積み上がったゴミ袋の「くぼみ」が依頼者の寝床になっている(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

看護師として働く30代の女性は、夜勤を終えて自宅に戻ると部屋に積み上がったゴミの中にある「くぼみ」に横になった。一人暮らしは長いが、ゴミ屋敷になってしまったのは今回が初めてだ。彼女はもともと片付けが好きで、趣味はインテリアだった。自分の部屋にはこだわりを持っていたはずだった。

本連載では、さまざまな事情を抱え「ゴミ屋敷」となってしまった家に暮らす人たちの“孤独”と、片付けの先に見いだした“希望”に焦点をあてる。

ゴミ屋敷・不用品回収の専門業者「イーブイ」(大阪府大阪市)を営み、YouTube「イーブイ片付けチャンネル」で多くの事例を配信する二見文直社長に話を聞くと、ゴミ屋敷になってしまう依頼者の事情が見えてきた。

ゴミの上にある「くぼみ」で眠る30代の女性

関西地方にあるワンルームマンション。廊下はびっしりとゴミで敷き詰められていた。「自分の私物よりもゴミのほうが多くなってしまっている状態なんです」と依頼者の女性が話すように、廊下には使用済みの生活用品やそのパッケージ、空のペットボトルなどが散乱している。


洋室までの廊下もゴミで埋め尽くされている(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

奥の洋室の壁際には目線の高さまでゴミが積み上がっていて、圧迫感がある。目立つのは封のされた小さなゴミ袋とネットショッピングの段ボール箱だ。とてもじゃないが夜勤の疲れを癒やしてくれる部屋とは言えないだろう。

今までゴミ屋敷になったこともなく、インテリアに凝るのが趣味だという女性。この部屋に住みだして3年が経つというが、どうしてこんなことになってしまったのだろうか。

「職場を変えたことを機に体調不良がずっと続いていて、仕事に行って帰ってきても食べて寝るだけでもうやっとの状態で。だんだん片付けられなくなってしまって。片付けと掃除はもともと好きだったんです。インテリアも好きだったんですけど、それさえできなくなってしまって。ちょっとこの状態で言うのもちょっと説得力ないんですけどね」


ゴミ袋が山積みになった洋室(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

家に帰るのはいつも24時を過ぎてからだという。住み始めてしばらくはベッドの上で寝ることができていたが、2年目あたりからベッドがゴミの中に埋まってしまい、床で寝るようになった。さらにゴミが増えてくると床がまったく見えなくなった。

いったいどこで寝ていたのだろうか。彼女が指をさした先は、ゴミの上にできたわずかな「くぼみ」だった。

「こんな状態だから、体を横にして寝られないんですよね」


部屋の壁側にベッドが埋まっている(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

ゴミ捨て場にシャッターが下りていたりすることもある

女性の部屋にゴミが溜まり出したのは、ゴミ出しの時間がキッカケだった。看護師など夜勤の多い職業の人に多いが、物件の管理側から指定されているゴミ出しの時間にそもそもゴミを出せないのだ。これは、ゴミ屋敷になってしまうもっとも多い理由のひとつであると二見社長は言う。

「タワーマンションなど管理費が高い物件は24時間いつでもゴミを出せるようになっていることが多いです。でも、この女性が住んでいる物件のようにゴミ出しの時間がキッチリ決められているところもあります。指定日の前日の夜にゴミを出すことも許されていなかったり、その時間まではゴミ捨て場にシャッターが下りていたりすることもあります」

曜日も指定されていることが多いので、自分の都合とゴミ出しの日が合うかはもはや運である。その日が来るまでベランダなどにゴミを溜めておくしかないが、夜勤から帰ってきた後に大量のゴミをもってまた外に出るのはたしかにしんどい。

「仕事を大事にしている人や仕事が忙しい人は、自分のことを後回しにしてしまいがちです。いつかやろう、いつかやろうとズルズル後回しにしてしまい、気付いたらゴミ屋敷になってしまったのだと思います」(二見社長)

やらなきゃいけないとわかっていても、ついつい後回しにしてしまうことは誰にでもある。たとえば電気代や水道料金の支払いだ。口座振替にしていない場合、いざ「払おう」と思ったときにはすでに支払い期限が過ぎていて、後回しにしてしまう。気付いたときには催促の通知が何通も来ていて、もはやどれを払えばいいかも不明になっている。

ある一線を超えてしまうと途方に暮れてしまい、何をすればいいかわからなくなってしまう。ゴミ屋敷になってしまう理由もきっと一緒だ。誰だって少しのキッカケでゴミが溜まり出してしまうかもしれない。


依頼者の部屋の間取り(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

ゴミを出す姿を人に見られるのが恥ずかしい

しかし、依頼者の女性の部屋がゴミ屋敷になってしまったのは、ゴミ出しの時間だけが理由ではなかった。

「ただでさえ夜中に帰ってきているので、部屋で物音立てるのも申しわけなくて」(依頼者の女性)

壁が薄く、隣の住人に迷惑がかかってしまうので片付けをしたくてもなかなかできなかったのだという。依頼時の様子を二見社長が振り返る。

「見積もりで伺ったときも小さな声でコソコソとお話しされていたんです。“隣に人が住んでいるので”と、とにかく音が出ないように気を使っていました。私の感覚からしたらそんなに気にするほどではないんじゃないかなと思いましたが、ゴミ屋敷になってしまう人はこのケースが本当に多いんです」

部屋を見ると、ネットショッピングで届いた段ボールを畳まずに放置していることがわかる。これも隣の住人を気にして畳めなかったのだという。また、女性は「ゴミを出す姿を人に見られるのが恥ずかしい」とも話した。筆者からするとそんなこと考えたこともなかったが、二見社長によれば同じ感覚を持つ女性の依頼者はこれまでにも何人かいたそうだ。

「以前テレビ番組に出演したときも、女性のアナウンサーさんが“ゴミを出している姿をほかの住人に見られたくない”と言っていました。ゴミの中身を漁られるんじゃないか、という気持ちともまた違うみたいです」(二見社長)


Amazonの段ボール箱が部屋中に散乱している(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

それに加えてゴミ出しの時間が指定されていたのでは、なおさらゴミを出しづらい。ほかの住人とかなりの確率でゴミ出しの時間が重なってしまうからだ。

片付けをしていたら隣の住人に壁を叩かれ、以来なかなか片付けができなくなってしまったという人もいた。だが、中には被害妄想に陥ってしまっている人もいるという。そう考えると、何らかの精神的な理由からゴミを出せずにいる人もいるかもしれない。

3年悩んだゴミ屋敷が5時間で空っぽに

玄関と廊下を空にして、洋室の片付けを進めていく。ゴミに埋まっていたテーブルやベッドが姿を出し、徐々に以前の生活が見えてきた。女性が長らく探していたものも次々と出てくる。その中には存在すら忘れていたものもあった。

「ここまでゴミであふれていたら、何が何かわからなくなる。見つかってよかったものもありました。母からもらったお守りとか。ちゃんとポーチの中に入れていたみたいで無事でした」(依頼者の女性)


ゴミに埋まっていたベッドが確認できるまでになってきた(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

実に3年もの間、女性を悩ませていたゴミ屋敷だったが、2人のスタッフがあっという間にすべてのゴミを外に運び出した。かかった時間はたったの5時間だった。女性は1カ月後、職場の近くにある物件に引っ越しをするそうだ。


この連載の一覧はこちら

「もうちょっと早くお願いしていたらよかったです。お願いするならできるだけ早いほうがいいかなと。自分でも泣くと思っていなくて。本当に救われました」

女性は涙を流しながらスタッフにお礼を伝えた。心に刺さっていたトゲが抜け、肩の荷が一気に下りた様子だった。

(國友 公司 : ルポライター)