結婚のきっかけはYouTubeの公開募集でした(イラスト:堀江篤史)

YouTube番組で結婚相手を募集して、見事に成就した男性がいる。その番組制作会社の社員であり、「演者」としても番組出演している大森浩司さん(仮名、35歳)だ。

本連載の出演申し込みフォームから連絡をくれたのは彼の妻である亜紀さん(仮名、42歳)。その番組には亜紀さんも実名顔出しで出て、結婚式の様子まで放映されていた。

独身時代から読んでいた本連載にも本名での登場で構わないと笑う。そういうわけにもいかないが、仕事として出演していた浩司さんよりも、ノリで応募して出演して本当に結婚に至った亜紀さんのほうが破天荒だと感じた。

恋人はいたほうが楽しいけれど生活は一人のほうが楽

「私はともかく夫のほうは(チャンネル登録者数を増やすのが仕事でもあるので)顔出しのほうがありがたいぐらいです」

自らは化学関連業界でキャリアを築いている亜紀さん。芸人の妻のように腹が座っている女性なのかもしれない。

取材場所は神奈川県内のターミナル駅に隣接するビル内の和食店。夫婦揃って来てくれて、3人でランチを食べながら話すことにした。浩司さんと亜紀さんは身長も体型も似ていて、肌艶がいい。取材には淡々と応じてくれて、ときどき機嫌良さそうに笑う。仲のいいきょうだいと向かい合っているような印象を受ける。

亜紀さんは番組とツイッターを通じて以前から浩司さんを知っていて、野球やアニメ、パチスロ、競馬といった趣味が「ヤバいぐらいに自分と合う」と思っていたと振り返る。しかし、結婚願望はほとんどなかった。家庭環境にも就職先にも恵まれない10代、20代を過ごした影響で、恋人はいたほうが楽しいけれど生活は一人のほうが楽だと思っていたからだ。

「大学では化学を専攻していましたが、家庭の事情があって中退。それからはパチンコ屋のアルバイトと派遣会社を行ったり来たりしていました。パチンコは趣味でもあるし、飲食店などよりも時給が高くて楽な職場です」

派遣先で化学実験や分析の実務を担うことが多くなり、それを生かして今は正社員として勤務。年収は500万円に達している。

「そろそろ転職する予定ですが、専門技術があるので私一人ならば食いっぱぐれることはないと思っています」

ネットゲームのオフ会などを通じての出会いは少なくなく、コロナ禍の直前までの5年間は5歳年上の男性と付き合っていた。しかし、自分が正社員として働き始めてからは、一緒にいても面白くないと感じることが多くなったと亜紀さんは明かす。

YouTube番組は「暇つぶしにずっと流していた」

「いつまでも実家暮らしだし、食事に行く店も安いチェーン店ばかり。お酒も楽しめない人だったので一緒にいるのが苦痛になってしまいました」

別れてからは恋人がいない期間が続く。浩司さんが出演しているYouTube番組は趣味のパチプロに関する情報も多いので、「暇つぶしにずっと流していた」という。浩司さんの上司にあたる「社長」の存在は20年ほど前から知っていた。だからこそ、恋人募集に応じてみる気になったのだろう。

浩司さんの話も聞きたい。一見すると穏やかで控えめな男性だが、話し始めると地声が大きくてものおじをせず、こだわりも強めな人物だと気づく。そのギャップのようなものは学生時代にはあまり良い方向に現れなかった。

「その頃から結婚願望はめっちゃありました。家庭を作ることが幸せだと思い続けていたからです。恋人がほしかったので手当たり次第に告白して、20人ぐらい連続でフラれました」

自虐ネタとは言え、「手当たり次第」と公言してしまうところが良くない。自分を真っすぐに見てくれていないことは相手にも伝わってしまうからだ。

高校を卒業してからはアルバイトをしながら小劇団で役者をしつつ、テレビ番組の脚本家を目指していた浩司さん。演劇関係で恋人ができたこともあったが、ここでもやや卑屈な気持ちが出てしまう。

「劇団にいるような女性はプライドが高くて自分優先なんです。利があるほうに動くので、フリーターの自分よりも公務員とかのほうにいってしまいます。すべての恋人を寝取られました」

勢いはあるのに自信がない浩司さんにも問題があったのだと筆者は思う。そんな浩司さんは現在の勤め先と縁があり、面倒見がいい社長や先輩社員たちに可愛がられながら実績と自信を少しずつ積み上げている。

「先輩のディレクターから『お前の彼女を募集する企画をやったら面白いんじゃない?』と言われました。やるからには演者としてしっかり全うしなければなりません。応募してくる女性はすべてヤラセだと覚悟して臨みました。本気にして『はい、残念!』と言われたら、死にたくなるぐらい深く傷つくと思ったからです」

結婚相手の募集はYouTube番組で

筆者もその番組を見たが、社長と先輩たちは浩司さんを激しくいじりながらも、傷つけすぎないように配慮しているのを感じた。ヤラセでの応募は明らかにそれとわかる文面のみですぐに種明かし。そして、亜紀さんも含めて2名からの本当の応募があった。

「最初の対面は去年の6月です。そのときはヤラセだと思っていましたが、2回目に会ったときに野球の話で盛り上がり、それからはベイスターズの試合を観ながらLINEで感想を送り合うようになりました。彼女は“なんJ語”も使えるんです!」

なんJとは、ネット上の実況板のひとつ。浩司さんと亜紀さんによれば、自分たちを含むDeNAベイスターズのファンには「与党嫌いの天邪鬼。なんJ民」が多いのだという。ネットスラングの一種である、なんJ語を操るなんJ民は、実況好きなので野球ファンが多いらしい。

「例えば、『つらいさん』といえば広島の新井貴浩のことです。FA制度を行使して阪神に移籍したのは自分なのに『つらいです。カープが好きだから』という迷言を残したことから命名されました。他にもいろいろあって(中略)、僕たちベイスターズファンは勝ち試合でも素直に喜びません。試合内容についてあれこれ批評します。にわかファンとか流行りとかが根本的に嫌いです。僕たちは外から見ると相当に嫌な夫婦だと思います」

実際の大森夫婦は仲が良くてご機嫌な印象しか受けない。2人だけの会話をよく聞けば、「与党」への毒やブラックジョークにあふれていたとしても問題はないのだ。むしろ、そういう毒を心置きなく吐き出して笑い合えるパートナーがいることは精神衛生上もいいことだと思う。

出会ってから半年も経たないうちに婚約をした2人。結婚願望が薄かった亜紀さんが7歳年下の浩司さんからのプロポーズを受け入れたのは「面白いから」が最大の理由だった。

「30代までは結婚するとしたら相手に経済的に頼りたいという気持ちがありました。私は社会に不適合気味で、会社勤めも好きではないからです。でも、人付き合いもなんとか頑張っていますし、自分のお金があることは大事だと今では思います。そんな私が男性に求めるものは一緒にいて面白い、しかありません。夫のことはペットみたいな感覚です」

ペットみたいと言われた浩司さんは「オレ、そんなに面白い?」とやたらにうれしそうだ。彼にとっては最大の誉め言葉なのだろう。存在そのものを亜紀さんに認めてもらい、女性に対する卑屈さはほとんど消えている。そして、夢想していた「幸せな家庭」のイメージも現実的なものになった。

「子どもはほしいけれど、不妊治療をしてできなかったらそれがお互いにストレスになってしまいそうです。自然の流れでできなかったら養子をもらおうと思っています」

結婚相手に「面白さ」だけを求める余裕

仕事も趣味も興味の赴くままに追求してきた浩司さん。結婚相手がそれを認めてくれなかったらストレスを抱えてしまうという不安があった。しかし、彼の番組とツイッターを見て「ヤバいぐらいに自分と合う」と思って飛び込んで来てくれた亜紀さんとの生活では我慢することは何もないと言い切る。

「それぞれパチスロにも行っています。一緒に『稼働』することはありませんけど。僕はエンジョイ派なので負ける台でもかまわないのですが、妻は勝ちたい派なので期待値が高い台しか狙いません」

パチスロ用語を自然と使うあたり、浩司さんがリラックスして暮らしているのが伝わってくる。2人とも喫煙者なので、家では自由にタバコを吸っているらしい。


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年収はほぼ同じで、生活費はゆるく折半。亜紀さんが独身時代から住んでいる2DK賃貸マンションで一緒に暮らしているため、浩司さんが少なくとも6万円を亜紀さんに渡し、外食代なども浩司さんが払うという形だ。

浩司さんは土日も番組の収録があることが多く、平日も帰りは遅め。亜紀さんは先に夕食を済ませ、浩司さんは帰宅してから食べている。ライブや一人飲みも好きな亜紀さんが外出するのもまったく問題ない。

若い頃はそれぞれつらいことも多かった。それでもくじけずに努力し、自分なりの仕事と生活を築いた。だからこそ、結婚相手に「面白さ」だけを求める余裕が生まれ、自分もストレスフリーで暮らせている。出会い方は奇抜に見えるが、晩婚さんの王道を行くカップルだと感じた。

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(大宮 冬洋 : ライター)