フランスの2人組ロック・バンド、インスペクター・クルーゾ(The Inspector Cluzo)が9作目となるアルバム『Horizon』をリリースした。

2008年の結成以来、スペインとの国境に近いフランス南西部のガスコーニュで農家をやりながら、DIY精神を実践する音楽活動を続けてきたローレント・”マルコム”・ラクロウ(Vo, Gt)とマシュー・”フィル”・ジョーダン(Dr)の矜持は、2016年発表の5thアルバム『Rockfarmers』のタイトルからも窺えるが、「これまでに以上にディープな作品」と2人が胸を張る今回の『Horizon』は、大農業企業をはじめ、さまざまな圧力と戦いながら、家族農場を守ってきた2人の経験に基づいたプロテストソング集という意味で、まさにロックファーマー達の面目躍如と言える1枚に。なるほど、ハード・ロック的な魅力もある3曲目の「Running A Family Farm Is More Rock Than Playing Rock N Roll Music」というタイトルは決して伊達ではないわけだ。

もちろん、リフで攻めるブルージーなガレージ・ロックを基軸としながらも、ストリングスやピアノも使って、フォーキーだったり、ソウルフルだったりとさらに多彩になった楽曲も聴きどころ。「The Outsider」「Swallows Back」といった美しいバラードはもはや彼らの持ち味の1つと言ってもいい。また、「Act Local Thihnk Global」「Shenanigans」からはクラシック・ロックにも通じる風格も感じられるように。

昨年10月、朝霧JAMに出演するため、日本にやってきた2人が『Horizon』について話を聞かせてくれた。

―来日は何度目でしたっけ?

ローレント:今回で8回目だよ。たぶん(笑)。8回目とか9回目とか、それくらいだと思う。日本は俺達にとって、第2の故郷と言ってもいい。常にスペシャルで、来るたび温かい気持ちになれるんだ。

―そこまで言っていただけると、日本のファンもうれしいと思います。

ローレント:インスペクター・クルーゾは2008年に始まったんだけど、フランス国内で知られるようになるまでにけっこう時間が掛かったんだよ。なぜなら、俺達はパリ出身ではないからね。フランスではすべてがパリ中心に回っているんだ。しかも俺達は農家だからね。パリの連中にとってはダサいらしい(苦笑)。そんなわけでずっと虐げられてきたんだけど、ようやくフランスでも人気が出てきた。もっとも、まだビッグな存在とまでは言えないけどね。そんな俺達を、日本の人達はいち早く歓迎してくれたんだ。

―初来日は2009年のフジロック・フェスティバルでしたね。

ローレント:そう。1stアルバム『The Inspector Cluzo』をリリースする前に出したEP『Cluzo EP』に入っている「Fuck The Bass Player」と「Two Days』を聴いて、スマッシュという日本のプロモーターが俺達のことを気に入ってくれて、サーフロック・インターナショナルという小さなレーベルがサポートしてくれたんだ。フジロックで演奏できたことも素晴らしかった。演奏しながら、日本の人達とつながりを感じることができたんだからね。

2009年、フジロック出演時の映像(インスペクター・クルーゾの公式アカウントが投稿)

―ところで、日本の食事は口に合いますか?

ローレント:もちろん。

マシュー:大好きだよ。

ローレント:月曜日に日本に来たんだけど、それから毎食、日本食を食べているよ(取材はその週の金曜日)。ガスコーニュは有名なシェフが訪れるくらいフランスの中でも食文化が豊かなところで、フォアグラ、コンフィといった伝統料理が有名なんだけど、俺達も含め、ガスコーニュの人達は伝統的な食文化に興味がある。日本にはそれがたくさんあるだろ? 興味深いよ。そう言えば、火曜日に寿司を食べにいったんだ。

マシュー:そしたら、店の人が「これを食べてみろ」とか、「あれを食べてみろ」とか、いろいろ薦めてくれたんだよ。

ローレント:サバがうまかったな。

「ロック農家」のプロテストソング

―それはよかったです。それでは、新しいアルバムについて話を聞かせてください。すでにライブでもやっているというアルバム表題曲「Horizon」は、なんでも1stアルバム用に作ったものの、その時は完成に至らなかった曲だそうですが、なぜ、その曲を今回、ひっぱり出してきたんですか?

ローレント:年齢を重ねて、当時よりも賢くなったからさ(笑)。なぜ完成させられなかったかと言うと、歌詞が気に入らなかったからなんだ。俺達が子供の頃からずっと見てきたガスコーニュの地平線のことを歌にしたかったんだけど、あの雄大な景色にふさわしい言葉が当時は出てこなかった。今回、それがようやく言葉にできたんだ。だから、実のところ、曲やサウンドは1stアルバムの頃のままなんだよ。

―なるほど。これまで何度か完成させようと試みたことはあったんですか?

ローレント:何度も挑戦してきたよ(笑)。

―それが今回、アルバム・タイトルにするくらい気に入ったものになった、と。

ローレント:そういうこと。2021年の夏、地元のオーケストラと3000人のお客さんの前でライブをやったんだ。そのために「Horizon」というテーマで40分くらいの曲を作ったんだけど、今回、アルバムに入っている「Horizon」は、実はその一部なんだ。そんなふうにこれまでいろいろなことに試みてきた中で、オーケストラと演奏する楽曲として完成させることができたんだ。そのオーケストラとは以前にも共演したことがあって、その時は過去曲を演奏したんだけど、その時のアレンジャーが「Horizon」というテーマを気に入ってくれて、それを基に何か作り上げたらどうかと提案してくれたんだ。それがすべての始まりだった。因みにオーケストラと「Horizon」を演奏した時のライブは、フランスのローリングストーンが記事として取り上げてくれたよ(笑)。

―今回のアルバムは、これまで以上にストリングスを使っているという印象があります。それはオーケストラと共演したライブの延長で、ストリングスをたくさん使ったらおもしろいんじゃないかと考えたからなんでしょうか?

ローレント:その通りだ。

―ストリングスを使ったことも含め、今回のアルバムはこれまで以上にサウンドが多彩になっていると思います。今回、アルバムを作る上では、ストリングスを使う以外にどんなことを考えましたか?

ローレント:今回は、とてもディープな作品にしたかった。実際、そういうアルバムになっていると思うんだけど、それは自分達の周りの環境も含め、俺達が目にしてきた良いことも悪いこともすべてリアルな経験を歌っているからなんだ。特に農場での経験に基づいた曲が多いね。たとえば、「Wolf At the Door」は、大農業企業や政府からのプレッシャーと戦った時のことを歌っている。そういう意味では、ちょっとニール・ヤングっぽいヴァイブが入った作品だと思う。レコーディングには3週間掛けたんだけど、これまで1週間で終わらせていた俺達には、そんなに長い時間を掛けるなんてことは初めてのことだった。プロデューサーのヴァンス・パウウェルが「今回の曲はこれまで以上に力強くて、深いことを歌っているから、ていねいにレコーディングしたい」と言ってくれて、そうなったんだけど、実はアルバムの完成までに3年掛かっているんだよ。と言ってもパンデミックのせいでそうなったわけじゃない。それだけの思いを込めて、作ったからこそ、それだけ時間が掛かったんだ。1曲だけイギー・ポップのペニスについて歌った「Rockphobia」というふざけた曲があるけど(笑)、それ以外の曲では農場での経験を基にした俺達のリアルな感情を表現しているよ。

―これまで以上に力強くて、深いというのは、歌詞がということですか?

ローレント:そうだね。ただ、歌詞が深くなると、音楽も自然と、より大きなものになる。ニール・ヤング、ボブ・ディラン、ブルース・スプリングスティーンの曲がそうだったようにね。歌詞が弱いと、やっぱり曲自体が持つ力も弱くなると思うし、パール・ジャムのようにはなれないと思うんだ。歌詞が音をひっぱり出すってこともあるんだよ。大農業企業や政府と戦ってきた経験をしっかりと歌うことで、音楽も力強いものになったと思う。

―大半がプロテストソングと言えるんじゃないかと思うのですが、自分達のメッセージを世界中の人々に伝えたいという気持ちも当然あるわけですよね?

ローレント:俺達はアクティビストだけど、トーカーじゃない。だから、メッセージはすべて音楽に込めている。確かに俺達には信じるものがある。でも、それを他の人に強要しようとは思わない。俺達は自給自足、地産地消を是としている。たとえば、パンにしてもアメリカから輸入した小麦粉ではなく、自分達の地域で採れた小麦粉で作ったものを食べたいと思っている。だけど、それは俺達がそうしたいから俺達の生活に取り入れているだけであって、他の人にもそうしてほしいとは思っているわけじゃない。俺達がやっていることが良いと思うならやってほしいけど、良いと思わなければ、そうする必要はないと思っているよ。農業のやり方も同じこと。俺達はそういう考えなんだ。俺達の音楽を聴いて、何か感じてもらってもいいし、単純に楽しんでもらってもいいし、そこはリスナーそれぞれ自由に聴いてもらえればいいね。

イギー・ポップの局部と「真のロックンロール」

―さっき話題に上がった「Rockphobia」にはコメントを寄せるという形でイギー・ポップが参加していますね。

ローレント:そう! とてもおもしろい曲になっていると思うんだけど、実は真面目なテーマがあって、現代におけるロックンロールとは?と問いかけているんだ。というのは、ヨーロッパではFuckをはじめ、いわゆる四文字言葉を使ったらダメだみたいにロックンロールが軟弱になってきているからなんだけど、イギー・ポップの時代は局部を露出することも含め(笑)、やりたい放題だっただろ? それに比べて、今はどうだ? そんな状況を表現するためにイギー・ポップの名前を象徴的に使ったんだけど、コラボレーションしようなんて気持ちはこれっぽっちもなかった。ただ、イギー・ポップの名前を使っているから、念のためマネージャーに曲を送ったら、なんとイギー・ポップが気に入ってくれて、WhatsAppで「Fuck you!」ってボイス・メッセージを送ってくれた。それを最後に使ったんだ。そんなふうにシンプルにコラボレーションが実現しちゃうところがロックンロールだと思う。おもしろいよね。

―当然、2人はイギー・ポップの大ファンなんですよね?

ローレント:イエス、イエス。もちろんだ。

マシュー:(日本語で)はい。

―彼のアルバムでは、どれが好きですか?

ローレント:ストゥージズならどれでも。

マシュー:俺もそうだね。そう言えば、この間、イギー・ポップのドキュメンタリーを見たんだ。デヴィッド・ボウイとの出会いも含め、彼のキャリアがすべて詰まった、すごくロックンロールな内容だったんだけど、それを見ながら、こういうロックンロールは、今はもうないなと感じたよ。

―そんな中でもインスペクター・クルーゾは真のロックンロールをやっている、と?

ローレント:それはわからない(笑)。

―えっ⁉

ローレント:もちろん、俺達はベストを尽くしているけど、それをどう思うかはリスナーやオーディエンスしだいだからね。より良いロックンロールを作るために、そしてより良いロックンロール・バンドになるために大切なことがあると思うんだ。1つはインディペンデントであること。もう1つは歌詞がディープであること。俺達はその2つが重要だと考え、実践している。リスナーとしてもポップなだけの曲は楽しめない。ニール・ヤングやパール・ジャムをリスペクトしながら、彼らに近づけるように活動を続けたいと思っているよ。


Photo by Cyril Vidal

―最後に新しいアルバムの推し曲を1曲ずつ教えてください。

ローレント:クソッ(笑)。

マシュー:1曲だけかよ(笑)。

―2曲でもいいですよ(笑)。

マシュー:まず1曲は「The Outsider」だな。俺達の町に住んでいるアメリカ人の友人について歌った曲と言うか、外国人である彼の視点でフランスやガスコーニュのことを歌った曲なんだけど、とても美しい曲になったと思う。

ローレント:そうだね。俺も「The Outsider」を推したいな。力強い曲だと思うし、ライブでやると、曲の世界に入り込めて、どんどんイメージが広がっていくんだよ。

マシュー:もう1曲挙げるなら、さっきも話題に上がった「Wolfs At The Door」だね。俺達の農場では200羽のアヒルを飼っているんだけど、その200メートル先に10000羽のアヒルをぎゅうぎゅう詰めにしている工場がある。この曲はそこの悲惨な状況や、鳥インフルエンザの感染拡大を防ぐために健康なアヒルやニワトリまで殺処分することを求めて、プレッシャーをかけてくる政府に対する抗議を歌っているんだ。

―ローレントももう1曲、いかがですか?

ローレント:そしたら「Swallows Back」だな。殺虫剤の影響でツバメがどんどん姿を消しているんだけど、俺達の農場には毎年たくさん戻ってくるんだよ。俺はそのことをまるでオペラのように美しいものだと感じているんだ。

―その「Swallows Back」は見事なファルセットも聴きどころですね。

ローレント:俺達がデビューした頃からの売りの1つだからね。あの声が自然に出てくるんだよ。俺達はよくギターとドラムのデュオと言われるけど、ボーカルも楽器の1つとして考えている。だから、アルバムを作る時は毎回、歌にも力を入れているのさ。


インスペクター・クルーゾ
『Horizon』
発売中
再生・購入:https://virginmusic.lnk.to/Horizon