エムバペはどこへいく(前)

 この夏の欧州サッカー移籍市場最大の目玉、それはまぎれもなくキリアン・エムバペだろう。世界中のメディアがその移籍とパリ・サンジェルマン(PSG)残留の可能性を探り、日々のトピックスとなっている。エムバペをめぐって現在、何が起きているのか――。

 エムバペは現在、世界で一番高給取りのサッカー選手だ。昨年10月のアメリカの『フォーブス』誌によると、彼の年収は1億2800万ドル(約180億円)。リオネル・メッシやクリスティアーノ・ロナウドよりも多い。しかし、いくら金があってもパリでのエムバペは幸せではないのだろう。彼はここで多くの人と対立をしてきたし、今もまだ対立をしている。

 まずはPSGの元スポーツディレクター、レオナルド。モナコからエムバペをPSGに連れてきた人物であり、エムバペのキャリアの基礎を作った人物と言ってもいい。だが、それにしては、エムバペはレオナルドへのリスペクトを持ち合わせていなかった。昨年夏、PSGはエムバペを中心に据えるようにチームの舵を切った際、レオナルドを解任した。エムバペが直接手を下したわけではないが、代わりにモナコ時代に仲の良かったルイス・カンポス氏が後任として招聘されたことは、何かを物語っていた。


シーズン終了後、フランス代表としてユーロ予選を戦ったキリアン・エムバペ photo by Reuters/AFLO

 ネイマールとエムバペは、当初とても仲が良かった。しかし月日を重ねるうちに、エムバペは自分のほうが上でなければ我慢できなくなってきた。プレーも年収もボーナスも何もかも。

 2021年9月、ベンチに下がって仲間の試合を見ていたエムバペが「ネイマールはこんな完璧なパスを俺には出さない。俺へのアシストが少ない」とぼやいたのを、フランスのテレビ局のマイクがバッチリ拾っている。また2022年の8月には、一度目のPKをミスしたエムバペが2度目も蹴りたがったのを、ネイマールが蹴って諍(いさか)いになった。その後しばらく、エムバペはネイマールにパスを出さなかった。

 今年の3月、PSGがチャンピオンズリーグ(CL)で敗退した翌日に、ケガで試合に出場しなかったネイマールがポーカー大会に出た後、マクドナルドで食事をしている画像がSNS上で広がった。

【ネイマール、メッシとの関係】

 この時、エムバペはすかさず「我がチームメイトにはいいものを食べ、よく眠ってほしいものだ」と誰とは言わないものの当てつけのような発言をしている。

 ネイマールとエムバペは喧嘩こそしていないが、その関係は日々冷え込んでいる。そんな噂を打ち消すように、この6月にはバルセロナで開催されたF1スペインGPの会場で仲良しショットを披露しているが、その撮影の光景を見ていた者は、ふたりが写真を撮った時だけ笑顔で、その後はさっさと別方向に歩いて行ったと証言している。

 エムバペはPSGにメッシが来たことも気に入らなかった。メッシはネイマールの親友だ。エムバペがメッシとともに笑っているのを見たことがあるだろうか。カタールW杯の決勝では、ハグしていながらも、彼らは一切視線を合わさなかった。

 2022年にエムバペは「ネイマールには出ていってもらってもいいが、メッシに残ってほしい」という趣旨のことを言ったが、それに対しメッシが「俺はネイマールのためにここに来た」と答え、ふたりの間の溝はさらに深まった。

 この夏、メッシが出ていったことは、エムバペを喜ばせたはずだ。ちなみにメッシがパリをあとにした理由は、半分は激しく彼を非難するサポーターに愛想をつかしたからであるが、もう半分は「エムバペが自分を嫌がっている」という声にうんざりしたからだ。

 また、エムバペが「フランス人だから」と望んで2022年に監督に就任したクリストフ・ガルティエとも、結局はうまくいかなかった。ガルティエのもと、彼はこれまでにないほど何度も途中交代させられた(その理由をガルティエは「前でひとりでボールを待っていることが多いから」と語っている)。そして監督はスペイン人のルイス・エンリケに変わった。

 このようにエムバペがチームの人事に口出しすることにも、チームメイトはうんざりしていた。

 もともと優秀だったトーマス・トゥヘルやマウリシオ・ポチェッティーノを嫌がり、CLどころかヨーロッパリーグ(EL)を戦った経験もないガルティエを望んだのはエムバペではないか。PSGの唯一にして最大の目標がCL優勝であるならば、ガルティエは考えられない選択だった。

【対立を決定的にした発言】

 それもこれも、メッシ、ネイマール、マルキーニョスら南米勢力をチームでのさばらせないためだったのだ。昨年の9月にはロッカールームで数人の選手がエムバペについて「もうあいつには我慢できない」と言っていることが現地のメディアに暴露されている。

 そのフランスメディアともエムバペはうまくいっていない。

 普通であれば「フランスを代表するチームで活躍するフランス人エース」は、メディアから愛されるべき存在だろう。しかし、多くの記者がエムバペのインタビューをしたがらない。尊大で、質問をしても「お前の聞き方がよくない」と言い出し、気が向いた質問にしか答えない。フランスメディアの間では「彼は自分のためにしかプレーしていない」と思われているふしがある。

 そしてサポーターの心もエムバペから離れ出している。チームのリーダーであるにもかかわらず、試合後にサポーターに挨拶しないこともたびたびだし、世界トップの高給をもらっているくせに、CLを制することができない。挙句の果てに「レアル・マドリードに出ていきたい」などと言い出す。サポーターにとって、チームを愛さない選手はいらない。かつてフランチェスコ・トッティはローマと同義語だったが、エムバペがパリと同義語であったことは一度としてない。

 決定的だったのは先日の『フランスフットボール』誌のインタビューでの発言だ。

「どこのユニホームでもいいからCLで優勝したい」「PSGでは無理かもしれない」「PSGはバラバラで対立しており、バロンドール獲得の助けにはならない」......どれも自己中心的でチームをないがしろにした発言だった。これで彼は完全にチームとチームメイト、そしてサポーターを敵に回した。

 今、パリでエムバペを囲んでいるのはこんな環境だ。
(つづく)