会見に臨んだ「ジャニーズ性加害問題当事者の会」のメンバー。国連の調査に感謝の言葉を連ねた(記者撮影)

「いち芸能事務所とわれわれだけの問題ではない。芸能業界に携わるすべての企業に救済措置を構築する責任があると言ってくれた」。かつてジャニーズ事務所に所属していた石丸志門氏は、そう言葉を絞りだした。

8月4日、石丸氏が副代表を務める「ジャニーズ性加害問題当事者の会」は、都内の日本記者クラブで会見を開いた。彼らが直前まで見入っていたのは、同じ場所で開かれた国連人権理事会「ビジネスと人権」作業部会の専門家による記者会見だった。

専門家は7月24日から訪日調査を実施。調査は技能実習生やジェンダーに関わる問題など広範囲に及んだ。ジャニーズ元社長の故・ジャニー喜多川氏による性加害問題も対象となった。被害者や事務所代表者に面談するなど、積極的に調査した。

「全企業で虐待に対応を」

「タレント数百人が性的搾取と虐待に巻き込まれるという、深く憂慮すべき疑惑が明らかになった」。作業部会のピチャモン・イェオパントン氏は、会見でそう指摘した。

そのうえで、「私たちはエンターテインメント業界の企業をはじめとして、日本の全企業に対し積極的に人権デューデリジェンスを実施し、虐待に対処するよう強く促す」と述べた。

イェオパントン氏は全企業が総点検し、対応する必要があると日本に突きつけたのだ。

人権デューデリジェンスは、自社の活動が人権に負の影響を与えていないか、リスクを特定して対応する取り組みのことだ。自社事業だけでなく、取引先が抱える人権リスクについても丁寧に調べることが求められている。

このことは国連が2011年に採択した「ビジネスと人権に関する指導原則」に明記。日本政府も指導原則に則って2022年にガイドラインを策定した。

では、ジャニーズ問題において、企業はどう対応しているのか。ジャニーズタレントをCMに起用するスポンサー企業や広告代理店の電通、「24時間テレビ」でもジャニーズタレントを起用する日本テレビなどの8社に見解を尋ねた。

書面回答してもらう形でヒアリングした。「取引先企業で児童への性加害問題が起きたとした場合、自社が対応する必要のある人権問題として捉えるか」「性加害の問題についてジャニーズ事務所に問い合わせや確認を行ったか」などを質問した。

対応の有無を明かした企業は少数

各社の見解は「性加害・性暴力を容認しない」という点ではそろっていた。だが、対応の有無まで明らかにしてくれたのは4社にとどまった(8社の回答詳細は4ページ目に掲載)。

そのうち、事務所に問い合わせや確認を行ったと答えたのは、損害保険大手の東京海上日動火災保険、日本テレビ、P&Gジャパン。次のようにコメントした。

「各種問い合わせを対面含めて実施している」(東京海上日動)

「弊社はジャニーズ事務所と双方のコンプライアンス担当者も含め、数回にわたり対話を行っている。同様の問題が二度と起きないよう強く求めている」(日本テレビ)

「弊社がビジネスパートナーに期待する基準への再認識を求めるべく、弊社よりジャニーズ事務所に本件の問い合わせを行うとともに、(遵守事項をまとめた)ガイドラインを再度共有している」(P&Gジャパン)

問い合わせ等は行っていないと答えたのは、飲料大手のアサヒグループホールディングスだ。「事務所の発表内容のとおり、ジャニー喜多川氏が故人であることからすべての事実を確認することが難しい状況のため。一方で、報道内容が事実であれば、誠に遺憾」とコメントした。

国連の指導原則にのっとれば、広告にジャニーズタレントを起用している企業は、「事務所に対して徹底的な事実調査等の要請を行い、合理的な範囲で外部への説明を行う責任を負っている」(オリック東京法律事務所の蔵元左近弁護士)。

ジャニー喜多川氏がすでに死去しているので事実確認が難しいというのも免罪符にならない。

「人権侵害があったという告発があった場合には、どのようなものであれ、それを真剣にとらえ、指導原則にのっとった形で適切な調査を行うことが重要」。作業部会のダミロラ・オラウィ議長は会見でそう述べた。

アサヒグループの対応は、指導原則の目指す姿と隔たりがあると言える。だが、対応の有無を明らかにしなかった企業と比べると、まだいい。それらの企業は、ステークホルダーへの説明責任を果たしていないばかりか、きちんとした人権対応をとる意思があるのかと問われかねない。

「黙殺は人権侵害に加担しているという認識が大きく欠如している。そこを抜本的に転換する必要がある」。人権問題に取り組むNGO「ヒューマンライツ・ナウ」で副理事長を務める伊藤和子弁護士は、そう指摘する。

取引を止めればいいわけでもない

取引先企業は今後どうしていくべきなのか。タレントを自社広告に起用している企業であれば、契約満了を待って取引を停止するのがいいのか。ところが話はそう単純ではない。

取引停止は、問題が発生した企業を孤立させ、人権侵害の被害をかえって深刻化させる可能性があるからだ。あくまでも取引関係をテコにして問題解決へ影響力を行使することが、現在、企業の人権対応では求められている。

企業のサステナビリティ戦略を支援するオウルズコンサルティンググループの若林理紗氏は、一例として次のように提案する。

「人権状況の改善要請の例としては、独立性が担保された第三者による徹底的な調査や経営陣の刷新を含めたガバナンスの改善を要求するといったことが考えられる。それを契約更新の条件とし、1年後に改善が見られない場合には契約を終了するなど、段階的に取り組むことが望ましい」

今回のジャニーズ問題をもはや看過することは許されない。この問題に頬被りしてフェードアウトしたことが先例となれば、その企業にとっても大きな禍根を残しかねない。


会見を開いた国連人権理事会「ビジネスと人権」作業部会のダミロラ・オラウィ議長(右)とピチャモン・イェオパントン氏(記者撮影)

国連の作業部会はさらなる情報収集を今後行う。日本政府や企業などに対する人権保護の提言を盛り込んだ最終報告書を2024年6月の人権理事会に提出するという。

日本政府は国際的な競争力強化に資すると「ビジネスと人権」を巡る政策を推進してきた。この問題をおろそかにすれば、「日本企業の人権対応に問題あり」との評価を海外から下されかねない。

「スポンサーの企業も、勇気や正義をもってよりよいクリーンな日本をつくってもらえれば」。当事者の会のメンバーの一人は、会見でそう訴えた。この声をどう受け止めるのか。取引関係にある企業も重大な岐路にあることを自覚すべきだ。


画像を拡大


画像を拡大


画像を拡大


画像を拡大


画像を拡大

(大塚 隆史 : 東洋経済 記者)
(兵頭 輝夏 : 東洋経済 記者)