テスラは、マーケティング・イノベーションに加えてプロセス・イノベーションとサプライチェーン・イノベーションが際立っていることがよくわかる(写真:chigasaki7/PIXTA)

インフレ、増税、円安、リセッションがニュースで報じられる昨今、「価格と利益」について、誰もが一度は考えたことがあるのではないでしょうか。最近、最も世間を騒がせた話題は「卵」の高騰でした。

『価格支配力とマーケティング』の著者、菅野誠二氏は「自由に価格が設定できて、しかもお客さんが喜んで買ってくれるような、ハッピーな値付けが実現できたら夢のようではないか」と話します。

この記事ではテスラ、ラグジュアリーハイブランド、ディズニーランドの例から、巧みなマーケティング・イノベーションによって「価格支配力」を駆使した値付けの背景にある強さの秘密を紹介します。

時価総額の差がなぜ生まれる?

■テスラはイノベーション複合型「ビジネスモデル・イノベーション」の塊

2023年3月17日、本稿の執筆時点でのテスラの時価総額は9012億ドルで世界一。2位のトヨタが2370億ドルなので3.8倍。日経新聞2021年11月16日版によれば、トヨタの1台あたりの販売利益は平均25万円、一方でテスラは73万円だそうだ。

時価総額の差は、この稼ぐ力と成長期待によるところが大きい。

テスラは、マーケティング・イノベーション(プロダクト、コマーシャル、ビジネスモデル)に加えてプロセス・イノベーションとサプライチェーン・イノベーションが際立っていることがよくわかる。

それぞれに見ていこう。

■無線通信で車両性能を更新し続ける「プロダクト・イノベーション」

電気自動車/EV車の中でも、テスラのBEV(バッテリー式電動自動車)は内燃機関エンジンを搭載しないピュアEVだ。卓越した電池マネジメントシステムによって長距離ドライブを実現、加速性能に優れた運転性能までも提供している。

大型ディスプレイに統一されたシンプルかつ高性能なパネル操作とドライブ状況表示の顧客体験を提供していることも強みだ。運転手の負担が少ない運転支援を提供し、OTA/Over The Airの無線通信によって、日々、車両性能を更新している。

■熱狂的なファンがさらなるファンを連れてくる「コマーシャル・イノベーション」

環境意識の高い顧客や、カリスマであるイーロン・マスクを信じて自動車を購入する顧客、そして投資している個人投資家も含め、テスラはファンと交流している。

これによってコミュニティ参加者のみをイベントに招待するなどして、熱狂的なテスラファンを形成することに成功している。このファン自身が影響力を持って、元々はグリーン・コンシューマーではない周辺市場に向けて、口コミやSNSでテスラの推奨を狙う。

これが非常に効いている。

サブスクで課金収入を得る

■システムを改良し続けてサブスク化する「ビジネスモデル・イノベーション」

自動運転におけるシステムを日々性能改良し、対価として毎月の課金収入を得る、いわゆる「サブスクリプション/定額制モデル」を導入している。多くの売上はオンライン、オフラインのいずれか、または両方における顧客との直接的な売買であるD2C/Direct To Consumerによって生まれるものだ。

販売店を通さないため、価格支配力が強力である。

■おもちゃの車を創る発想「プロセス&サプライチェーン・イノベーション」

我々は巨大な鋳造機械で、おもちゃの車を創るような発想で現実の自動車を造る*。

テスラは世界に存在しなかった長さ20m、高さ7.5m、410t以上のギガプレス(巨大な鋳造装置)を製造の現場に導入した。イーロン・マスク曰く、「新しい単一パーツの鋳物デザインと、それを生産する巨大な機械により、テスラ社の車体生産部門を30%縮小できる」という。

モデル3の組み立て作業工程の中にある、70のスタンピング・押出成形・鋳造を、モデルYではギガプレスにより鋳造される1つのパーツで代替する。つまり、通常メーカーが100以上の部品で構成するものを3つの部品で完成させることになる。

2022年に竣工した新工場ギガテキサスでは車載バッテリーから車体の製造、組み立てまでの工程を同じ工場内で実施し、一貫生産**している。これらのイノベーションで車重の軽量化、部品点数低減、製造時間短縮、部品運搬の無駄の排除が可能になった。

従来の自動車製造業にとって、まさにゲームチェンジャーだ。

膨大な数の系列部品メーカーと協創してきたオールドプレーヤーには、このような系列切りを伴うイノベーションは実行が困難だ。まさにイノベーションのジレンマが、彼らに襲いかかる。

*『6万社の下請けが不要になる… 「おもちゃのように車を作る」というテスラ方式はトヨタ方式を超えられるのか』(President Online、および同記事内に記載のイーロン・マスクの2021年1月18日のツイート)
**『テスラの新工場「ギガテキサス」 その恐るべき実力』(日本経済新聞/2022年5月10日)

■世界中の俊英が集い、世界を変えたい強固な意志に共鳴する「組織イノベーション」

テスラには「称賛に値する電気自動車を一般市場にいち早く導入することで、世界での持続可能な輸送手段の到来を加速する」というミッションがある。

これが、2021年の時点で既に「世界を持続可能なエネルギー社会へと加速する/Accelerating World’sTransition to Sustainable Energy」と、対象をエネルギー分野にまで広げており、人類にとってより重要な課題設定になっている。

このミッションに意気を感じる世界中の俊英が集い、世界を変えたい強固な意志を持つイーロン・マスクの過激なまでの働きぶりと、それを同じように従業員全員に要求する企業文化がテスラの成長を支えている。

2桁の値上げをしたハイブランド

■値下げをすれば売上を簡単に上げられるとしても、絶対にやらない

ここで少し切り口を変えて、「ブランド」について見ていこう。

テスラとは業界や商材は異なるが、価格支配力を有しているラグジュアリー製品とディズニーランドを例に挙げる。コロナショックではラグジュアリー製品も、旅行者の消失や店舗の封鎖によって消費が陰り、売上が低迷した。

しかし現在、上流層は海外旅行再開から消費拡大が進み、財布はハイブランドへと向かった。コロナショックは製造個数にも制限が出たからか、シャネル、カルティエ、ティファニーなども、製品によりけりではあるものの世界レベルで2桁もの値上げをしている。

しかも日本は、円安の影響を大きく受けたことによって、10%の値上げが数万円から数十万円の変動インパクトがある。たとえばシャネルのバッグといえば「マトラッセ」がもっとも有名、かつブランドのアイコンだが、商品によっては過去2年間で50万円以上もの値上げとなっており、こうした実情について、コロナ禍を経た2022年末時点での時価総額増加ランキングにもとづいて日経新聞が報じていた。

欧州では高級ブランドの躍進が目立った。

増加額2位の仏LVMHモエヘネシー・ルイヴィトンは、緩和マネーの流入で資産が膨らんだ富裕層を引き付け、コロナの行動規制が緩和されて以降は中間層の「リベンジ消費」も取り込んだ。

高級ブランドでは4位に仏エルメス、10位に仏クリスチャン・ディオールが入った。インフレ下で消費者が支出先を絞り込む中で、「消費意欲を誘うブランド訴求力の高さから需要が落ちにくい」(ニッセイアセットマネジメントの三国公靖・上席運用部長)***

ラグジュアリー製品やハイブランドのブランドマネージャーにヒアリングしてみると「自分たちのブランド・バリューはこういうもので、だから値上げをするんだ」という確固たる考え方があるようで、次のようなことを仰っていた。

■全世界での値上げ方針なので、やるのは当然

「そもそもラグジュアリーブランドは値下げをすれば売上を簡単にあげることができる。でも我々はそれをやらない。そんな売り方はブランドの存在価値に背くからだ」

安易な価格プロモーションがブランドの死を招くことは身に染みていて、討議するまでもなくそのブランドですべきこと、すべきではないこと(Do’s and Don’ts)の判断基準が企業文化になっている。

これは、事業そのものへの信条の問題だろう。

サイモン・クチャー社の調査****によると、「ラグジュアリー製品の販売価格を2%引き上げると、税引前利益が9〜25%向上する(利益増加幅の差異は製品カテゴリーに依存)ことが判明しており、価格最適化による利益拡大の機会が存在する可能性は高い」という。

***「コロナ3年の時価総額増減、LVMHが値上げ力で躍進」(日本経済新聞/2023年1月9日)
****「ラグジュアリー製品のプライシング 精緻なプライシング戦略がもたらす利益拡大」(山城和人、泉本みらの/サイモン・クチャー/2020年8月)

ピンチの時こそ値上げを実行

■あり得ない値上げをしても、顧客が喜んで買う理由

ディズニーランドは増税やコロナ禍など、客数が落ち込む経営環境の時こそ値上げを実行する。価格支配力を維持しているから可能なことだ。

そんな東京ディズニーランドも、世界ベースで他のディズニーアトラクションと比較すると、実は価格は世界一安い。さらに為替変動によって差は開くばかりだ。よって、今後も値上げする可能性は高いと考えられる。

ディズニーにとって、ブランドで大きな付加価値を生むことは戦略方針そのものなのだ。

2022年5月には「ディズニー・プレミアムアクセス」が導入された。これは1人2000円を支払うと、1つの人気アトラクションの待ち時間を短くして楽しめる施策だ。


支払い意欲の高い特定のターゲット向けに値上げをおこない、収益を最大化している。

ここで、「わが社はそのようなブランド企業ではないから、そうした事例には当てはまらない」と感じたら、思考停止状態と言えるだろう。どのような企業であっても、社名や商品、サービス名を登録していて、1人でもお客様がそれらを認識して選んでもらえるならば、立派なブランドだ。

つまり、そこには識別記号としてのブランドが存在する。ブランド・プロミスと呼ばれる「約束・暗黙の契約」の意味もあるはずである。あとはそれが強いか、弱いか。その間の諧調だ。

テスラ、ラグジュアリーハイブランド、ディズニーランドのいずれにとっても、強いブランドは経営の意思と構築するノウハウがないところには成立しない。

(菅野 誠二 : ボナ・ヴィータ代表取締役、BBT大学教授(マーケティング))