アルピナの2024年モデルの2車種の試乗会は7月の軽井沢で行われた。最上位モデルとなるSUV「XB7オールロード」(筆者撮影)

高級・高性能車として知られるBMWをベースに、独自のエッセンスを加え特別な仕上げを施した車両を限られた数だけ送り出してきたBMWアルピナが、2025年末で1つの大きな区切りを迎える。

アルピナ・ブルカルト・ボーフェンジーペン有限&合資会社が「アルピナ」ブランドをBMWドイツ本社に商標権譲渡し、今後のアルピナはBMWのサブブランドになるのだ。(アルピナ信者が驚いた「BMWへ商標譲渡」の意味

高性能と高品質で幾多の熱烈なファンを生んだ

アルピナはもともと、タイプライターなどを生産するドイツの小さなメーカーだった。創業者の長男ブルカルトはBMWマニアで、1961年からBMW「1500」の性能を高めるためにオリジナルのキャブレターなどの部品製作を手掛けた。

その性能はとりわけ優れており、3年後に彼らの部品はBMWディーラーで取り扱われることになっただけでなく、純正部品と同様の品質保証が与えられることになった。それが自動車ブランドとしてのアルピナの誕生である。

以降、彼ら自身が完成させたモデルの高性能と高品質で幾多の熱烈なファンの心を掴んできたことは皆さんもご存じだろう。2025年末まであと2年半弱しかないが、最良の製品を限られたファンのために送り出そうというアルピナの開発/生産の勢いが鈍る気配はない。

軽井沢のルグラン軽井沢ホテル&リゾートで2024年モデルの試乗会が開かれ、最新2機種を味わってきた。

まずはアルピナの最上位モデルとなる「XB7オールロード」。ベースとなるBMW 「X7」の2024モデルで行われた改良(マイナーチェンジ)をアルピナXB7に反映した最新型だ。

48Vのマイルドハイブリッドシステムが追加されたほか、パワートレーンやサスペンションに細かな改良が施され、顔つきは最新のBMWトレンドである上下2分割ヘッドランプを与えられた。インテリアには12.3インチのメーターパネルと14.9インチのコントロールディスプレイを一体化した最新のカーブドディスプレイが新たに備わっている。


コクピットは端正な水平基調。カーブドディスプレイも違和感なく収まっている。アルピナのラインナップ中でB5から上のモデルは、内外装ともに素材やカラーをカスタムオーダーできる(筆者撮影)

さっそく2790万円のスーパーSUVをドライブしてみる。舞台は軽井沢のカントリーロードと碓氷峠だ。まず感心するのはしなやかな身のこなしで、600psを超えるハイパワーなSUVであることを忘れさせてくれるおだやかさを持っている。

カントリーロードをゆっくり流していると、エンジンはふんわりとやわらかなフィーリングを示し、サスペンションはゆっくり時間をかけて路面の凹凸を吸収してくれる。ステアリングフィールも繊細で好ましい。快適性は獰猛そうな外観から想像するよりはるかに高いレベルにある。

高精度のエンジンならではのきめ細かい協和音

アクセルペダルを踏む右足に力をこめていくと、生産精度の高いエンジンならではのきめ細かい協和音が耳に届き、滑らかで温かみすら感じさせてくれる。この感触は内燃機関車だからこそ得られるものだ。2025年内という限られた時間のうちにアルピナの丁寧に組み立てられたエンジンを手にできる人は幸せ者だ。


V8ツインターボ4.4リッターエンジン。2024モデルから48Vマイルドハイブリッドシステムが追加された(筆者撮影)

碓氷バイパスに入る。全長5178 mm、全幅1989 mm、全高1797mmとビッグ&トールなSUVにもかかわらず、カーブの切り返しでも車体の動きにしなやかな連続性が感じられてとても気持ちがいい。ここでもやはり乗り心地は素晴らしい。

一般に、快適性を優先したSUVだと、車体の動きやアクセルペダルの踏み込み量と前後方向の動きがバラバラになってしまう場合が少なくない。この点において、XB7は乗り心地とハンドリングのバランスの高さが並大抵ではない。アルピナの流儀の真骨頂だろう。

3列のシートはどの列もスペースたっぷり。筆者は身長172センチだが、3列目に収まってもどこにもつかえず快適に座れる空間が用意されている。3列目シートにアクセスするには2列目シートを倒さなければいけないが、その操作が電動であるためちょっと時間がかかり、頻繁に使うには不便に思うかもしれない。高級車ならではの悩みだ。

次に「B8グランクーペ」に乗り換える。XB7と比較してグッと低いポジションで前方のワインディングロードを眺めながら走ると、いっそうドライビングに集中している自分に気づく。


XB7と同じエンジンを積みながら、車高が約600mm低く、車重は約600kg軽い「B8グランクーペ」はスポーティさが強調される(筆者撮影)

フロントに鎮座するエンジンはXB7と同スペックのV8ツインターボ4.4リッターで、457kW(621ps)/5500〜6500rpm、800Nm(81.6kgm)/2000〜5000rpmのマキシマムパワーも変わらない。

XB7よりおよそ600mm全高が低く、600kgほども軽いB8の車体と組み合わせられると、まるで自然吸気のスポーツエンジンのようにアクセルペダルの操作と一体になった加速感が、さらに強調される。

「コンフォート・プラス」のゆったりとした乗り心地

有効なエンジン回転数領域を見ると、ゼブラゾーンは6000rpmから、レッドゾーンは6500rpmからと、世界屈指の高性能エンジンと聞いて想像するほど高いレベルではないが、そうしたことを意識させない華やかな味わいに浸ることができた。8速トランスミッションの変速のスピーディーさと相まって、すべての回転域で魅力をたっぷり味わうことができる。


低く座り、足を前方に伸ばす昔ながらのドライビングポジションが嬉しいB8グランクーペのコクピット。むろん右ハンドルも選べる(筆者撮影)

乗り心地は、低く構えたスポーツクーペらしく基本的には引き締まっている。ただしサスペンションのモード設定をアルピナ独自の「コンフォート・プラス」にすれば、低く構えた姿からは想像できないゆったりとスムーズな乗り心地を楽しむことも可能だ。

常に入念なセッティングが施されるアルピナの電子制御サスペンションは、速さのためには乗り心地を犠牲にするのが当たり前である凡百の高性能車とは一味違う。

今回のイベントは、BMWアルピナのインポーターであるニコル・グループにより主催された。彼らは2025年末までの間に1台でも多くのアルピナを日本のファンに送り届けたいと考えており、このあたりドイツのアルピナ本体と同じ志を持っているといえるだろう。

ニコル・グループは1977年にニコル・レーシング・ジャパン合同会社として設立されたあと、アルピナの日本総代理店という側面をもちながら、BMW/MINIディーラーとして7度も最優秀賞を受賞している。2021年10月にはアメリカのペンスキー・オートモーティブ・グループ(PAG)の100%子会社となったことが驚きをもって業界に受け止められた。

ペンスキーとはインディ500などのアメリカンモータースポーツで有名なあのペンスキーだが、北米を拠点として英国、欧州、オセアニアにて自動車関連事業に携わっており、世界最大級の自動車ディーラーグループとして35のブランドを取り扱い、300以上の拠点を展開している。世界最大のBMWディーラーを率い、運輸産業のコングロマリットとして途方もない企業規模を持っているのだ。

フェラーリやロールス・ロイスも取り扱い

PAGのアジアで最初の拠点であるニコル・グループは、この9月には横浜のみなとみらいにフェラーリの新ショールームを、年末には横浜の港北に新工場と中古車ショールームを開設する。また11月にはロールス・ロイスのショールームもみなとみらいで新装オープンする予定だ。

アルピナ/BMW/MINI/ロールス・ロイス/フェラーリの5ブランド17拠点を持つ日本有数の有力ディーラーとして、今まで以上に販売ならびにアフターサービスに力を入れていくとしている。


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冒頭で述べたように、アルピナ(ブルカルト・ボーフェンジーペン有限&合資会社)は、2025年12月末をもってアルピナ商標をBMW 社に譲渡する。以降の新生ブルカルト・ボーフェンジーペン社は自動車の開発とエンジニアリング業務を続け、「新しいモビリティ」の開発にも挑戦するとしているが、現時点では日本のニコル・サイドにも新しい取り組みに対する確たる情報はもたらされていないという。

ともあれ、従来の枠組みに基づく、内燃機関車の温もりと多くのエンジニアたちの経験が詰まった魅力的なBMWアルピナを新車で手に入れられる期間は限られている。「まだ日本向けの枠を売りきったわけではない」とのことながら、とりわけB5シリーズ以上のモデルは受注生産的な側面が強いことも考えると、気になる向きは早めにディーラーと相談したほうがよさそうだ。

(田中 誠司 : PRストラテジスト、ポーリクロム代表取締役、THE EV TIMES編集長)