【特別寄稿】安楽投手の投げすぎに見る日米の認識の違い - 小島克典 - BLOGOS編集部
※この記事は2013年04月05日にBLOGOSで公開されたものです
共同通信社
96年のオリンピック大会では、当時、最強軍団と謳われていたキューバ代表が１回表の初球からフルスイングしてくる攻撃スタイルに目を丸くした。
98年の夏の甲子園では、横浜高校とPL学園の延長再試合の様子を「投球過多の両投手が翌日も登板できるシステムが信じられない」と本気で嘆いた元メジャーリーガーと一緒に試合を観た。
02年はアメリカで、故障者リスト（DL）の投手とトレーナーが遠征先で飲み歩く場面に出くわした。「ケガをしてるのにダメじゃん、酔っぱらっちゃ」と冗談を言ったところ、「部屋でおとなしくしていたら彼のケガは治るのかい？」とトレーナーから真顔で言い返された。
日米で異なる「投手評価の指標」
日米のピッチャーの考え方にも、大きなギャップを感じてきた。例えばメジャーでは「投手の勝ち星は、投球内容と最も因果関係が薄い指標のひとつ」という考えが浸透している。2010年にア・リーグで13勝12敗と「一見すると並みの成績」のフェリックス・ヘルナンデス投手（最下位マリナーズのエース）が、21勝7敗でプレイオフ進出に貢献したCC・サバシア投手（ヤンキース）らを抑え、沢村賞に該当する「サイ・ヤング賞」に選出された。ヘルナンデス投手が評価されたのは、リーグ1位の防御率（2.27）と、リーグ2位の奪三振（232）だった。
日本で先発投手のパフォーマンスを測る指標は、何を差し置いても勝ち星だろう。つい先日もあわや完全試合というピッチングを見せてくれたダルビッシュ有投手（レンジャーズ）は、メジャー元年の昨年4月も素晴らしい投球を見せてくれた。4勝0敗と文句なしの成績でア・リーグの月間最優秀新人に選出された。
時の日本のメディアからは、月間ＭＶＰ（月間最優秀投手）を期待する声が多く聞かれた。ＮＨＫは実況放送中にその可能性に言及し、民放のあるニュース番組では「月間ＭＶＰは間違いないですね！」と太鼓判まで押していた。
彼らがダルビッシュを推した理由は、リーグ1位タイの4勝と、4勝を挙げた先発投手4人の中で最も低い防御率(2.18)だった。しかしフタを開けると、月間ＭＶＰに選出されたのは3勝1敗のジェイク・ピービー投手（ホワイトソックス）。ダルビッシュは次点に終わった。この事実は、投手の評価軸の日米差を象徴していて大変に興味深い。
「肩」＝「投資対象」
日本のメディア各社が3勝１敗のピービーには目を向けず、ダルビッシュを含む4人の4勝投手に受賞候補を絞ったのは、私も納得できる。しかし繰り返すが、メジャーでは「投手の勝敗は、投球内容とは因果関係が薄い指標」なのだ。防御率（1.67）、完投（2）、投球回（37.2）、被打率（.162）の全カテゴリーでリーグ最高値を記録したピービーが選出されたのは、アメリカではある意味、当然の結果だった。
同じ時期のナ・リーグでも、月間最優秀投手に選ばれたスティーブン・ストラスバーグ投手（ナショナルズ）は、防御率1.13、投球回（32）を上回る34奪三振と内容は文句なしだったが、勝ち星自体は2勝（0敗）でしかなかった。
済美高校・安楽投手の投げ過ぎ問題は、投手としての本質を投球内容に求めるアメリカと、先発完投勝利に重きを置く日本（特に高校野球は負ければ終わりのシングル・エルミネーションだから尚更）で、見解が分かれるのはまっとうな話だ。
メジャーでも「先発投手は100球＋αまで」という起用方法に懐疑を抱く識者は少なくない。投手の肉体的な許容投球数には個人差があって当然だし、130球くらい投げても涼しい顔をしている松坂大輔投手のようなピッチャーもいて（またその逆も）然りだ。
現代のＭＬＢでは、球団経営から見た「投資対象」である「投手の肩の消耗」を防ぐ観点から、画一的に一定の球数を目安に降板させるケースが目立つ。しかし近い将来、安楽投手のように多くの投数を投げ、長いイニングを任される投手は、更なる高評価（報酬）を得る時代がやって来るだろう。医学の進歩と共に、そんな日は遠からずやって来る。
我が国の野球観は、もっと多様化すべきだ。
ＷＢＣの度に話題に上がる「統一球とメジャー球の違い」を例に挙げるまでもなく、国際的にかなり特殊な「ガラパゴスな環境」から脱却するためにも、今後も大いに野球の議論が進むことを願わずにはいられない。
最後に。高校野球の全国大会がないアメリカ人の友人知人の多くは、若き夢がぶつかり合う甲子園の全国大会は素晴らしいと、口を揃えて称賛する。とすると今回の問題の本質は、「甲子園大会のガラパゴスルール」の見直しにあるのかな？
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プロフィール
小島克典（こじま かつのり）1973年生まれ。神奈川県出身。アトランタ五輪、横浜ベイスターズ、ＳＦジャイアンツ、ＮＹメッツなどで通訳として活躍。その後ライブドアでスポーツビジネスを統括。立命館大学客員教授、尚美学園大学准教授を歴任。第３回ＷＢＣでは大会通訳として山本監督、前田投手らのコメントを世界に橋渡しした。この春、スポーツカルチャー研究所を設立。著書に「プロ野球2.0 (扶桑社新書)」など。
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