槙原寛己、“完全試合達成”の爆笑裏話!ペナルティを交渉の末「次の登板で結果を出したら…」

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8月4日(金)の『しくじり先生 俺みたいになるな!!』では、元巨人軍投手で野球解説者の槙原寛己による授業の後編が放送された。

後編では、槙原が「プロ野球に入ってもっとも後悔していることが200勝できなかったこと」と語るも、「○○が大嫌いで200勝を逃してしまった」というまさかの理由や、今も語り継がれるあの“敬遠球サヨナラタイムリー”の裏で起きていた恥ずかしいしくじりなど、衝撃告白の連続となった。

さらに、槙原の史上15人目の完全試合達成という大偉業の裏にあった驚愕しくじりも告白。

福岡遠征に行った際、夜12時の門限があったにもかかわらず、夜中に変装して街に繰り出していたことがばれ、“罰金”と“外出禁止1カ月”というペナルティを受けた当時30歳の槙原。

このときだけでなく、変装して夜中に抜け出すことはいつもやっていたと明かした槙原は、「先発は1週間に1回しか投げないんで、その間は有り余る体力をそこで少しずつ削っていかないと」と言い訳。

さらに「語弊があるとアレなんですけど」と前置きしながら「試合がナイターなんで、お昼に起きれば全然OK」と発言した槙原に、オードリーの若林正恭はすぐさま「メチャメチャ語弊ありますよ」とツッコミを入れ、一同の笑いを誘った。

その後、ペナルティで受けた“外出禁止”がどうしても嫌だった槙原はマネージャーに交渉した結果、「次の登板で結果を出したら門限破りを帳消しにしてやる」という条件を提示されたと明かした。

「自分の中で何とかしようというときには別の力が働く」「自分の自由を賭けた戦い」と振り返った槙原に、教室では「カッコつけんなよ」とツッコミが飛んだ。

そして迎えた伝説の一戦。1994年5月18日に福岡ドームにて行われた「巨人vs広島カープ」の試合で、名だたるバッターたちを相手に投げた槙原は、日本球界16年ぶりとなるパーフェクトゲームを達成する。

槙原は「5回にピッチャーゴロが来て、これをアウトにしたら勝ち投手決定。『これで1カ月外出禁止解消だ』と思った瞬間にファーストにワンバンで投げた」「6回からは完全に記録だけ。それ1本に絞ることができた」「雑念なくなったもん。俺の自由はもう持ってるから」と笑いを交え、当時を振り返っていた。