【敵地ファン、他球団のスター選手も大谷に夢中】

「Come to Seattle!(シアトルに来てくれ!)」。

 シアトルのT−モバイルパークで開催された2023年のMLBオールスターは、大谷翔平(エンゼルス)の打席でわき起こったコールと共に記憶されていくだろう。

「(あんなコールは)経験したことがないですね。聞こえてましたけど、打席は打席で集中してました」


オールスターの打席に入った際、シアトルのファンから大歓声を浴びた大谷

 大谷はそう振り返ったが、「経験したことがない」のは他の関係者も同じだったはずだ。

 米スポーツ界では地元チームの選手が"絶対的"で、同地区のライバルチームの選手に対してラブコールが送られることはめったにない。だからオールスターの試合中、特別に中継用のマイクを着けて守備についていたフレディ・フリーマン、ムーキー・ベッツ(ともにドジャース)ら、ナ・リーグのスーパースターたちがそのコールに驚いていたのも当然のことだと言える。

 現地時間7月11日、"夢の球宴"に2番DHで出場した大谷は、1打数無安打1四球、1三振と見せ場を作れなかった。期待されたホームラン・ダービーへの出場も、投手としての登板もなし。それでも、大谷が最も大きな存在感を放っていた事実に変わりはない。10日のメディアセッションでも、11日のレッドカーペットショーでも、中心にいるのは常に「背番号17」だった。

「大谷がリードシンガーで、他のすべての人間はバックアップ・バンドだった」

 アメリカのスポーツ専門誌『スポーツ・イラストレイテッド』のトム・バードゥッチ記者がそう記した通り、大谷の動きに合わせて常に人垣ができていた印象ばかりが残った。

 大谷に注目していたのは、ファンやメディアだけではない。他の選手たちからのリスペクトも絶大だった。多くの選手が大谷にサインを求め、写真撮影の要求も数知れず。記者からの大谷に関する質問に、目を輝かせて返答するスター選手も少なくなかった。

「大谷はすごいよ。僕が大好きな選手のひとり。彼に会った時はいつでも挨拶をするし、楽しむようにしているんだ」

 前半戦で打率.383、「打率4割」への挑戦が話題になっているルイス・アラエズ(マーリンズ)でさえも、そんな言葉を残したほどだ。

 オールスターに初出場した2年前は、大谷のことを繰り返し聞かれ、うんざりした顔をする選手も少なくなかった。それも当然のリアクションだが、今年は違った。

 他の競技、例えばボクシングの選手や関係者に取材をする際に、6階級を制したマニー・パッキャオ(フィリピン)についてどう思うか、と尋ねるのはおかしいことではない。NBAでは、"THE CHOSEN ONE(選ばれし者)"と称されるレブロン・ジェームズ(レイカーズ)の話題が出ることは当たり前のことだ。現在の大谷は、そういったレジェンドのレベルにまで到達したということだろう。

「あまりにも期待度が大きすぎて、『それに応えるのは不可能だ』とみんなが思っていたのに、実際にはその期待を超えてしまった。大谷はレブロンのようだね。レブロンも高校の時から『史上最高クラスの選手になる』と騒がれて、その期待を超えて見せた。大谷も同じことを成し遂げたのだから、とてもクールなことだよ」

 大谷ファンを自称するブレント・ルーカー(アスレチックス)のそんな言葉通り、米スポーツ界で「最大のビッグネーム」とも言っていいレブロンと大谷を同列に並べることは、もはや"クレイジー"なことではない。それほどの選手だからこそ、今後の去就問題に全米の視線が集まるのも必然だ。

【チームの下降が続けば......】

 まずはこの数週間で、大谷のトレードがあるかどうかが最大の注目点になる。

 今年のトレード期限は8月1日。オールスター前の時点でエンゼルスはワイルドカードまで5ゲーム差のところにつけており、通常であれば"看板スター"の放出は考えられない。オーナーのアルトゥロ・モレノ氏がスター選手への執着心が強い人物であることも考えると、それはなおさらだ。

「まだまだチームはいい位置にいる。(前半戦の)最後のほうはちょっと連敗が続きましたけど、そこまでは比較的にいい戦いができていたかなと思います。オールスターはオールスターで集中して、後半戦が始まったらそこはそこで集中したいなと思います」

 7月10日のメディアセッションの際には、大谷自身もエンゼルスの一員としてプレーオフ争いに全力を注ぐ意欲を見せていた。

 ただ、大谷と並ぶスーパースターのマイク・トラウトが、左手有鉤(ゆうこう)骨の骨折で7月4日に戦線離脱。それと足並みを揃えるように、6月28日以降のエンゼルスは10戦9敗と停滞した。

 最大で8もあった貯金をすべて食いつぶし、借金1を背負うことになったこの急降下が、オールスター以降も続いたらどうか? それでもトレードの可能性が低いとしても、上位進出が厳しい状況に、大谷本人が痺れを切らしたとすれば......。

「(プレーオフへの思いは)年々強くはなっていますね。負ければ悔しいし、行けなかったら悔しいというのはその通り。優勝したいと思うのは自然かなと思います」(7月10日のメディアセッションにて)

 今やMLBの顔となった大谷が、今春のWBC同様、メジャーのポストシーズンでも躍動する姿をベースボールファンは心待ちにしている。それゆえに、現実的に優勝争いが難しいチームに所属している今、大谷とエンゼルスの動向にこれまで以上の関心が注がれる。

「Come to Seattle!」。オールスターで鳴り響いた前代未聞の大コールは、本格的な"大谷争奪戦"の開始を告げるサイレンだったのだろう。答えが出るのは半年後か、あるいは2週間後か。球宴の終わりと共に、史上最大級のリクルートバトルが始まろうとしている。