女の子はいつから「頭からっぽ」になってしまうのか  ~ 「ピンク色の世界」に閉じ込めないために私たちができること - 堀越英美 - BLOGOS編集部

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※この記事は2016年05月06日にBLOGOSで公開されたものです

 PVでは、ピンクのパジャマに大きなパステルカラーのリボンをつけた少女たちが、ピンクのベッドの上で飛び跳ねながら枕を投げ合っている。甘い声で歌われる歌詞は、「女の子はかわいくなきゃね」「どんなに勉強できても愛されなきゃ意味がない」……こんなアイドルソングが、女性蔑視であるとして批判を浴びた。

 女はおバカ、男はお利口。アイドルソングに限らずひんぱんに目にするステレオタイプではあるが、子育て中の身としてはやや奇妙な気持ちになることがある。小学生以下の子供たちを持つ親たちの世界では、まったく逆のステレオタイプが蔓延しているからである。すなわち、男の子はおバカ、女の子はお利口。あるカリスマ男性塾講師は、母親に向けてこんなメッセージを発している。「11歳女子は新人OL、11歳男子はカブトムシだと思って育ててください」。大変だ、男の子はおバカどころか人間ですらない。確かに、小学校時代は女子のほうが男子よりも真面目に勉強に取り組む傾向があるけれども。それにしても、11歳にして社会人扱いされるほど「お利口」だった女子は、何をきっかけに「おバカ」になってしまうのだろう。

「女の子は能力より見た目が重要」

 ガールスカウト日本連盟が2014年に行なった国内の女子高生対象の調査は、その疑問に答えてくれるかもしれない。同調査によれば、「人は能力より、見た目で判断されている」と考える日本の女子高生は66%にも上る。まさに問題の歌詞の通りだ。そして実に74%の女子高生が、「自分の容姿に自信を持っていない」と回答した。「見た目のほうが能力よりも重要」と社会から刷り込まれた女子が、自分の見た目に自信を持てなかったら? 内閣府が7か国の13~29歳の男女を対象に行った調査「平成25年度 我が国と諸外国の若者の意識に関する調査」によれば、日本の女子は「自分への満足感」が15歳で著しく低下することが指摘されている。これは、日本と同様に女性への容貌プレッシャーが強い韓国の女子にもみられる現象だ(「第3部 有識者の分析」より)。

「ピンクカラー」に追い込まれる女子たち

 能力を評価されていると信じていられた子供時代は「お利口」になるべくがんばっていた女子も、「女の子は能力よりも容姿」「女の子は三角関数よりも草花の名前を覚えたほうがいい」といった価値観にさらされることでみるみる自信をなくし、失われた自尊心を取り戻すべく女子力向上にリソースを振り分ける。この時期の少女が摂食障害や不安障害などの精神上の問題を抱えることは珍しくない。注目を集めたい、自分が特別であると感じたいという欲求は思春期の男女には普遍的にみられるが、少女にとってそれは知的好奇心を追求したり、地道な訓練を積んだりすることよりも、「頭からっぽのかわいいお人形さんでいなさい」という期待に応えることで実現できる。つまるところ、女の子たちは「お利口」から「おバカ」にいきなり転生したわけではなく、周囲の期待に応え続けたにすぎない。日本社会の中でいい子でいたいなら、ピンクのパジャマにくるまれて、頭からっぽのふりをしていたほうがいい。お勉強するにしても、数学なんてとんでもない。女の子らしく文系だけにしておいたほうが無難だ。結果として、女の子の多くは「伝統的な女性の職業」=「ピンクカラー」に追い込まれる(ピンクカラーは社会評論家ルイーズ・カップ・ハウの命名)。ピンクカラーは概して低賃金だったり、狭き門だったり、年齢差別が横行していたりと、安定性に欠けるものが多い。さまざまな調査が明らかにしている通り、理系出身者は文系出身者より年収が高いため、勉強、特に数学を避けた女子は高収入の職に就くことが難しくなる。

  こうした風潮は男女間の賃金格差の一因となっており、ひいては母子家庭の高い貧困率といった深刻な社会問題を引き起こしている。

海外では「理系女児玩具」がブームに

 もちろん、英語圏の少女も抑圧から無縁なわけではない。少女を性的対象とする風潮にさらされる中で、少女自らが自分をモノのように扱ってしまう現象はself-objectification(自己対象化)と呼ばれ、その害は早くから問題視されている。さまざまな対策がとられる中で、とくに重要視されているのは、幼いころから自己肯定感を育むことである。「やーいブス!」と攻撃する男子を撲滅することはできなくても、「てかブスじゃねえし」「ブスですけど何か?」と知らん顔で言い返せる戦闘力の高い女子を育てることならできそうだ。

 中でも女児向け玩具は思春期以前の少女への影響力が高いとみられており、ここ数年、女の子の知的好奇心や自己肯定感を育むことを目的とした玩具が続々と登場している。

 たとえば、イギリス生まれのファッションドール「ロッティー」は、少女たちを過剰な痩身願望に追い立てないため、小学生らしい体型で作られている。天文学者、化石採集家、ロボット作りマニア、ロカビリー、空手家など、職業や趣味も多彩だ。女の子はかわいいお人形でごっこ遊びを楽しみながら、自分にも幅広い選択肢があることを学ぶことができる。

 バービー人形の販売元・マテル社の競合であるMGAエンターテイメント社は、科学知識で悪と戦う理系女子高生スパイチームをモチーフとしたファッションドール「Project Mc²」シリーズを発売した。「Smart is the New Cool」というキャッチコピーの通り、女の子たちに「賢いことはおしゃれでかっこいい」と感じさせることを主眼に置いたドールだ。それぞれのドールには学齢期の少女が好みそうなかわいい科学実験キットが付属している。同社はドールの販売と同時に、Netflixでトゥイーン世代(8~12歳)向けのオリジナルドラマを配信しており、その世界観は日本にいる我々も楽しむことができる。


スパイチーム「Project Mc²」の中のピンク大好き化学女子アドリの新作ドールは香水作りキット付き。

 こうした理系女児玩具ブームのきっかけとなったのは、20代女性が創業した女児向け玩具のスタートアップ「ゴールディーブロックス」の大成功だ。広告動画によるセンセーショナルな問題提起が功を奏し、一躍ネット発のスターとなった同社は、今では女児玩具業界全体に影響を与える存在である。中でも「ファッションドールは女の子に知性よりも美に価値を置くように伝えている」と訴える動画は、多くの親に衝撃を与えた。ファッションドールの代わりに同社が発売したのは、力学が学べる女の子のアクションフィギュアだ。第2弾アクションフィギュア「ルビー・レイルズ」は少女プログラマーという設定で、名前はもちろんWebアプリケーションフレームワークの「Ruby on Rails」にちなんでいる。

 こうした動きに呼応するように、2016年1月にはマテル社もさまざまな体型、人種のバービー人形を年内にも販売するとアナウンスしている(このあたりの女児玩具事情は拙著『女の子は本当にピンクが好きなのか』で詳述したので、興味のある方はご参照ください)。

 なお、女の子の知的向上心を称揚することは、必ずしも勉学に優れた女子のみを優遇することではない。私ごとになるが、我が家の4歳の次女は心身の発達に遅れがあり、同年代の幼児が難なくできる多くのことができない。それでも、初めてブランコで立ち漕ぎができたとき、初めてストライダーを自由にこげるようになったとき、初めてカルタがとれたとき、こぼれるような笑みを見せる。自分にとって少し難しい課題に挑戦し、訓練を経てできなかったことができるようになる。知らなかったことを知ることで、わくわくするような世界が見えてくる。こうした経験を積み重ねていくことで、少しずつ自己肯定感が育まれていく。これは老若男女問わず、誰にでも開かれている喜びであるはずだ。女の子だからという理由でその喜びを奪うのは残酷だし、社会的な損失でもあるという共通認識を、私たちは持ってもいいのではないだろうか。

女の子たちのために大人ができること

 では、日本の大人である私たちは、いったい何ができるだろう。女の子にとって望ましくないコンテンツの発売禁止や放送禁止を訴える? 子供たちをあらゆるメディアから遠ざける? 権力者たちの改心をひたすら待ち続ける? もちろん、これらはまったく現実的ではない。一番手っ取り早いのは、女の子にもさまざまな活躍の場があることを教えてくれるようなエンタメ作品に積極的にふれさせることだろう。たとえば、実写映画版が公開中のコミック『ちはやふる』(末次由紀)は、容姿で序列付けされる世界で常に身体の欠点を気にして追い詰められている姉と対比する形で、他人にどう見えるかを気にせずに好きなこと(競技かるた)に熱中する天真爛漫なヒロイン・千早の姿が魅力的に描かれている。

 努力を重ねて差別を乗り越え、ウサギ初の警官となったヒロインが活躍するディズニー・アニメーション・スタジオ最新作『ズートピア』も、女の子を勇気づけるのにうってつけだ。この映画に深みを与えているのは、差別がつねに一方通行ではないという複雑な問題をも取り扱っている点である。マイノリティであるヒロインは、メディアを通じて悪気なく不用意な発言をすることで、別のマイノリティへの差別を引き起こしてしまう。現実社会でもよくあるこうした問題への対処が、後半のテーマだ。差別のつもりではなかった発言で他の属性の人々の生きづらさを引き起こしてしまうことは、誰もが犯しうる間違いである(たとえば、私たち母親が「男児はおバカ」とSNSで気軽に発言することで、男児の学習障害が見逃されてしまうといった事態を招いてしまうかもしれない)。何もかもが一時に変わる革命は起こせない代わりに、間違いを犯すたびにそれを認め、真摯に謝り、少しずつ改善していくことで、世界を変えていくことができる。かつては「美しく受動的にふるまって王子様と結婚すれば幸せ」という価値観を女の子に刷り込む、または人種差別を助長するとたびたび批判を浴び、一作ごとに改善を重ねていったディズニーが発するからこそ、説得力を持つメッセージである。ディズニーならざる私たちにだって、できないことはないはずだ。

【著者プロフィール】

堀越英美
文筆業。著書『女の子は本当にピンクが好きなのか』(Pヴァイン)が発売中。共訳書に『ギークマム』(オライリージャパン)。

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