【赤木智弘の眼光紙背】アザラシと僕たち - 赤木智弘
※この記事は2013年05月18日にBLOGOSで公開されたものです
赤木智弘の眼光紙背：第272回環境省が、北海道えりも町の襟裳岬で予定していたゼニガタアザラシの試験捕殺を中止したことに対して、ゼニガタアザラシによる漁業被害を受けている地元の漁業関係者から不満の声が上がっているという。
ゼニガタアザラシはかつて毛皮目的で乱獲され、推定生息数が一時期350頭までに激減したため、レッドリストの「絶滅危惧1B類」に指定された。
保護を進めた結果、襟裳岬周辺で600頭程度に増え、レッドリストでは「絶滅危惧２類」に引き下げられているという。 どうやら、ゼニガタアザラシの生息域と、襟裳岬の漁業域が重なっていることから、生息数が少ないうちは食害も無視できたが、保護されて増えている現状では食害が大きくなりすぎて、漁獲量に影響を及ぼしているということらしい。
僕は基本的には「人間の権利は動物の権利に優先する」と考えている。人間が動物の命をどう扱おうと、勝手にすればいいと思うし、過激な動物愛護には嫌悪すら覚える。
しかし、それが絶滅危惧種となれば話は別である。絶滅危惧種である動物の役割を人間が十分に果たすというのは不可能なのだから、できるかぎり守ることが、人間の生活環境を守ることにもつながると考える。
だが、それは決して「一切殺すな」ではなく、絶滅しないように管理できるのであれば、殺しても問題はない。今回はその微妙な部分で、程度問題が発生しているということなのだろう。
ただそこで、僕がどうしても気にしてしまうのは襟裳の漁師が襟裳の漁師でいることの意味である。
彼らが襟裳の漁師でいることに、アザラシの絶滅という事とトレードオフの関係であることを認めるだけの必然性があるのだろうか？
もちろん、襟裳の漁師さんたちには申し訳ない発言であることは自覚している。しかしそれでも、人が生きて生活することと、人が襟裳の漁師として生きること。これを単純に同一視できるのだろうかと、僕は考えてしまう。僕は、それは本来、別のことではないのだろうかと考えてしまうのだ。
もちろん人間の尊厳として襟裳の漁師にとって「襟裳の漁師であること」は重要である。
しかし、単純に生活という部分に開けば、お金を稼いで生活を維持する手段は決して漁師だけではない。
そのことは決して襟裳の漁師たちに対してのみ言えることではなく、職業を持つ人、すべてにとって言えることだ。あなたはその仕事を生活の手段として考えているのかもしれないが、生活の手段であれば他にもあるはずだ。それでもその仕事にこだわる理由は何か。
そして、そのトレードオフの対象は、決してアザラシが絶滅しかかっているということだけではなく、非正規労働者の生活が成り立たず、人生を棒に振ろうとしていることでもある。
他人の人生を台無しにしてまで、あなたがその仕事にこだわり、全く手放そうとしない理由は果たして何か。
別に右派だけではなく、左派もまた「仕事を守る」ことに熱心である。
しかし、誰かの仕事を守るがゆえに、仕事にあぶれた他人に真っ当な仕事を与えることができない。そのような仕事の有り様、すなわちアザラシを犠牲にするように、他人を犠牲にする仕事のありようは、働くものの自尊心のために守られるべきなのだろうか？ 僕にはどうしても、こうして天秤にかけられるアザラシの命が、僕達非正規労働者の命と重なってしまうように見えるのだ。
*1：襟裳の絶滅危惧アザラシ捕殺中止「なぜいま？」（読売新聞）
プロフィール
赤木智弘（あかぎ・ともひろ）
1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。著書に「若者を見殺しにする国 (朝日文庫)」など。
・@T_akagi - Twitter
