建設が進むインド・ムンバイ―アーメダバード間高速鉄道の高架(写真:NHSRCL)

故・安倍晋三元首相とインドのモディ首相がそろって出席し、ムンバイとアーメダバードを結ぶ高速鉄道の起工式が華々しく開催されたのは2017年9月14日だった。それから6年が経とうとしている。

ムンバイ―アーメダバード間の高速鉄道は日本の新幹線方式で建設され、2023年中に全線開業することになっている。だが、2023年も半分が過ぎたというのに、開業に関する声はまったく聞こえてこない。現在の工事の状況はどうなっているのか。関係者に話を聞いてみた。

全長約500km、2017年に起工

インドには世界の高速鉄道先進国の技術を用いてデリー、ムンバイ、チェンナイ、ハイデラバードなどの主要都市を高速鉄道で結ぶ構想がある。複数の路線が計画されているが、中でも先行しているのがこのムンバイ―アーメダバード間だ。車両は東北新幹線用のE5系をインド向けにカスタマイズすることが決まっており、まず10両1編成の列車が24編成導入される。

在来線に乗り入れることもあるヨーロッパ式の高速鉄道とは違い、ムンバイ―アーメダバード間は新幹線と同じ専用線方式が採用される。路線延長は東京―新大阪間よりやや短い508kmで、12駅が設置される。そのうち、アーメダバード、サバルマティ、バドーダラの3駅は在来線の駅に併設し、高速鉄道と在来線の乗り継ぎを容易にする。

一方、ムンバイ側の始発・終着駅は在来線のターミナル駅であるチャトラパティ・シヴァージー駅に併設するのではなく、同駅から約10km北に離れたビジネス街のバーンドラ・クルラ・コンプレックスに地下駅を新設する。多くの国際企業がオフィスを構えるエリアであり、高速鉄道の駅を設置することで将来の発展性が期待できるほか、チャトラパティ・シヴァージー駅が世界遺産に登録されており再開発が容易ではない、新線を建設するには立地条件が良くないといった理由も考慮された。

なお、アーメダバード駅は始発・終着駅ではなく、アーメダバードから6km程度北に離れたサバルマティ駅が始発・終着駅となる。にもかかわらず「ムンバイ―アーメダバード間」と呼ばれているのは、サバルマティがアーメダバード都市圏に属しているからだ。つまり、「ムンバイ―アーメダバード間」とは、駅名ではなく都市名を指していることがわかる。


ムンバイ―アーメダバード間高速鉄道の計画路線図(画像:鉄道建設・運輸施設整備支援機構)

ムンバイ―アーメダバード間の高速鉄道計画は2015年12月の日印首脳会談で新幹線方式の導入に関する覚書が交わされ、2016年11月の首脳会議では年内に高速鉄道の設計業務を開始し、2023年の開業を目指すことが決まった。日本のJICA(国際協力機構)による詳細設計調査も始まった。JICAはJR東日本系の日本コンサルタンツ(JIC)などから構成される共同企業体とコンサルタント契約を12月に発注、建設に向けての動きが本格化した。そして、両国トップが出席した2017年9月の起工式に至る。

計画変更とコロナ禍で一時停滞

しかし、高速鉄道建設のための土地収用が進まず、起工式直前の土地収用率は、地主である農民たちの反対により全体の4割程度にとどまっていた。さらに、インド側から線路や駅の仕様について変更の要望が次々と出された。

当初は東海道新幹線のような盛り土を想定していた地域もあったが、用地買収が進まない、斜面を動物が通過するリスクがあるといった理由から、盛り土ではなくより狭いスペースで建設が可能な高架を走る区間が増えた。また、一部の駅では当初計画が白紙撤回され、練り直しになったほか、ホームドアも全駅に設置されることになった。そこへ2020年にはコロナ禍が拍車をかけた。インドに駐在していた日本人スタッフは帰国を余儀なくされ、事業は暗礁に乗り上げたかに見えた。

ただ、コロナ禍においてもオンライン会議などを活用して日印スタッフの協議は続いていた。関係者の話を総合すると、コロナ禍が収束に向かい始めた頃から事業が進展し始めたようだ。土地収用も動き出し、路線全体の7割を占めるクジャラート州における土地取得率は2021年に約95%に達した。同3割を占めるマハーラーシュトラ州内の土地取得率は2〜3割程度にとどまっていたが、こちらも2022年以降急速に伸び、全体の土地取得率も100%に向かい始めた。

今年2月9日、マハーラーシュトラ州にあるボンベイ高等裁判所が重要な判断を下した。土地収用を拒んでいた地主の訴えを退けたのである。裁判所によれば、「今回の高速鉄道計画は国家的な重要案件であり、土地取得が進んだ段階でこのような訴えを行うことは公共の利益に反する」という。この判断が残る土地取得に大きなプラス材料となった。4月時点の土地取得率はマハーラーシュトラ州で99.75%、クジャラート州で98.91%に達したとインドのメディアは報じている。

土地取得に続き、工事面でも大きな前進があった。7月20日、インド高速鉄道公社は、高架、トンネル、橋梁、軌道、駅、研修施設などの建設について請負業者への発注が100%完了したと発表した。もちろん、あくまで契約締結にすぎない。電気関係の工事の契約はまだ終わったわけではなく、車両についてもまだ気候や埃といったインド特有の条件をどこまで仕様に反映させるかを協議している段階だ。とはいえ、工事が始まった区間やすでに工事を終えた区間もあり、「電気や車両を除けば、全体の8割で施工段階に入っている」と、ある関係者は話す。沿線の各所で建設の槌音が聞こえているわけだ。


建設が進むアナンド/ナディアド駅(写真:NHSRCL)

また508kmの区間のうち、ほぼ中間に当たるビリモラ―スーラット間(約60km)は集中施工区間として早期完成を目指している。本来の計画ではムンバイの隣駅ターネ付近とサバルマティ駅付近に車両基地が建設される予定だったが、ビリモラ―スーラット間を全線開業に先駆けて開業するとなれば、この区間にも車両基地が必要となる。そこで、急遽車両基地を設置して先行開業に備えることになっている。インド側は2026年中の完成を目標に掲げている。2023年開業という計画が事実上困難になり、一部区間だけでもできるだけ早く開業したいというわけだ。はたして間に合うか。

「遅々として進んでいる」計画

以上が、インド高速鉄道計画の現在の状況である。当初の計画と比べれば、現在の状況は明らかに遅れている。一方で、土地取得率が100%に近づいていることからもわかるとおり、コロナ前の状況と比較すれば状況は前進しているといえる。関係者の1人はこうした状況を「遅々として進んでいる」と表現する。遅々として進まないのではなく、ゆっくりではあるが着実に前進しているという意味だ。

心配があるとすれば、安全面と開業後の運営面だ。8月1日には、マハーラーシュトラ州で建設中の高速道路の現場で橋桁が倒壊し、多数の作業員が死傷する事故が起きた。高速鉄道でも完成を急ぐあまり、安全がおろそかになることがあってはならない。

運営面については、もともとの総事業費は約1兆ルピー(約1.8兆円)だが、数々の設計変更により事業費増は避けられそうもない。事業費の大半は円借款で賄われるとしても、当初予想よりも多額の負債を背負っての開業となれば、収益が思うように上がらない場合の経営リスクは大きく膨らむことに留意する必要があるだろう。


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(大坂 直樹 : 東洋経済 記者)