半導体の納期難が緩和していると報道がある一方で、現場感覚ではまだ苦しむ企業があまりに多い。その苦しみの根底には日本企業の宿痾がある(写真:kelly marken/PIXTA)

かつては水産物の争奪戦で中国に敗れ問題になった「買い負け」。しかしいまや、半導体、LNG(液化天然ガス)、牛肉、人材といったあらゆる分野で日本の買い負けが顕著になっている。その原因は、諸外国にとって日本企業が「客にするメリットのない存在」になったからだ。

新著『買い負ける日本』を上梓した、調達のスペシャリスト・坂口孝則氏が前編に引き続き、解説する。

戦略物資としての半導体を安定的に調達できるか

この数年、半導体に関わるニュースが駆け巡っている。半導体は経済安全保障における重要な戦略物資だ。日本政府からの熱心な要望を受けてTSMCの熊本への進出が発表されたのは2021年10月だった。投資額は1兆円を超える。最先端の回路幅ではなく自動車産業向けの旧世代が中心になるものの、供給の安定に寄与する。

またサムスン電子も日本の横浜に半導体開発拠点・試作ラインを置くと決めた。マイクロンや国内ではソニーグループの工場の新設も相次いで発表された。

半導体を巡る危機感は全世界で共有されており、アメリカが主導するIPEF(インド太平洋経済枠組み)では、半導体など参加国の重要物資入手を強化する協定に合意した。これには日本やアジア諸国など14カ国が参加する。中国は参加していない。この合意により合意国内での調達拡大が目指されるほか、品不足に苦しむ国への対応を協議する。

欧州19カ国も2020年12月に「欧州半導体イニシアチブ」を宣言し、最先端半導体の製造への投資を計画する。日本勢も負けずとラピダスが2025年までに先端半導体を試作できるように動いている。

ところで、私は現場でずっと調達の安定化に寄与するためにコンサルティングに従業している。またコロナ禍での調達難の際には、供給側への取材やヒアリングも続けた。冒頭であげた地政学的な動きのいっぽうで、どうももっと地に足の付いた報告をしたいと私は感じていた。

半導体等は納期難が緩和していると報道がある一方で、現場感覚ではまだ苦しむ企業があまりに多い。そして、その苦しみの根底には日本企業の宿痾がある。

認識されていない日本企業

ここで、話が一気に低レベルだが、しかし実態の話をしたい。

半導体メーカーの複数人に聞いてみたところ、共通した面白い話が出てきた。日本企業の多くが半導体商社経由で調達している。

それ自体が問題ではない。ただし、半導体商社経由で購入していると、エンドユーザーが誰かがまったく把握されていないケースがある、と半導体メーカーがいうのだ。

世界的に有名な日本企業のA社があるとする。彼らはティア1(一次請け)のB社(日本)から、半導体商社C社(日本)を通じてアメリカの半導体メーカーD社に注文している。D社は、直接的にはC社から注文書を受け取っている。さらにC社から急ぐように指示がある。しかしD社からしてみれば、A社につながっているとは思っていない。A社の生産を止めようとは意図しておらず、どこかの一般客に流れていくものだと考えていたようだ。

いっぽうで、ドイツ企業などは、直接的にD社へ発注していたために、”顔が見える”顧客であり優先的に対応したらしい。日本企業は多層構造を是として、あるいは当然として取引関係を構築してきた。しかしその必然性はふたたび問われるべきだろう。

有名な情報通信業の会社で、長く欧米のサプライチェーンを統括する責任者に話を聞いた。

「日本って特殊でしょう。巨大商社がありますよね。欧米ではあまり見られない形態です。もちろん専門商社はあるし、販売を商社に手伝ってもらうケースはあるけれど、なんでも調達を手伝ってくれる商社はあまりない。日本では『商社冬の時代』といわれながら、ずっと生き残っているでしょう。日本企業は商社に頼りすぎっていう側面があるんですね。

日本人は語学ができないから商社に任せたい気持ちがあるのはわかる。商社が20%から30%のマージンを取る。マージンを取っても、面倒なことを代行してくれるから都合がよかったんですね。

でも、それが裏目に出ています。売り手と直接つながることができません。以前、商社経由でアメリカ企業にさんざんお願いしたことがあったんですね。『これは私たちの重要なプロジェクトだから、どうしても大量に仕入れさせてくれ』と。しかし、まったく反応がふるわない。だから直接、アメリカに行ったんですよ。幹部に直談判しました。

そしたら『あ、そうなの? ならすぐに融通するよ』といってくれて(笑)、すぐにモノが入った。さらにびっくりしたのが、『君たちは、日本のなんという商社から仕入れているのか』と訊かれたんですよ。名前を伝えると『知らないな』と。認知すらされていなかった。

「ITツールさえあれば大丈夫」は完全な間違い

日本の商社からの情報がまったく伝わっていませんでした。別に商社が何もやっていないとは思いません。でも彼らからすると、日本の商社は東アジアの一企業にすぎないわけですよ。もちろんトップには情報なんて伝えない。昔はITツールさえあればなんでも大丈夫なんて幻想があったけど、完全に間違いですね。直に会いに行って窮状を説明する、そのためのホットラインは必要です。

外資系はトップ、その人に伝える必要があります。その人です。外資系の日本支社に行ってもどうしようもない。彼らが決められるのは、日本国内のアロケーション(配分比率)だけです。世界のアロケーションを決められるわけではない。だから根本的な数量交渉をしたければ本社に行くしかありません。

これも私の経験があります。だいぶ前に、日本の商社から、アメリカ企業の価格は下がらないといわれた。ほんとうか、と思ってアメリカに単身で乗り込んで行って丁寧に交渉したら半額になった。なんだこれ、ちゃんと交渉すればいいだけじゃないか、と思ったわけです」

欧米企業のトップに食い込む交渉力を

日本企業はボトムアップの文化だ。現場の方々が企業全体の意思決定をしているような錯覚に陥る。しかし、欧米企業はトップが決める。そのトップへ食い込むべきなのだ。ところでこの責任者いわく、日本人が人的交流のない外国企業に乗り込まないのは恐れがあるからだ、と。

「日本のビジネスパーソンは、根回しと事前すり合わせの文化でしょう。タフな交渉に慣れていないっていう文化的な事情があるんじゃないかな。海外なんてまずは途方もない要求をしてくるし、偉い人同士の交渉でも決裂したり、断られたりするのは日常茶飯事なんですね。世界のビジネスパーソンは断られるのがスタンダードですからね。でも日本企業では社員が雇用を守られているから失敗してもいいはずなのに、何も挑戦しませんね。国民気質なのでしょうね」


耳が痛い。

なお、話が高尚すぎると思う人がいるかもしれない。大企業ではなく、日本の中小企業であれば外国企業のトップにアポイントを取るのは困難ではないか、と思うだろう。しかし正攻法でなくてもいい。製品にはさまざまな購入ルートがあると知っている人も少ない。

たとえば、REP(いわゆる「レップ」と呼ばれる)という仕事がある。これは「セールス・レプリゼンタティブ」で、販売するメーカーと仕入先を結ぶ役割をもつ。取引の仲介業者だ。彼らは、日本などの企業に販売することで口銭を得るビジネスモデルだ。

彼らは自分の収益向上のために、商品を売りたがっており、メーカー側への交渉力をもつ。この存在を知らない日本企業は多い。このREPにアクセスすることで仕入れ品の納期を改善させられるケースがある。しかしこのREPと積極的に関係をもったり、なんとか探そうとしたりする日本企業は多くない。

ある方にREPの活用が進まない状況について聞いてみたところ「そりゃ、知らないもん」と返答があった。日本企業は正規の購入ルートしか知らないため、緊急時の代替を有していないのだ、と。

ただし、これからは特定の他社に依存するだけではなく、能動的にモノの確保に動かねばならない。日本企業は把握すらされていないのだから。

もちろん、このREPは一例であり、趣旨はさまざまなルートをもち、できることはなんでもやりながら日本企業のプレゼンスを上げていくことだ。そして半導体も一例にすぎない。他の物資も同様だ。

中国企業など、どこにでも乗り込んでいって大胆な交渉をする。あの狡猾さは見習ったほうがいい。地政学的な動きにくらべると大変に“しょうもない”と思われる話であるものの、狡猾さを身につけることを私は強調したい。

(坂口 孝則 : 調達・購買業務コンサルタント、講演家)