「法律は重要な社会インフラの一つである」―憲法学者・木村草太氏インタビュー - BLOGOS編集部
※この記事は2013年01月18日にBLOGOSで公開されたものです
「武器としての教養」をキャッチフレーズに”ジセダイ”の若者に向けて、様々な分野の知識を提供する星海社新書。BLOGOSでは星海社とタッグを組んで、星海社新書に登場する識者の方にお話を伺う新たなインタビューシリーズを開始します。第1回目は、著書『キヨミズ准教授の法学入門』の中で、法学的な思考法や法制度の成り立ちを描いた憲法学者・木村草太氏に話を聞きました。【取材・執筆：永田 正行（BLOGOS編集部）】
憲法とは「国という団体の定款」である
―まず基本的な質問ですが、「憲法学」とは、どのような学問で、それを学ぶことにはどのような意味があるのでしょうか？
木村草太氏（以下、木村）：サークルでも会社でも、どんな団体でも、団体を成り立たせるためのルール、法律用語で言うと定款、がありますよね。国家という団体を成り立たせるルールが憲法で、憲法学はそれを研究する学問です。
ちなみに、会社の基本ルールである「定款」と「憲法」は、ドイツ語だと同じ単語（die Verfassung）ですね。
会社やサークルにも、上手い組織の作り方や経営の仕方があるように、良い国の作り方、良い法律の運営の仕方というものが当然あります。より合理的・効率的でより良く国を運営することが憲法を研究することによって出来るようになる。それが憲法学の存在意義なのではないかと思います。
―憲法というとよく「国家の原理・原則」という言われ方をしますが、日本で施行されている法律の中で、どのように位置づけられるものなのでしょうか。
木村：法律は、市民同士の間の関係を規律する私法と、国家権力の行使の方法を定めた公法に分かれます。憲法は、公法分野の基本原則を定めていて、国家権力を行使するには、これに従わなければなりません。
憲法も様々な法律の中の一つですが、憲法は、効力の点で他の法律と重大な違いがあります。
―具体的には、どのような違いなのでしょうか？
木村：有名な法格言として、「後法は前法を廃する」という言葉があります。例えば、所得税法が改正されたら、新しい所得税法の方が適用されるわけです。ですが、憲法は、法律に対し効力の点で優位しますので、憲法に違反する法律は、憲法の後にできたものでも無効です。
そして、これ裏付けるように、憲法は、憲法改正手続きという、慎重な手続きによらない限り、改正できません。憲法には、人権保障や権力分立など、通常の法律では覆してはいけないような重要なルールが書き込まれているため、「ただの多数決では改正できない」わけです。
―「ただの多数決」というのはどういうことですか？
木村：要するに国会の多数決です。法律は、衆参両院の過半数で制定・改正できます。他方、憲法では普通の多数決、過半数では改正できないようなルールが定められています。
例えば誰かを奴隷にすることは、日本国憲法で禁止されています。人間を奴隷にすることは、その人間を人間として扱わないということです。仮に社会の多数派、国会の過半数がそれを望んでも、そんなことはやってはいけないはずですよね。
だからこそ、奴隷禁止は憲法に書き込まれ、これに反する法律は無効とされているわけです。さらに、学説によっては、奴隷制度や平和主義の規定、人権保障・国民主権の規定は、憲法の中には3分の2と国民投票を経ても改正できない、とするものもあります。
―今、憲法改正が話題になっていますが、日本の場合は戦後から現在に至るまで、改憲と護憲という立場で対立がありました。憲法改正というのは、何故ここまで長きに渡って対立してきたテーマなのでしょうか？
木村：いくつかの文脈があると思います。
まず改憲派には、占領時にアメリカの監視の下で、国の最も重要なルールを作らされたという点に屈辱感を感じている方が多いように思われます。この方々は日本国憲法の内容に文句があるというより、「自分たちの手で憲法を作った」という事実・経験が欲しいというパッションをお持ちです。なので、ほとんどの「改憲案」は、憲法の内容を変えるものではなく、その表現を変える程度のものにとどまっています。最近の自民党の改憲草案も、憲法学者の目から見て、現在のルールを大きく変えたいというような意向はあまり感じられません。
一方で、護憲派が、一番強く守ろうとしているのは、周知のとおり平和主義の規定です。このパッションは二つあって、第一は、悲惨な太平洋戦争の経験を背後にした、「戦争・軍事の統制という点では、政府も日本国民も信頼できないから、悲劇が再び起こらないように、厳格に制限しなければならない」というパッションです。第二は、冷戦構造の中で、東側を応援するために、西側陣営の日米同盟の軍事力を弱くしようというパッションです。後者のパッションは、現在はなくなっていますが、従来の護憲派は、この二つのパッションからなる人々の連合だったと思います。
「憲法9条をいじれば○○ができる」は、嘘である場合が多い
―今のお話を聞いていると、憲法を改正する理由としては、精神的な部分の方が大きいというように思えるのですが。
木村：おっしゃる通り、改憲論の多くは、精神論です。
憲法解釈を専門に研究している人間の目から見ると、「何か国がやりたいことがある。ところがそれが憲法で禁止されている。だから改正する」という頭の使い方をしていないように見えるのです。
―憲法９条を変えると、何ができるようになるのでしょう。
木村：憲法９条に関しては、1．「自衛権の行使」と2.「自衛戦争」を区別する必要があります。
まず、1．自衛権というのは、専門用語で言うと「急迫不正の侵害」を除去するための権限です。実際にミサイルが飛んできた、外国勢力によって日本国の秩序や安全が脅かされている。こうした侵害を除去する活動が、自衛権の行使ですね。
これに対して、緊急の事態がないのに抽象的な危険を除去するために行う戦争を2．自衛戦争と呼びます。例えば、隣国が常備軍結成の準備をしたり、ミサイル開発をし始めたから、その段階で隣国を支配して、抽象的な不安を除去してしまうというのは2.自衛戦争です。
政府解釈によれば、日本国憲法９条１項は、2.自衛戦争を禁止していますが、1.自衛権の行使は許容している、ということになります。なので、憲法を改正すると、2.自衛戦争ができるようになります。
ただ、差し迫った侵略もないのに、自衛を名目にして他の国を攻撃するのは国際法的に違法だとされています。なので、2.自衛戦争をやりたくても、憲法９条を改正しただけではできません。よく、9条を改正して「普通の国」になるのだというような主張も聞かれますが、自衛権の行使の枠を超えて軍事行動をするのは、国際法的に見て「普通」ではありません。憲法９条というのは、制定当初は特殊な規定だったかもしれませんが、現在では、国際法の「普通」を確認した規定という意味合いが強い規定です。
―よく護憲派の方々は「憲法9条を変えると、集団的自衛権の解釈が変わって、日本が戦争できるようになる。だから絶対に改正してはいけない」といった主張をします。専門家の目から見ると、そんな風にはならないということなんでしょうか？
木村：集団的自衛権というのは、自国ではなくて同盟国の急迫不正の侵害に対して、共同でそれを除去する行為をする行為です。これは「9条によって禁止されている」と言われておりますので、集団的自衛権の行使をできるようにしたい、と考えている人達はいるようです。
よりリアルに考えると、日米安全保障条約を改訂して、アメリカの急迫不正の侵害に対して日本とアメリカが共同で自衛力を行使する様なことができるようになった方がいいのではないか、という提案だとは思うのですが、私には具体的にどのようなシチュエーションを想定しているのかよく分かりません。また、仮に、アフガニスタンやイラクへの攻撃に参加することを想定しているのだとしたら、集団的「自衛」という枠組みでは無理で、国際法に反してでも戦争をするのだと説明しないと無理なはずです。というわけで、アメリカの急迫不正の侵害を除去するために日本が軍事力を出さなければいけない、ということが政治課題なっているとは私には思えないということですね。
ですから、集団的自衛権が憲法に書き込まれても、即座に何かが変わるということにはならないでしょう。
ただ、この「何がやりたいのか分からない改憲論」というのは不気味です。精神論として平和思想を放棄したいのではないか、としか思えない。こういう不気味で不合理な改憲論だからこそ、拒否反応を示す人も多いのだと思います。
―基本的な確認になるのですが、国際社会において、国際法が法律として最上位という理解でよいのでしょうか？
木村：最上位というより、各国の行動を評価する枠組みは国際法しかないという感じです。
もちろん、国際法は、国内法のように強制執行されたりはしませんが、それに違反すれば、当然各国から非難を浴びますし、何より国際社会での信頼を失います。信頼を失えば、外交ではまともな交渉相手と見てくれなくなりますし、あらゆる分野で国際協力を期待できなくなります。つまり、国際法に違反するというのは現在の国際社会の中で非常にリスキーな営みであるということですね。
そんなわけで、例えば、北朝鮮政府であったとしても、国際法の枠組みを全く無視して行動しているわけではないのです。
―時代状況や国家によって違いがあると思うのですが、歴史的に「これはよい憲法だった」「これは悪い憲法だった」というような評価を受けているものはあるのでしょうか？
木村：国というのは固有性が非常に大きいので、どの国にも当てはまるべきだというルールもなくはないのですが、各国でいろいろな工夫が編み出されてきました。
例えば、ドイツの議院内閣制です。ワイマール憲法時代の末期、議会では、ナチスと共産党が併せて過半数という状況でした。ナチスはご存じの通りの政党ですし、共産党も、今の日本共産党のような政党ではなく、もっと強烈な革命政党だったわけです。そしてお互い、犬猿の仲です。
この二つの政党は、議会内でまともに行動せず、ひたすら倒閣のためだけに不信任を決議するわけです。そんなわけで、中道政党が連合して内閣を作っても、簡単に倒閣できてしまうという状況が続いていました。この過程でドイツ議会制が学んだのは、意見をまとめることが、議会の重要な仕事だということです。一つのまとまった意見を創造、クリエイトすることが非常に重要なんだという経験をしたわけです。
この経験を踏まえて、現在のドイツの憲法では、次の首相を国会が指名した時に限り、内閣不信任案を決議できるというルールになっています。「建設的」不信任制などと呼ばれます。
これに対し、現在の日本では、ワイマール憲法と同様に、倒閣のためだけの不信任決議ができるわけですね。具体的には、東日本大震災後、小沢さんの勢力と谷垣自民党の勢力で合わせて菅内閣の不信任ができるかどうかという状況になりました。ただ、小沢・谷垣両氏が連合できるかどうかは不透明な状況だったので、もし可決されたら、ただでさえ震災で大変だという中で、政権の枠組みをつくるまでに大きな政治的空白と混乱が生じたでしょう。
これはワイマールドイツと類似していて、現在のドイツの制度に学ぶべきだという憲法学者の先生も多いです。もしドイツの制度なら、小沢・谷垣両氏は、どちらを首相にするか合意してからでないと不信任を可決できなかったわけですね。
―アメリカなどの場合、頻繁に改憲をしているということですが、日本ではなかなか改正されないものが、諸外国で改正されているのは何故なのでしょうか？
木村：アメリカの例を見てみると、ここ最近の改憲例というのは、法律でやれば十分な事が多いのです。そういうレベルの国会制度や内閣制度の改正というのは日本でも頻繁に行われています。それはあえて憲法をいじらなくてもできるというのが大きな理由だと思います。
ある国家組織上の問題に対して、憲法の改正でやるのか法律の改正でやるのかを考えたとき、どちらでも対応できる場合が多い。日本の場合は、法律の改正で対応してしまうことが多いということです。
―法律で対応するか、憲法で対応するかの違いは、どういったものなのでしょうか？
木村：一番大きな差は柔軟性を残しておきたいかどうかだと思います。憲法に規定してしまうと、変える場合にはかなり面倒な手続きが必要になります。例えば日本の場合、内閣法で内閣の大臣の数が結構変わっていますが、それも憲法に20人以内あるいは10人以内といった形で書き込む事はできると思います。ただ行政組織を、その時々の必要に応じて柔軟に改造したいという場合もあるでしょう。そういう時に憲法に規定してしまうと、純粋な政権交代では内閣の人数を変更できないので、政治家達も困ってしまう。だから、法律で対応してしまうという部分もあると思います
―○○担当大臣という形で新たなポストができることは、よくありますね。
木村：そういう時に法律で対応してしまえば十分だということになっているわけです。しかし、例えば参議院を廃止するというのは、憲法改正しないとできません。橋下大阪市長のように「参議院をなくしたいから改憲だ」というのは、良し悪しは別にして、やりたいことは明確だと思います。
「法律は重要な社会インフラ」という意識を持ってほしい
―ご著書である『キヨミズ准教授の法学入門』は、大学の准教授と高校生の対話形式で、法学の歴史やその思考法についてわかりやすく解説しています。こうした形式を採用したのには、何か理由があるのでしょうか？
木村：自分が高校時代の時に色々法学の入門書を読んでみて思ったのは、どれも非常に敷居が高くて難しいものが多いということでした。なので、楽しく読める敷居の低い入門書が欲しかったというのが、重要な動機ですね。
また構成として、大学の准教授と高校生の対話形式にしたということについては、色々と理由はあるのですが、プラトン（注：古代ギリシアの哲学者。著作のほとんどが対話編方式）を意識しています。孔子もそうですが、こうした対話篇の知的伝統というものがあると思います。対話によって問いが立てられ、それに答える事によって伝わりやすくなるし、深みも出てくる。
ただプラトンの場合、ご馳走を前にして5時間位話したりするなど、シチュエーションに無理が多すぎる上に、小説としてはつまらない。小説としても面白いものにしたいという思いがあったので、こういう形式に落ち着きました。
―今回の著書は、星海社新書のシリーズですから、若者に読んでもらって教養として身に付けてもらいたいという狙いがあったと思います。法学の成り立ちや思考法を普通の若手ビジネスマンとか大学生が身に付けるメリットというのは、どのような点にあると思いますか？
木村：この本は一般の方に読んで欲しいのはもちろんですが、法律を学んだ人にも読んで欲しいと思っています。何故なら、意外と法学部では意識しない法学の根本的な思考法を書いているからです。こうした法学的な思考法を無意識のうちにできるようになり、法律家として一歩前に進んで欲しい。あるいは、自分のやっている事の意味を自覚する事によって、法律家として成長してほしいという思いがあります。
一方、まったく法律に関する知識のない人たちにも「法的な思考」というものに触れて欲しいと考えています。何故なら、法的な思考ができないと、政府がやっている事を評価もできないし、ビジネスの現場での交渉もできないわけです。
例えば、東日本大震災への対応について、「緊急事態だから片っ端から税金を投入してやらなきゃいけないんだ」といった主張が一部で見られました。もちろん、政府の対応には、批判も受けるべき部分も多々あったと思いますが、限られた資源を公平に配分する、そのためには時間が必要だという面もあるわけです。こうした視点を無視して、批判をしても全く無意味な批判になってしまう。
また、日本は法治国家であり、法の支配は国際的な標準ですから、法的なルールに基づいて物事を進める必要があるのは、ビジネスの場でも同じでしょう。外国企業と取引するには、その国の法をよく理解しておく必要があります。
なのに、「法とは何のためにあるのか」ということを理解していないと、ただ堅苦しいものと思って敬遠してしまう。大変もったいないことです。法が存在することの意味を理解し、自覚して欲しいという思いが、この本には込められています。
―法律の枠組みの中では「不公平になる位だったら何もやらない方が正しい」という判断もあり得るという話が、著書の中でありましたが、そうした考え方を理解する必要があるということでしょうか？
木村：そうですね。政府に対する批判は、「政府が公平なルールを守った上で、できたのか」ということを考えないと意味がないですね。
―例えば、「仮設住宅に100人いて布団が30人分しかなかったら、不公平になるから誰にもあげない」という選択肢もあり得ると。
木村：仮に健康でいろんな意味でエネルギーのある人が早い者勝ちで奪ってしまったら、社会の不満はとても大きくなります。それなら、いっそ誰にもあげないでみんなが我慢した方が秩序維持にはマシかもしれません。もちろん、本来は、優先すべき30人を選び出す公平なルールを作るべきです。
「ここに布団があるのに渡せない」という状況をただ批判するだけでは意味がありません。それでは、国民が政府を批判・統制する能力を失ってしまうということにもなります。日常生活の中でも法的な知識が必要な場合もありますし、法的な思考というのを敢えてしてみる事によって、新しい角度で物事が見えてくるというケースもあると思います。
また法学は、近代社会のインフラの一つです。私は、社会のインフラへの意識が低いということに対して、危機感を持っています。近代的な法や制度というのも重要な社会インフラですので、そのメンテナンスにはコストは掛けるべきだと思っています。それを軽視すると、多くのものが失われ、悲惨なことになる。
近代法が崩壊してしまうと、それこそ拷問や奴隷的拘束など、人類が何千年とかけて努力して改善してきた問題が再び生じてしまう。人権保障や権力分立の原理は、強固に見えますが、実体としてはガラス細工のように繊細です。法律は、そうした我々の現在の生活を支える非常に重要なインフラなのだという意識は、皆さんにぜひ持って欲しいと思います。
―本日はありがとうございました。
プロフィール
木村草太（きむらそうた）1980年横浜生まれ。憲法学者。首都大学東京・東京都立大学准教授。著書に『平等なき平等条項論―equal protection条項と憲法14条1項』東京大学出版会（2008年）、『憲法の急所―権利論を組み立てる』 がある。・Twitter：@SotaKimura
・ブログ：木村草太の力戦憲法
ジセダイについて
--「ジセダイ」は、困難な時代にあっても前向きに自分の人生を切り開いていこうとする次世代の人間に向けて、メッセージを発信し続けていきます。
沈下していく地盤の上で、他のみんなと一緒に身動きが取れないまま、大きな穴へと落ちていくのか? それとも、重力に逆らって立ち上がり、前を向いて最前線で戦っていくことを選ぶのか?
後者を選ぶ次世代の仲間たちに「武器としての教養」をくばることが、ジセダイの3つ目の役割になります。知的好奇心を満たすだけでなく、自らの力で未来を切り開いていくための〝武器〟としても使える知のかたちを、いろいろな方法でみなさんに提供していきたいと思います。ジセダイとは
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