ハイエースグランドキャビンを使った「あづみん/のるーと安曇野」の運行車両(写真:安曇野市)

2020年代に入り、AIオンデマンド交通の社会実装が全国各地で徐々に増えてきた。そして、実装が進むにつれ、さまざまな課題が表れている。

今回は、2022年11月から最新のAIオンデマンド交通「のるーと」を市内全域で導入した長野県安曇野市の事例を中心に、話を進めていきたい。


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安曇野市は、自宅から目的地までの「ドア・トゥ・ドア」のオンデマンド交通を2007年から16年にもわたり社会実装を行っている、オンデマンド交通実装の先駆的な自治体だ。

そこには、AIオンデマンド交通の理想形を追求する、地道なチャレンジがある――。

そもそもAIオンデマンド交通とは何か?

実は、AIオンデマンド交通に明確な定義はない。

AIはいわゆる人工知能のこと。オンデマンド交通(またはデマンド交通)は、路線バスやコミュニティバスのような定時定路線ではなく、利用者のデマンド(要求)に応じて、乗降の場所と時間を最適化する相乗りタイプの交通手段を指す。

通常のオンデマンド交通は、運行事業者等が電話で利用者から乗降の要望を聞き、配車担当者が地域の道路構造や交通事情を加味して、個人的な経験値の中で運航ルートを決める場合が多い。

こうした配車をコンピュータで行うオンデマンド交通を、ざっくりとAIオンデマンド交通と表現している。


オンデマンド交通の利用についての模式図(「あづみん/のるーと安曇野」利用案内より)

そんなAIオンデマンド交通のシステムは、汎用性が高く比較的コストが安いものから、地域ごとに細かくカスタマイズされた高度なアルゴリズムを持つものまで幅広くあり、システムの性能には差がある。

さらに、アフターケアサービスの内容にも、各方面からの“生の声”を聞く限り、「システム供給会社によってかなりの差がある」のが実状だ。

そうした中、2022年以降に全国各地で一気に拡大しているのが、西鉄と三菱商事の合弁事業、ネクスト・モビリティ(本社:福岡県福岡市博多区)で運営する、「のるーと」というサービスだ。

同社が2023年6月7日、「デマンド交通シンポジウム(一般社団法人 運輸総合研究所主催)」で発表した資料によると、配車システムの基盤はカナダのSpare Labsが開発したもので、同社に三菱商事が出資し、役員を派遣している。

2019年4月に福岡県福岡市東区アイランドシティでサービスを開始したのを皮切りに、福岡県内では宗像市、古賀市、宇美町、福島県会津美里町、喜多方市、三重県桑名市、島根県松江市、そして今回、取材した長野県安曇野市と塩尻市など、2023年7月時点でサービスを行っている場所は、13カ所。

そのほか、2023年後半から2024年にかけて近畿や関東の複数箇所でサービス開始が予定されているなど、新たに10カ所程度で運行の準備を進めているという。安曇野市については、市の全域で2022年11月から運行が始まっている。


北アルプスを望む安曇野市の町並み(写真:ライダー写真家はじめ / PIXTA)

同市は松本市の北東に隣接し、2005年10月に旧5町村の南安曇郡豊科町、穂高町、三郷村、堀金村、そして筑摩郡明科町が合併して誕生した自治体だ。

面積は331.78km2で、人口は9万6399人(2023年6月1日時点)。居住エリアは、おおむねクルマで30分以内で、距離にして東西10km×南北が12km程度である。

「あづみん」の名で親しまれる「のるーと安曇野」

安曇野市のAIオンデマンド交通は正式名称を「のるーと安曇野」というが、市民の多くは「あづみん」と呼ぶ。なぜならば、2007年から運行されていたオンデマンド交通が「あづみん」と呼ばれるもので、そのシステムが今回、「のるーと」に変更されたからだ。「あづみん/のるーと安曇野」というダブルネームとしている。

旧あづみんは、予約の受け付けを社会福祉協議会が行い、料金は1回300円。すでに、ドア・トゥ・ドアの手厚いサービスが行われていた。こうした基本的な運用方法をAIオンデマンド化した「のるーと安曇野」でも、継承している。


マイクロバスなどではなく、キャラバンやハイエースを使い「ドア・トゥ・ドア」を実現する(写真:安曇野市)

なぜ、この地域はオンデマンドバスの導入が進んだのか。それは、5町村合併により安曇野市となる前、路線バスが次々と廃線となり、交通環境が著しく悪くなったためである。

民間交通事業者による20路線の路線バスが運行されていたが、2005年に16路線が、残りの路線も2010年にすべて廃線となってしまったのだ。また、旧5町村では福祉バスや町村内循環バスがあったが、隣接する町村との連携は行われていなかった。

そして、2006年に「安曇野地域における公共交通システムの構築に関する検討会」を設けて地元関係者間で議論を重ね、2007年9月から、「あづみん」の試験運行を始めたという経緯がある。

当時、「あづみん」は全国から注目を集めた。その理由は、そもそも路線バスがなかった市の全域で、一気にドア・トゥ・ドアのオンデマンド交通を採用したからだ。

また、このころは全国各地で路線バスやコミュニティバスの運行効率の低さが課題になり始めており、次のステップとしてオンデマンド交通への関心が高まっていた時期でもあった。

「あづみん」は、特に高齢者の日常の足として定着していき、2022年に運行関連事業が更新を迎えるタイミングで、これまで解決できなかった課題解決に向けて「あづみんのAI化」の検討に入ったというのが、これまでの流れである。

安曇野市が「のるーと」を導入した経緯

AIオンデマンド交通には、2010年代後半からさまざまな事業者が進出している。

例えば、公立はこだて未来大学の学内ベンチャーである「未来シェア」、アメリカのVia、自動車メーカーではダイハツの通所介護事業者向け・送迎支援システム「らくぴた送迎」、自動車部品メーカーではアイシンの「チョイソコ」、そしてトヨタ×ソフトバンクの事業である「MONET(モネ)」などが挙げられる。

タクシーの分野では、日本交通とDeNAの事業連携がルーツの「GO」や、徳島のベンチャー「電脳交通」等が配車システムを提供している。

安曇野市は、AIオンデマンド交通の情報収集や現地調査を進める中で、松本市を中心とした経済生活圏と重なる塩尻市が先行して試験導入していた「のるーと」の存在を知り、採用した。


「のるーと塩尻」を社会実装した塩尻市では、自動運転車両を使った他の実証実験も行っている(筆者撮影)

採用の決め手となったのは、システム提供後のアフターケアについての安心感があること。また、将来的に安曇野市と塩尻市の双方と隣接する松本市との広域連携を考えた場合、共通のシステムであったほうが望ましいという考え方もあったようだ。

現在では、ミニバン車両16台を使う「のるーと安曇野(あづみん)」が、土日祝日を除いて運行している。

そのほか、市内には定時定路線のコミュニティバスが2路線ある。これは、市内を南北にJR大糸線(松本〜糸魚川)とJR篠ノ井線(塩尻〜篠ノ井)が縦断しており、その間をつなぐシャトル便のような存在だ。これらすべての交通は、安曇野市の予算によって運用されている。

直近での年間総予算は約1億3000万円を計上、収入は約2000万円と、地方部の公共交通として考えると収益額は多い。旧「あづみん」では、年間予算は7000万円程度だった。

前述のように、安曇野市では旧「あづみん」から、ドア・トゥ・ドアを採用しており、市民に対してキメ細かい行政サービスを実施してきた。それでも、長年にわたりなかなか解決できない課題もあった。

以下、安曇野市の作成資料から、旧「あづみん」における課題と「のるーと安曇野」採用による解決策についての記述部分を抜粋する。

■運行範囲、行ける範囲に制限がある(エリアを越える場合は乗り換えが必要)
・一部の運行エリアを拡大。乗り換えが必要となる仕組みが継続

■時間が見込めない(いつ迎えに来て、いつ目的地に着くのか、はっきりしない)
・利用者の希望に沿った最適ルートをAIが計算
・予約時に、迎え予定時間と目的地到着予定時間を利用者に通知
・電話予約でも、こうした時間を通知
・迎え時間に近づくと、予約便の現在位置をアプリで確認可能に

■予約が取りにくい・面倒(1時間単位での運行のため乗車可能人数に上限がある)
・電話予約に加えて、スマートフォンアプリからの予約を導入
・予約専用アプリで24時間受付
・リアルタイム予約が可能(以前は乗車の30分前までの予約受付)  
・アプリ利用者はクレジット決済可能に

■休日運行していない
・期間を限定して実証運行を実施

解決できたこと、できていないこと

以上の課題と解決策をもとに、もう少し掘り下げる。安曇野市 政策部 政策経営課 課長の黒岩一也氏と、同課企画担当主査の中嶋信之氏から話を聞いた。

旧「あづみん」でもっとも大きな課題は、「土日祝日に運行していない」ことだった。タクシー事業者とのすみ分けを考慮してきたからだ。この点については、これから実証を始めるという。


「あづみん/のるーと安曇野」の運行エリア(「あづみん/のるーと安曇野」利用案内より)

また、「正確な配車時間がわからない」という点については、人が判断して配車しているため「9時〜10時の間」といった1時間の中での配車の通知にならざるをえなかったが、これはAI化により解消している。

一方で、「のるーと安曇野」を採用しても解消できない課題もある。例えば、道が狭いために車両が利用者の自宅前まで入れないケースがあるという点、乗降の際に介助が必要な場合、運転手の責任の範囲をどのように定めるかという点を挙げている。

乗降時の介助に関しては一定のルールはあるが、万が一の場合の責任問題をどのように考えるのか、全国各地で社会実装されているさまざまなオンデマンド交通において“難しい課題”と指摘されることが少なくない。

次に、2022年11月から取材時の2023年7月までの8カ月間における「のるーと安曇野」の運用について、黒岩氏と中嶋氏に振り返ってもらった。直近でもっとも大きな課題として、「運行の効率が高止まっている点」を強調する。


安曇野市 政策部 政策経営課 課長の黒岩一也氏(右)、同課企画担当主査の中嶋信之氏(左)(筆者撮影)

コロナ禍前、旧「あづみん」の乗客数は1日あたり450人から500人弱だったが、「のるーと安曇野」になってからは、それより100人程度少ない。その理由は、現状でのAIオンデマンドのシステムが示す最適な乗車条件によるものだ。

旧「あづみん」では、電話を受けたオペレーター個人の経験に基づく「配車のさじ加減」が運行効率を上げていた場合があったと、市とネクスト・モビリティは分析している。つまり、ニーズはあっても、それに対応しきれていない部分があるということ。市とネクスト・モビリティは、毎週のように改善策を協議し、システムの変更を続けているという。


市内をあづみんが走行する様子(筆者撮影)

「三方良し」の実現に向けて

安曇野市民は旧「あづみん」に慣れ親しんだ期間が長いため、新システムを導入した「のるーと安曇野」に対する評価も厳しいと言えるだろう。

旧「あづみん」、そして「のるーと安曇野」と、いち早くオンデマンド交通に取り組んできた安曇野市。全国から注目される中で試行錯誤を繰り返す様子は、オンデマンド交通の理想形に近づけるための「良きたたき台」になっていると表現できるかもしれない。

利用者の利便性、行政の住民サービスに対する達成度、市の予算を使う点での運用に関するコストパフォーマンス、そしてサービス提供者としての事業性の確保……。これらが今後、どのように「三方良し」になっていくのか。今後も、安曇野市の取り組みに注目していきたい。

(桃田 健史 : ジャーナリスト)