勢いに乗るエクアドルを最後までストップ

 デュッセルドルフ・アリーナへ向かうトラムの車内では、陽気なエクアドルのサポーターたちが音楽を大音量で鳴らしながら大声で歌い、終点に着くとホームで輪になって飛び跳ね、はしゃぎ回っていた──。


シュミット・ダニエルはPK阻止など、エクアドルの攻撃を0点に抑えた

 さながらW杯のスタジアム周辺のような風景が日本との親善試合の前に見られたのは、1990年代末に起きた同国の経済危機以降、大量の移民がスペインをはじめとした欧州に移り住み、愛する代表チームを西欧で見られる貴重な機会に大挙して押し寄せていたからだという(『ディレクTV・エクアドル』のホセ・カルロス・クレスポ記者が教えてくれた)。

 世界有数の日本人コミュニティがある当地での一戦だというのに、スタンドのサポーターの数ではエクアドルが上回っているように見え、その声量とノイズで比べると、間違いなく彼らのほうが大きかった。日本サッカー協会主催の一戦にもかかわらず、ホームのような雰囲気を生み出した黄色いファンの後押しを受け、試合は序盤からエクアドルが優勢に進めていった。

 もっとも、サポーターの存在を抜きにしても、エクアドルは手強い相手だった。南米予選では標高2700m超に位置するホームスタジアムという地の利はあったにせよ、ウルグアイやコロンビアらに勝利を収め、ブラジルやアルゼンチンとドローを演じ、最終節を残して突破を決めているように。

 シンプルな4−4−2から始めながらも、"ラボルピアーナ"(アンカーがセンターバックの間に降りて最終ラインの司令塔になる手法。アルゼンチン人指導者リカルド・ラボルペが始めたことに由来)を用いてビルドアップし、巧みな連携でサイドを崩して日本陣内に侵入してくる。最初のシュートは開始早々にバイロン・カスティージョが放ち、前半終了間際にはロマリオ・イバーラが持ち込んでこぼれたボールがポストを叩いている。

 さらにエクアドルは後半に複数の決定的なシーンをつくった──しかしこの日は、日本の守護神シュミット・ダニエルが最後まで彼らの前に立ちはだかった。

「絶体絶命のピンチを止めるところを見せたい」

 実はこの30歳のGKは試合の二日前の練習後に、こんなことを話していた。

「試合に出してもらえるなら、アピールのチャンス。自分が出ても問題ないところを見せられたらいい。(具体的には)決定機を止めるところですね。絶体絶命のピンチを止めるところはなかなか見せられないので、できることなら見せたいです」

 そしてエクアドル戦の後半には、まさに「絶体絶命のピンチ」が訪れた。80分にミカエル・エストラーダが谷口彰悟に倒され、主審はPKを宣告。キッカーはエクアドルの英雄エネル・バレンシアだ。プレミアリーグでも長く活躍した32歳のアタッカーはその4分前に投入されてキャプテン腕章を巻き、ボールをスポットに置いた。

「相手が蹴る前にたくさん動いて、気を逸らそうとしました」とシュミットはこの時を振り返る。「最後は自分が信じたほうに思いきり飛んで、結果的にドンピシャで。いいところにボールが来ました」。

 謙遜気味にそう話したが、実際にキックを弾き出した時は、「自然と」ガッツポーズが出た。

 しかしピンチはそれで終わらず、85分にはエクアドルのFKからまたしてもE・バエレンシアが日本のゴールを強襲。力強く頭を合わせ、ボールは右のトップコーナーへ飛んだが、シュミットが見事なダイブではじき出した。あまりいいところのなかった日本が敗れずに済んだのは、日頃からベルギーで研鑽を積む守護神の活躍によるところが大きい。

「まあ引き分けだったので、満足とは言えないですけど、間違いなく、これまでに代表でプレーしたなかでは一番いいパフォーマンスだったかなと」と試合後にシュミットは真摯かつ淡々と取材に応じた。「そこは自信にしていいと思うし、チームに戻ってもこういうパフォーマンスを続けられるように頑張っていきたい」。

「もっと存在感を出したかった」

 この落ち着いた振る舞い(あるいは性格)は、ピッチ上でも周囲に安心感を与えていることだろう。それは自然なところと、自覚的なところと、どちらもあるようだ。

「(試合中に)昂りすぎないように意識はしていて。今日は相手の前線のランニングが多かったので、こちらの最終ラインが対応できるように声を出していました。そこで一発で裏を取られるシーンはなかったと思うので、ディフェンダーの対応がよかったのはもちろんあるけど、自分も手助けできたかなと」

 自らのパフォーマンスについては「80点」と評価し、足りなかった点としては、「もっとハイボールで力強さというか、空中戦は大丈夫だなと安心感を与えられるようなプレーができたらよかった」と言う。「パンチングするにしても、もっとどかーんと飛ばすような。ゴール前にはオレがいるみたいな、それぐらいの存在感を出したかったです」とあくまで地に足をつけて。

 こうなると、先週のアメリカ戦で権田修一が負傷したこともあり、外野は最後尾の序列に変化が起こるのではないかと考えたくなるものだ。だが口許に優しげな微笑をたたえたアメリカ生まれのゴーリーは、そんな見方も穏やかに否定する。

「(序列を崩すようになったとは)思わないですね。二次予選、最終予選と何度も苦しい試合があったなかで、ゴンちゃん(権田)がチームをすごく救っていたので。今日はやっぱり親善試合だし、そこの差はあると思います」

 大らかな雰囲気と物言いでチームメイトを落ち着かせ、有事には機敏に巨躯を動かしてゴールを守る。世界の桧舞台では、間違いなく、「絶体絶命のピンチ」が何度も訪れるに違いない。その予行演習で有言実行を果たしたシュミットの存在を、仲間も指揮官も頼もしく感じていることだろう。