講談界、一龍斎貞橘が36年ぶりの男性真打昇進－伝統芸能から学ぶ人間力と真打の意味－ - BLOGOS編集部

2022年3月30日 0時0分

※この記事は2013年05月02日にBLOGOSで公開されたものです

講談師で人間国宝の六代目一龍斎貞水（いちりゅうさい　ていすい）の弟子、一龍斎貞橘（ていきつ）が真打に昇進した。一龍斎一門からはなんと36年ぶりの男性真打となる。入門から13年で真打となった貞橘氏に、伝統芸能の世界で修行をすることの意味や、未来の真打を目指す新社会人に向けて話を聞いた【取材・執筆　田野幸伸（BLOGOS編集部）】

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二十歳の「これだ！」は当てにならない

－真打昇進おめでとうございます。まずは講談師を目指した理由をお聞かせください

大学4年生のとき「講談」というものがあることを知りました。その講談を初めて見た時、落語と違って笑いだけではなく、世界観の大きさが違うし、ストーリーを聞かせるし、とにかく一言で言うとかっこよかったんです。

スマートな感じで、粋な感じで。それにあこがれた。

と、表向きは言ってますけど、実際のところ、二十歳の時の「これだ！」は当てになったもんじゃないですから（笑）

僕は伊集院光さんのOh!デカナイト（1991-1995:ニッポン放送）世代だったので、ラジオを聴いてそのまま日本大学芸術学部の放送学科に行ったんですよ。あとあとで伊集院さんも落語をやっていたと聞いて、なんかつながって。やっぱりそういうものが好きだったんでしょうね。

－大変失礼ですが、「講談」というものを大人になるまで知りませんでした

そんなもんですよ。東西合わせて今70人くらいしか講談師がいないので、一人アタマ200万人くらいを受け持たないと国民全体に行き渡らないんで。上方が20人、こっちが50人くらいでしょうか。神田派とあわせて。これでも増えたほうで、一時期講談師全部で24人という時代もあったらしいですよ。

どこへいっても講談聞くのが初めてだって人多いです。敬老会に言っても、講談聞くの初めてかって聞くと、半分くらい手を挙げますからね。

東京ならまだいいですけど、地方は講談に触れる機会は極端に少ないですから、まず講談と言ってもわかってもらえないですね。

講談師の3分の2が女性

－伝統芸能では珍しく、講談では女性の活躍が目立ちます

講談師の3分の2が女性になりました。僕が入門したときには、まだ女性は少なかったんです。男は辞めたり死んじゃったりして、気がつけば一龍斎では僕が36年ぶりの男性真打。36年ぶりだという事にに誰も気がつかなくて、新聞社に言われてそういえばそうだねって気がつくという。

本来は、侍の話や軍談がありますから、講談は男性向けのものなんですけれども、落語と違って笑いに走らない部分もあるので、女性もやりやすいのかも知れません。落語も女性が多くなりましたが。

－入門して真打までの13年間は、長かったですか、短かったですか？

思ったより短かったです。入門したときは10年経ったらどんだけ立派になっているんだろうと思っていましたが、10年なんてあっという間。

修行だって、本読んだり、人の話聞いたり、歴史的なものを学んだりと3年くらい勉強して見聞広めないと、高座のネタ作りができないので、稽古のやりようがない部分があるんです。高座上がるようになって5年目くらいで「2つ目」だって言われて「ええっ」みたいな感じで、10年過ぎたあたりから「真打考えておけ」って言われて、「考えなきゃな」って思っているうちにもう真打で、あっという間ですよ。ほんとに。1年は365日しかないですから。

アポは取るな、察して来い

－貞橘さんは子供のころにファミコンがあって学生時代には携帯もあった、いわば「現代っ子」ですが、21世紀の今、古典芸能の世界で修行を受けられていかがでしたか？

貴重な、いい修行をしたと思います。うちの師匠（一龍斎貞水先生／人間国宝）が結構乱暴なんです。師匠のところへ用事をしに行くときに、電話しちゃいけない。前の日に「明日行きます」とか言っちゃいけない。「察して来い」って言うんです。普通に考えたら、高座がある日だとしたら、準備があるから行ってはだめだろう、前の日飲んでたら、朝ゆっくり寝てるだろう、そういうのは考えりゃわかるだろう、察して、必要なときにきて、必要じゃないときには来ない。そういうことができないと、高座に上がったところでお客さんは読めないぞ、って言われて。

もちろん、言われたところですんなりできるはずもなく（笑）。行かなきゃ行けないときに行かなかったり、来ないでほしいときに行っちゃったり、そんなのの繰り返しですよ。まあでも、そういう修行って必要です。

－修行の中で驚かれたことは？

縦のラインが厳しいですよね。10分でも早く入門すれば「兄さん」になる。上の言うことは絶対に正しい。それはやっぱり厳しいなと思いました。

上野で行われた真打昇進披露宴写真一覧

男なんだから所作は綺麗にしろ

－修行ではどんなことを特に厳しく言われましたか？

お茶の入れ方とか、着物のたたみ方もそうですが、ご飯の食べ方にはすごくうるさかったですね。金と食い物は了見が出るから気をつけろとずっと言われまして、「あげるよ」といわれてすぐもらうと怒られる。「くれるって言ったじゃないか！」って思うんですけど。かといってあんまり遠慮してもだめ、どうすりゃいいのかって思うけど、「お前が考えろ」ってことなんですよね。うまくやれと。

お前が絶世の美女だったらそんなことしなくていいんだ。お前は男なんだから。ただでさえ男ってのは汚いんだからちゃんとしろ。むちゃくちゃ言いますよね（笑）。身なりから、言葉遣いから、所作から、きれいにやんなきゃいけない。でもあんまりやりすぎるとカマっぽくなるし。っていう話が始まると飲んでるときは大体3時間くらい話が続きます。聞いてるうちに師匠は何を言いたいんだろうってわかんなくなるなんてことがありました。

－そういったノウハウは伝統の中で脈々と受け継がれているんですね

そうですね・・・「理屈じゃなくて感覚で」ってことは言われてます。

たかが挨拶ぐらい、できなくてもいい？

－しきたりといえば、日本のネット界では「たかが挨拶ぐらい、できなくてもいいんじゃない？（イケダハヤト氏）」という記事が先月話題になりました。

挨拶がなぜ大事かってことは、いちいちみんな説明しないじゃないですか。察して、わかったやつが得していくってだけの話ですから、挨拶なんてどうでもいいんだって言う人は、それでどうぞどうぞと。でも挨拶は大事ですよ。

講談とか、落語とかがフィーチャーされるのは、日本語が乱れてるっていうのがあると思うんですよ。英語ができるよりも、日本語がちゃんとできる人のほうが少ないかも知れないので、そういった意味で、時代的にお得な役回りかもしれないですね。

普通に居酒屋さんで飲んでいても、ちゃんと日本語が使えると、一目置いてくれますものね。しかし、挨拶ができなくてもいいって言い切るのはすごいですねえ・・・怖い人にあったことないんでしょうか・・・

－修行中の一番の失敗談を教えてください

何が言えるかな・・・、あ、1回、師匠の家の鍵を持って帰っちゃったことがあります。あれは本当に困りました。死ぬかと思いました。師匠と仕事から帰ってきて、鍵渡されて、鍵開けて、玄関に荷物がおいてあったので、一度鍵をポケットに入れて、荷物をどかして、上に上がっていって、いろいろやり終えて師匠の家を出て、家に帰る途中に本牧亭（講談の定席兼、日本料理店。2011年閉場）という所があって、親方がフグが残ったからって言うので、そこでフグ食べてて、携帯鳴ってたんだけどかばんの中で気がつかなくて。

後で見たら師匠から20件くらい着信履歴が残ってて。これはヤバイと。なんだろうと思って留守電聞いたら「家の鍵知らないか？」って、ええっ？って思ってポケット触ったら鍵があって。ざぁーーって血の気が引きました。すぐさま頭丸めにいって、「申し訳ありませんでした」って謝ったら、師匠髪の毛ないから、｢嫌味か」って言われて。あんまり真っ青な顔しているから、おかみさんが気の毒に思ってあんぱんくれて。そういうしくじりは山のようにありますね。掃除すれば水を畳にこぼすわ、障子破るわ、物は壊すわで、「お前が掃除すると汚くなっていけない」って。師匠もよく耐えたと思います。

－初高座は入門されてどれくらいのでしたか？

うちは早かったですね。4月に入門して、5月くらいに見習いになれって言われて、7月には上がれって言われて。前座が他にいなかったんでしょうね（笑）

最初は三方ヶ原軍記って言って、本見ながら読むんですよ。「頃は元亀三年壬申歳十月十四日・・」という最初に必ず習うやつを読むだけの。普通考えられないですよ。アナウンサーだって夏の24時間テレビ（フジテレビのほう）の最後の提供クレジットでデビューするのに、講談界と「はとバス」は乱暴なんです。はとバスも3月入社で5月のゴールデンウィークに乗せちゃうから（笑）

初高座は今までで一番ウケけましたね。「初高座でございます」って言ったら「わぁーっ」て盛り上がって。そういうもんなんですね、今思うと。デビュー戦みたいなもんですから。今でもしっかり覚えてますよ。7月だったんですけど、夏になると思い出します。

－全国で講談師は70人しかいない、ということですが、伝統を繋いでいかなければ、という思いはありますか？

ま、でも、だれかがついでいくでしょう。講談という「型」そのものが残っていれば。まんま昔の時代の名人を残していくって言うのは、ありとあらゆる業界において無理なんです。その名人の流れを汲んで、時代に合わせて、価値のあるものを作っていくという人がつぎからつぎへ現れていくって言うのが伝統芸能だと。

伝統芸能って勘違いしているところもあって、時代時代で、歌舞伎だってそうですが、市川家がいて、勘三郎さんは亡くなってしまいましたが、猿之助さんみたいにもいろいろやる人がいると、より古典が古典らしくなり、新作は新作でどんどん世界が膨らんでいきます。今のように女性が入れば入るほど、講談は男のものだってことで、男らしい講談を多少意識するようになります。

－講談にも新作があるのですか？

みんな作ってますね。新聞講談とか昔からある手法ですから。神田陽司先生という人が新作いっぱい作られていて「ホリエモン物語」とかもあって、その前に田辺一鶴先生という方がたくさん作っていた。そういうのを受け継いでやっていこうというのが下にもいっぱいいますから。

うちの師匠からは、新作はまだ早いといわれていましたが、まあそろそろと。師匠は「型があっての型破り」って必ず言いますね。ちゃんと古典の型を踏襲した上で新作を作らないと、講談の新作にならないよと。

古典やるためには新作も勉強しなくちゃ行けない、新作やるためには古典も勉強しなきゃいけないと。そういうことですね。

「真打」になるということ

－いつかは真打。一人前を目指して、新社会人がスタートを切りました。

真打になるっていうのは2パターンあると言われていて、あいつはもう十分上手いから真打だってのと、上手くないけど頑張ってるから、真打にしたらよくなるだろうという期待を背負って真打になるというのと。僕は後者なので、これからはとにかく稽古して、自分だけが発見できたものを高座に生かしていきたいと思いますね。「足し算と引き算を繰り返せ」って言われます。

－1年、2年で会社を辞めてしまう若者が多くて、年を取ってみると「もったいないな」と思うこともあります。

辞めなきゃなんとかなるってのがありますよ。絶対にこれは。だって、新入社員って22歳くらいであれやりたい、これやりたいって思っているんでしょ。それが本当にお前がやりたいことなのかわかんないぞって。子供のころに好きだったジュースを今飲まないだろと。好みは変わっていきますしね。

そういった意味では才能があっても相性がないとダメです。こればっかりはどうにもなりませんが・・・でも、辞めないで続けていれば、たいていのことは10年やってればそれなりに形になっていくんですよ。その前にふらふらしちゃうと、また1からスタートになっちゃう。思ったより人生は短いらしいですからね（笑）

今は選択肢が多いですから、そういう要因もあるんだと思いますが、昔は一度芸人になったら、他につぶしはきかず、アルバイトもなかった。だからそこでなんとかご飯食べていかないといけないって状況だったんですね。芸人は楽屋で財布盗んで逃げちゃうか、続けてるかどっちかだって。

あとは、今の世の中、若い人の意見を聞こうっていう人が多いからありがたいのか、それがいけないのか。うちの業界は「お前らごときの意見なんてものはダメなんだ」って絶対聞いてくれない部分もありまして、それっていいなと思います。

全部が全部それでいいってわけではないですけど、そういう世界があってもいいと思うんです。

－講談の世界でも辞める新人は多いですか？

下の子は全部辞めました（笑）。いままで何人辞めたかわかったもんじゃない。修行が厳しいってわけじゃなく・・・まともなやつは辞めていくんですかね。

若さってのは未来を見せることができる

六代目一龍斎貞水さん写真一覧

－真打披露興行はどんな形になりますか？

披露興行というのは、文字通り「披露」するもので、僕がやってるんですが、業界全体で新真打を見せるって形なので、みんなが何を望んでいるのか、察してやれと。

まだ真打になったばかりなんだから、そんなに上手くできるわけはないんだけれども、「若さってのは未来を見せることができる」と師匠は言っていて、どんなに頑張ったところで、お客さんはお前に期待してないから、お前の10年後、20年後をお客さんが期待できるような高座をやりなさい。

それは嘘をつかないで、一生懸命やることだよと。人柄、了見、来てくださった方が、喜ぶ高座がどういうものかを考えて、それを一生懸命やる姿勢をお客さんが見れば、お客さんは喜んでくださるよと。

ここで、人が集まっているから、ちょっと腕を見せてやろうかななんていうのが出てくると、一気にお客さんが逃げて行っちゃうよ。そうじゃない。お引き立てとごひいきを賜って披露興行ってのはできたんだから、それをわきまえてしっかりやりなさいと。まず前の日は飲みすぎるなと（笑）

桂米朝師匠（人間国宝）も言ってます。お医者さんと違って、芸人はいなくたっていいんだよと。そういうのをわきまえておきなさいと。

かといって、あんまりいい子ちゃんしててもつまんないし、どっかしらはらはらする部分がなきゃいけないとか、立川談志師匠いわく、博才がなきゃだめだという話もあって、いろんな情報が入ってくるので、それを自分の中で少しずつ噛み砕いて、表に出てくればと思ってます。そういう時期に来てるのかなと。やれることがだんだん見えてくるとか、自分にしかできないことが見えてくる。

僕のやりたいこと「ご婦人方にキャーキャー言われたい」・・・無理でしょとか。

－どんな名人を目指しますか？

とりあえず今は36年ぶりの男性真打ということで注目されているので、これを取りこぼさないようにしなきゃいけないなと。周りは古典を求める方が多いですかね。ちゃんと修羅場をやったりとか軍談とかお家騒動とか、人のやらない話を。でもそうするとあんまり儲からない（笑）

かといって、タレントさんのマネをしてもしょうがないし、やはり、僕にしかできないものを模索していくというのが一番ですかね。人の芸を吸収ながら、真似たりしながら、どういう形にするかってのは周りが評価することで。ま、でもやっぱりせっかくやるんだったら、目の前のお客さんが、「面白かったよ」って帰ってくれるのが一番いいですから。

－ありがとうございました。