ウクライナであまり聞かない「海軍」の実力は? まともな軍艦ないのに“艦隊再編”報道の実際
ロシア軍によるウクライナ侵攻から5か月。善戦するウクライナの陸上部隊とは対照的に、同国海軍の名前はほぼ聞きません。ウクライナの海軍力についてひも解きます。
ウクライナにはまともな戦闘艦がない!
2022年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻。アメリカやイギリスを始めとした西側諸国から多数の兵器が供与され、善戦を続けるウクライナ陸軍を横目に、ウクライナ海軍にはロシア黒海艦隊に対抗できる水上艦艇がない状態といわれています。
そういったなか、2022年6月下旬に小艦隊を編成しドニエプル川に配備したとの発表がありました。本当のところはどうなのか。わかっている情報をもとに、ウクライナが目指す“クリミア半島奪回”の可能性をみていきましょう。
ウクライナ唯一のフリゲートだった「ヘーチマン・サダハーチヌイ」。本艦はロシア軍に捕獲されることを避け、自沈した(画像:駐ウクライナ米国大使館)。
現在のウクライナ海軍が発足したのは、1992(平成4)年4月のこと。前年、1991(平成3)年8月にウクライナが旧ソ連から独立すると、ロシア黒海艦隊から一部の艦艇が同国に譲渡され、それらを基に海軍が創設されました。
その後、2022年2月にロシア軍が侵攻するまで、新造艦や退役した艦艇など、所属する艦船は入れ代わりながら約160隻がウクライナ海軍に在籍していたといいます。ただ、それらのうち数十隻は2014(平成25)年のクリミア危機と、今回のロシア侵攻で接収されたほか、3月の戦闘において巡視艇1隻、砲艦1隻、指揮艦1隻が沈没するなどして、事実上、戦闘可能な艦艇のほとんどがなくなってしまいました。
ウクライナは1991(平成3)年の独立後、新たな艦艇の建造に着手していますが、財政難からフリゲート「ウォロデミル・ヴェリーキイ」のように建造を中断している船もあるほど。なお、4月に沈没したロシアのミサイル巡洋艦「モスクワ」の同型艦「ウクライナ」は、完成前にウクライナに引き渡されましたが、結局その後は未完成のまま就役せずに放置されています。
こうした状況を打開するために、2018年から2021年にかけて5隻の巡視船がアメリカからウクライナへ供与されています。さらにアメリカは、オリバー・ハザード・ペリー級フリゲート2隻を供与すると2018年10月に発表しましたが、これについては実現する前にロシア侵攻が始まってしまったため実現していません。同様に、ロシア侵攻前の2021年10月と12月の発表では、巡視艇1隻がアメリカ沿岸警備隊から譲渡され、新造艦8隻を今年から2026年までに引き渡す予定でした。
ウクライナ頼みの綱だった有力フリゲート
2022年8月現在、ウクライナ海軍に残された唯一のフリゲート「ヘーチマン・サハイダーチヌイ」は、ロシア軍の侵攻時ムィコラーイウで修理中だったために難を逃れました。
この船は旧ソ連時代の1983(昭和58)年から就役が始まったクリヴァク3級警備艦の1隻です。ウクライナ海軍にとってはフリゲートと同等の艦船として頼みの綱になるはずでした。しかし、ロシア軍がムィコラーイウに迫ると捕獲を避けるため自沈、現在は水深の浅い岸壁で擱座(かくざ)して使用不可能な状態にあります。
セバストポリの黒海艦隊。手前のフリゲート「アドミラル・マカロフ」は、5月6日に黒海でネプチューンにより撃沈したとされたが、その後否定された(画像:ロシア黒海艦隊)。
ウクライナ海軍には戦闘機と多用途ヘリコプターからなる独自の航空部隊(海軍航空隊)があるものの、ロシア軍と同様に航空作戦はほぼ行われていません。唯一稼働しているのがR-360「ネプチューン」対艦ミサイルと攻撃ドローンです。
そんななか、冒頭に述べたとおり、6月下旬に残っていた小艦艇を河川艦隊に再編成したと発表がありました。説明によると、艦隊は19隻からなりドニエプル川に配備されたといいます。しかし、この艦隊は残っていた小艦艇を寄せ集めただけのようで、砲艦はまだしも救難艇、調査船、それに徴用した観光船まで含まれているそうです。艦隊を編成したといっても、これでは黒海においてロシア艦隊に対抗できるとはいえないでしょう。
焦点となるクリミア半島セバストポリ軍港
目下、ウクライナはなんとしてもクリミア半島を奪回すると宣言しています。実際にそれが可能なのかどうか、現状に即して分析してみましょう。
クリミア半島を奪回するために避けて通れないのが、ロシア黒海艦隊の母港であるセバストポリの攻略です。これまでウクライナ軍はセバストポリ港にいるロシア艦隊をミサイル攻撃していません。
第2次大戦時、ドイツ軍に破壊されたセバストポリ要塞の30cm連装砲塔。第1次大戦時のガングート級戦艦の主砲を転用したもの(画像:ドイツ連邦公文書館)。
セバストポリは、直線距離でクリミア半島の付け根に近いウクライナの軍港オチャコフから約270km、6月末にロシア軍が撤退したズミイヌイ(スネーク)島からは274km、オデーサからだと約300kmです。ウクライナ海軍の切り札的存在といえる「ネプチューン」地対艦ミサイルの有効射程は約280kmなので、なんとか攻撃範囲に入っています。
ところが、ロシアはこれに対抗策を打ち出していました。ウクライナが指摘するところによると、2022年3月以降、ロシアはAIS(船舶自動識別装置)を切った複数の民間船を軍艦の周りへ盾のように配置するようになったとのこと。このようなやり方でセバストポリにいる自軍艦船を温存しているといいます。これに関してウクライナはロシアを非難していますが、AISは国際航行する排水量300トン以上の船舶と、他国間との航行をしない500t以上の船舶に設置義務があり、軍艦は免除されています。ロシアはこの国際規則を利用して民間船と軍艦をAISで識別できなくしています。
なお、AISが発する電波は人工衛星でも受信できます。この情報が活かされたのが3月24日にアゾフ海のベルジャンシク港でミサイル攻撃を受け沈んだロシア海軍揚陸艦「サラトフ」でしょう。撃破された際の状況を鑑みると、偵察衛星などから得た情報を総合して行われたピンポイント攻撃だったとみられています。
クリミア半島攻略は総力戦の恐れ
また、仮にウクライナがセバストポリのロシア艦艇をミサイル攻撃し、無力化できたとしても、最終的には陸路クリミア半島を進撃し、攻略する必要があるでしょう。
歴史をひもとくと、その前例があります。1854年から翌1855年にかけてのクリミア戦争では、トルコ、イギリス、フランスの連合軍が海と陸から同地を攻め、両陣営で合わせて約20万人もの戦死者を出しながらロシア軍を打ち負かしています。
第2次世界大戦ではドイツ軍にルーマニア軍とイタリア軍が加わった約46万人の枢軸軍が、1941(昭和16)年から翌1942(昭和17)年にかけて行ったクリミアの戦いでセバストポリを陥落させています。この戦いでドイツ軍は80cm列車砲「グスタフ」を投入し、クリミア半島を孤立させて陸路セバストポリを落としました。戦死者は枢軸国が15万人、ロシア軍は捕虜を含めて50万人を失ったといわれます。
セバストポリはクリミア戦争当時から要塞化されており、クリミア半島にはロシア空軍の航空基地もあります。東部での戦闘にウクライナが勝利することが前提にはなるものの、もしクリミア奪回の戦闘が始まった場合、ウクライナ軍にとって総力戦になるのは確実です。そこまでしてクリミア奪回にウクライナが進むのかが、今回の戦いの焦点といえるでしょう。