏は「従来のビジネスモデルとサービス範囲で持続的に成長していくことは難しい。伊藤忠グループの海外ネットワーク、ビジネスノウハウ、経営資源をこれまで以上に活用した事業投資、ビジネスモデルの変革、事業領域、提供機能の大幅な拡充が必要」と危機感をあらわにする。

修正を迫られる伊藤忠の「群戦略」

今後、CTC自体も海外展開を積極化し、コンサルやデータ分析機能を強化して素早く顧客ニーズに応えていく必要がある。「CTCにお金を突っ込んで、今の状況よりさらに企業価値を上げていかなければ乗り遅れてしまう」(鉢村氏)。「緩やかな群戦略」は、修正を迫られている。

CTCと並び、伊藤忠のIT企業群の中核となるコールセンター最大手「ベルシステム24」へのテコ入れも必須だろう。最下流のBPO(業務委託)の分野でカギとなる企業で、伊藤忠は40%超を出資している。

コールセンター業界では今年9月、三井物産持ち分法適用会社のりらいあコミュニケーションズとKDDI完全子会社のエボルバが経営統合し、従業員5万8000人規模の「アルティウスリンク」が発足する。ベルシステム24と並ぶ規模となり、コールセンターを含むBPO事業の競争が激化することは必至だ。

今回のTOBは伊藤忠の「群戦略」が変貌していく起点となるのか。IT業界は固唾をのんで注視している。

(森 創一郎 : 東洋経済 記者)