野球の根強い人気を示した第5回WBC。第6回大会に向けて、メディアが果たすべき役割とは(写真:なべすん/PIXTA)

歓喜と熱狂をもたらした第5回WBC。野球というスポーツの根強い人気を示したとも言われたが、その実相とは。日米の野球文化に精通する筆者に、改めてWBCというコンテンツの位置付けと、次なる第6回大会に向けて、メディアが果たすべき役割について記してもらった。

はじめに


『GALAC』2023年9月号の特集は「WBCが提示した野球の魅力」。本記事は同特集からの転載です(上の雑誌表紙画像をクリックするとブックウォーカーのページにジャンプします)

決勝戦で日本と米国が対戦する最初の機会となった第5回WBCは、日本が3―2で米国に勝利し、3大会ぶり3度目の優勝を達成した。日本代表は、「史上最強」という前評判通りの強さを見せた。

特に、決勝戦では1点差で迎えた9回表にマイク・トラウトと大谷翔平の「エンゼルス対決」が実現し、大谷がトラウトから三振を奪って試合が決まるという劇的な終わりを迎えた。誰もがあり得ないと思った場面が実現した決勝戦は、野球の意外性を伝えるものだった。

そこで、(1)第5回WBCの意味、(2)代表選手の報じられ方、(3)優勝が日本の野球に与える影響、(4)第6回に向けた野球と放送界の関係の4点について考えていきたい。

1.WBC誕生の背景と第5回の意味

WBCが始まったとき、球界関係者の多くは驚きを隠せなかった。「野球のワールドカップ」の構想が1990年代末に初めて取り沙汰されて以来、「いずれ行いたいが、今ではない」という意見が大半を占めていたからである。

そして、2006年に第1回WBCが開催されても、米国が優勝できなかったことや米国内でのテレビ視聴率の低迷などから、「2回目はない」と、将来への展望は暗かった。

確かに、米国でのテレビ視聴率は現在でも伸び悩んだままであり、米国代表が大会を制するのは17年の第4回大会のことだった。

だが、WBCを主催するメジャーリーグベースボール(MLB)機構とMLB選手会は、絶えず大会の前途を明るく描き、「今大会も素晴らしかったが、次はもっと興奮する大会になる」「今から次の大会が楽しみだ」と説き続けた。

同機構や選手会が米国内での認知度が必ずしも高くなかったWBCの開催に固執し続ける最大の理由は、プロリーグが国際競技大会を主催するのは米国4大スポーツのなかでもMLBだけであり、世界的にも珍しいという希少性に求められる。

それとともに、WBCを野球の普及の一助にしたいという関係者の思惑は見逃せない。

新たな国際大会が話題となり始めた90年代末は、MLB機構の世界戦略が検討から実行の段階へと移行し始めた時期でもあった。

当時の米国球界は、選手の供給源としての中南米の存在が不可欠になるとともに、北米圏以外では世界最大の市場であった日本を新たな選手の獲得先にした。これに加え、韓国の朴賛浩、台湾の王建民といった選手たちの活躍によって、韓国と台湾もMLBの重要な顧客となっている。

一連の展開は、それまで関係者が十分な注意を向けてこなかった地域も、球界にとって重要な存在になり得ることを意味した。そして、日韓台に続く次なる開拓地を見出すことがMLBにとって急務となったのである。

特にMLB機構が中心となり、07年に上海や天津など5都市で行った野球の普及策“MLB Play Ball!”が不首尾に終わったことは、大きな転機となった。

当時はNBAで姚明が活躍し、中国の人々にとって最も親しいスポーツがバスケットボールであったという、野球に不利な状況があった。そして、世界最大の人口を有し、経済成長も著しかった中国に本格的に進出できなかったことで、球界は欧州に注目することになる。

今回のWBCで初出場ながら中国代表に勝利したチェコは、欧州における野球の普及の大きな成果の一つである。

89年のベルリンの壁の崩壊とその後の冷戦の終結を契機として野球が本格的に行われるようになったチェコは、93年にチェコ・エクストラリーガが創設されたことで普及の第一歩を踏み出す。

旧チェコスロヴァキア出身のパベル・ブディスキーがMLBモントリオール・エクスポズ(当時)とマイナー契約を結び、チェコ人として初めて北米プロ球界の一員となったのが97年であった。そして、国内リーグの地道な活動を目にした若者が野球に興味を持ち、MLBで学んだ指導者たちが体系的な指導を行うことで、今やWBCはチェコ野球が目指すべき最大の目標となったのである。

今大会では消防士や教師が代表選手となっていることが話題となったチェコ代表は、大会関係者が掲げて来た「WBCは野球の普及のため」という戦略の正しさを証明したと言える。

2.日本代表と他国の代表選手の報じられ方

スポーツにおいては競技が最大の魅力を持っており、報道や実況は副次的な地位にとどまる。しかし、優れた実況は試合の様子をより生き生きと描き出すし、洗練された報道は競技の魅力を一層高める。そのような視点で今回のWBCを眺めるとどうなるだろうか。

日本の報道機関であるから、日本代表について着目し、集中的に報道することは当然である。そして、日本代表の中心選手であり、大会MVPとなった大谷翔平が報道の中心となることも自然な対応だ。

そして、今大会で最も知名度を向上させたのはラーズ・ヌートバー(セントルイス・カージナルス)であることも多くの読者が同意するだろう。当初、ヌートバーは日本球界を経験しない選手として初めてWBC日本代表に選出されたことと、日系米国人である点が注目された。

さらに、ヌートバーが1番打者として粘り強く出塁するようになると、その活躍とともにヌートバーの母(久美子さん)への注目度も高まりを見せる。決勝戦が終わった後は、現地で観戦していた久美子さんがキー局のテレビ番組に相次いで出演し、各報道機関が取材を依頼するなど、息子に劣らぬ注目を集めた。

もちろん、一人の選手の来歴を知ることは、その選手をよりよく理解するために重要である。とはいえ、選手の背景や家族の話題を知らずとも、観戦するうえで何の支障もない。

また、副次的な話題に注目するのは、本来伝えるべき事項に割くべき時間を奪うだけでなく、伝える側にスポーツ中継に必要な知識や情報が不足していることを示唆する。

例えば日本においては捕手が配球を組み立てるのに対し、投手が主導権を握るのが米国であるという事実に十分な注意が払われていれば、大谷翔平やダルビッシュ有といったMLBで活躍する投手の、投球の内容の違いに注目した報道もあっただろう。

現在のプロ野球(NPB)の前身である日本職業野球連盟が1936年の結成時に制定した綱領に「我が連盟は日本野球の健全且つ飛躍的発展を期し以て世界選手権の獲得を期す」と、MLBのワールド・シリーズを制覇した球団と日本職業野球連盟の優勝球団の対戦を念頭に置いた一文が記されている。もしこの綱領を知っていたなら、先人の悲願が87年の時を経て実現したことの意味は、より一層強調されただろう。

同様のことは他国の選手の報じ方にも言えることである。チェコ代表が兼業選手を中心としているという点が強調され、「消防士が投手」「高校の教員がセンターを守る」といった話題が前面に出されることは、野球の持つ多様な側面を伝え、チェコの野球への理解を促しはするものの、競技の内容そのものとは無関係である。

その意味で、今大会の報道は、副次的な話題と競技そのものの取り上げ方をいかに釣り合わせるかという点に改善の余地があったと言える。

3.WBCの優勝が日本の野球に与える影響

近年、日本の野球界を取り巻く環境は厳しさを増している。プロ野球に限れば、テレビのキー局における中継の視聴率低下は、かつて日常的であった「夜は野球中継」という光景を一変させた。また、アマチュア球界では競技人口の減少が深刻な問題となっている。こうしたなかで今大会に優勝したことは、日本の野球に大きな影響を与える。

テレビ中継の視聴率の低下や野球の競技人口の減少は、90年代初頭までの「スポーツといえば野球」という状況が、われわれの趣味や多様な競技の普及によって変化したことを意味し、スポーツ文化の面では好ましい現象である。

だが、野球そのものに即して考えるなら、プロ野球という頂点が高い水準を維持するためには豊かな裾野は不可欠である。そして、広い裾野からプロ野球へとピラミッド構造を持つことで初めて選手は観客が求める厳しい要求に応える技量を発揮できるのであり、少数精鋭は興行としてのプロ野球を行き詰まらせる。

その意味で、今大会の優勝は、われわれに野球の持つ魅力を改めて教える、得がたい機会となった。また、野球はしばしば「日本と米国ではメジャースポーツでも、世界的にはマイナー競技」と指摘されるものの、チェコや英国のように新たな代表が本選に進出したことは、たとえ世界的にはマイナースポーツであっても一層の発展と普及の余地を持つことを示した。

また、中継を通して同じ競技でも国や地域の違いが戦術や作戦に影響を与えていることが示された。これは、野球の多様なあり方を知るための格好の機会を提供したことになる。

もちろん、今回の優勝で野球人口が顕著に増加することはない。また、日本においてはプロ野球の各球団が積極的に取り組み、米国の場合はMLB機構を中心として行われている「幼児や児童に対する野球の普及活動」を継続的に行うのが最も確実な方法となる。

しかし、どのような想像をも上回るかたちで終わった第5回WBCは、現在野球を行っている児童や生徒だけでなく、野球のことは知っていても実際に行ったことがない層や、野球そのものに関心を持っていなかった層に対する一定の訴求力を発揮した。

球界は、こうしたまたとない機会を逃さず、改めて地道な普及策を行わなければならない。そして、競技としての野球には文化の側面があり、言葉や習慣と同様に、同じ点も異なる点もあると伝えることができるなら、それは重要で意義のある取り組みなのである。

4.第6回大会に向けた野球と放送界の関係

野球と放送という関係からWBCを見てみると、今大会の価値が改めてわかる。

日本代表の試合のテレビ中継がいずれも高視聴率を記録しただけでなく、決勝戦も平日の午前中にもかかわらず平均世帯視聴率が42.4%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と異例の高さとなった。また、仕事中に中継の視聴を認める企業があるなど、社会現象といっても過言ではないほど、WBCへの注目度が高まった。

今やインターネットメディアの普及により、スポーツはテレビやラジオで観戦するものという常識は過去のものとなった。それだけに、視聴率、聴取率とも高い結果を残したWBCは、放送界にとってこれまで以上に重要な話題となるだろう。また、速報性という点に強みを持つインターネットメディアは、特にテレビやラジオを利用できない状況にあった人たちに対して、自らの特徴の価値を証明できた。

それではテレビ、ラジオ、あるいはインターネットメディアは今後野球をどのように位置づけ、扱うことになるだろうか。

第一に、試合の実況を行いつつ、選手の来歴や家族の話題などを適宜紹介する従来の方法の踏襲が考えられる。これは、長年の蓄積のある手法だけに、容易に行える取り組みである。

第二に、WBCはMLB機構と同選手会の主催ということもあり、放送に際して提供される情報が米国の仕様となり、日本のプロ野球では扱っていない項目が含まれていた点に注目したい。現在のMLBでは同機構が主導して各種の情報の収集と整備が進み、バットを振った際のスピードや打球の飛距離などのデータが、実況のなかでふんだんに盛り込まれている。

日本でも各球団がこうした情報を収集してはいるものの、実際の中継で活用される場面は限られている。その一方でWBCの中継を視聴、聴取した観客にとって、さまざまな情報は試合をよりよく楽しむために大きな役割を果たした。

これからの3年間で放送界を取り巻く状況も、球界の情報収集能力も大きく変わるだろう。したがって、放送界に求められるのは、米国側から提供される情報だけでなく、自らの努力によって新たな情報を獲得し、視聴者や聴取者によりよい放送を行うという意識と具体的な行動ということになる。

おわりに

WBCが終わり、野球は再び日常のさまざまな話題のなかの一つに戻った。しかし、目の前の対戦相手に挑戦し、勝利を目指して全力を出す選手たちの姿が、人々の関心を引きつけることに変わりはない。むしろ、先行きの見えない時代だからこそ、WBCがわれわれに明日への明るい展望を示したと言えるだろう。

球界にとっても、テレビやラジオ、インターネットメディアはその活躍をより多くの人たちに伝える重要な手段であり、後者にとって前者は重要なコンテンツである。

もしこの3年間で両者がともに成長するなら、その相乗効果の最大の恩恵を受けるのは、一人ひとりの視聴者、聴取者、利用者なのだ。

(鈴村 裕輔 : 名城大学外国語学部准教授/野球史研究家)