今春、任期満了を迎える文在寅大統領はどう評価されているのか。神戸大学大学院の木村幹教授は「20代以下の若者たちが政権支持から不支持に転じている。彼らは政府の経済対策と少子高齢化対策のあおりを受け、深刻な状況に陥っている」という――。

※本稿は、木村幹『誤解しないための日韓関係講義』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Starcevic

■ソウル市内のマンションは「億ション」だらけ

2021年11月第1週に韓国で行なわれた世論調査を見てみると、文在寅大統領を支持しない理由として、最も多くの国民が挙げているのは「不動産問題」である。実はこの状況は文在寅政権になって以後、ずいぶん長く続いている。

ソウル市内のマンション売買の平均価格は、10億ウォンを超えている。円と韓国ウォンの通貨レートは、この文章が書かれている2021年11月21日の時点で、1ウォン=0.097円。つまり概ね、1円=10ウォンだから、単純計算で、ソウル市内のマンション売買平均価格は、日本円にして1億円を軽く超えていることになる。

より正確に言えば、2021年10月現在のソウル市内のマンション平均価格は12億1639万ウォン。対して2020年の韓国人の1人当たり国民所得が3747万ウォンだから、その約32.5倍に当たる計算である。

同じ数字を日本に当てはめてみると、2019年の名目ベースでの日本の1人当たり国民所得が443万7000円。その32.5倍は約1億4000万円を超えることになる。如何に今の韓国の不動産事情が異常かよくわかる。

■供給された大量の通貨が不動産投機へ

どうして韓国の不動産価格はかくも急速に上昇しているのだろうか。

その1つの理由は、文在寅政権が不況を克服するために、通貨量の供給を増やしていることに求められる。

新型コロナ禍における深刻な消費の落ち込みを抑えるために、韓国政府は積極的な財政出動を行っている。しかし、不況が続く中、供給された通貨は消費には向かわず、不動産や株式などへの投資に回ることとなっている。

とりわけ、バブル経済崩壊以降、「不動産神話」が失われた日本とは異なり、韓国では依然、不動産、とりわけ成長を続けるソウル首都圏の不動産に対しては、その価格は長期的に必ず上昇するだろう、という強い期待が依然として存在する。結果、供給された通貨のかなりの部分が不動産投機へと回り、異常なまでの価格上昇が引き起こされている。

そして、このような不動産価格の上昇は、富裕層にとっては資産価値の上昇の結果としての大きな収入増をもたらす一方で、貧困層にとっては家賃などの急速な上昇による、深刻な負担増として現れる。

■文在寅政権は貧しい人の味方のはずだが…

不動産価格の上昇は、お金持ちを豊かにさせる一方で、貧しい人々をさらに貧しくさせ、貧富の格差が拡大する。

だから、今の韓国の人々にとって「不動産価格の上昇」は、単にそれだけに止まらない意味を持っている。つまりこの現象は、今日における韓国社会における格差の拡大を象徴するものとして現れているのである。

そしてさらに皮肉なのは、この現象が、本来なら福祉政策に熱心な筈の「進歩派」政権の下で、起こっていることである。本来なら、貧しい人々のことを第一に考えるべき進歩派政権の下で、豊かな人達がますます豊かになる一方で、貧しい人々がますます貧しくなっている。だからこそこの状況に、かつて政権に期待し、文在寅に投票した一部の人々は強い失望を覚えるに至っている。

さて、それではその「一部の人々」とは一体誰のことなのだろうか。その答えは、この政権が出発した時点と、それから4年半以上を経た現在の時点での間で、誰がこの政権の支持から離れたかを見ればわかる。

紙幅の関係上、その分析結果を細かく示すことはできないが、この間に明確に政権支持から不支持に転じたグループは1つしかない。それは20代以下の若い人々だ(韓国では2021年現在で18歳以上に選挙権がある)。

■受験競争を勝ち抜いても3割が就職できない

背景にあるのは、この世代の極端に高い失業率である。時に雇用問題の深刻さが指摘される韓国であるが、実は労働者全体の失業率は4%と、他の先進国に比べてそれほど高い水準にある訳ではない。むしろ問題は失業者が特定の世代、つまりは20代以下に集中していること、そしてさらにはこの世代の多くが、不安定な非正規雇用の職に就いていることである。

この状況が今の若年層にとってどれだけ深刻なのかを理解してもらうために、あるデータを紹介しよう。ソウル市内の主要大学の卒業時点の就職率の推移をみると、その低さに驚く。2018年の就職率を挙げてみると、ソウル大学70.1%、延世大学70.1%、高麗大学70.3%、成均館大学77.0%、梨花女子大学62.1%。激しい受験戦争で知られる韓国であるが、ソウル大学のような超名門大学の卒業生であっても、3人に1人に近い人が、就職できない状況なのである。

一方、維持就業率(就職から1年後も同じ職に就いている人の割合)は、ソウル大学89.8%、延世大学87.5%、高麗大学91.0%、成均館大学92.6%、梨花女子大学82.6%。せっかく就職できたのに、1割、2割の人が1年以内に退職しているのである。

■ソウルには住めない、故郷では仕事がない

そして卒業と同時に就職が決まっていなければ、大学生の多くは大学の寮などを失い、そのまま市中に放り出されることになる。そこにおける不動産価格の上昇は、失業状態にある彼らがソウル首都圏に留まることをすら困難にさせる。

地方出身の学生にとっては、住宅が見つからなければ自らの故郷に戻らざるを得ず、故郷に戻ることは、ソウル首都圏への一極集中が続くこの国では、就職活動すら困難になることを意味している。

こうして、就職活動でつまずいた多くの学生たちが成功の機会を失い、格差の拡大が続く状況で、未来への展望が見えない生活へと追い込まれる。そしてこのような状況が進歩派の政権においてもたらされたことに、彼らは深く失望することになる。

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にも拘わらず、彼らにはこれに対抗する保守派に対しても大きな期待を持つことは難しい。何故なら財界に近い保守派の政権が、分配や雇用よりも、経済成長を重視することは、明らかだからである。

結果、若年層は韓国の政治、そして未来に失望し、次第にいら立ちを強めていくことになる。その問題は極めて深刻だ、と言わざるを得ない。

韓国の非正規労働に若者が多いカラクリ

このような状況をもたらした原因は幾つかある。1つは1997年のアジア通貨危機以降、歴代の韓国政権が推進してきた経済成長を重視した、新自由主義的な政策である。

木村幹『誤解しないための日韓関係講義』(PHP新書)

1997年、アジア通貨危機において一時はデフォルト寸前にまで追い込まれた韓国は、IMFの指導の下、経済の大規模な改革へと乗り出した。そこで重要視されたのは、この国の経済をグローバル化する世界の実情に適う方向へと変革することであり、そこでは徹頭徹尾、経済的効率が優先された。そしてその中で重視された項目の1つが雇用の流動性強化であり、様々な雇用に関わる規制が撤廃された。

我が国でも進められているように、雇用流動性の増加は、企業にとっては労働コストの低下に繋がるから、利益が大きい。だが、同時に雇用に関わる規制の撤廃は、必然的に不安定な非正規労働者の増加をもたらすことになる。

他方、これまで雇用してきた労働者を解雇することは労働契約上容易ではないから、勢い、増加した非正規労働は新たに雇用される人々、つまりは若年層の労働者に集中することになる。こうして中高年層に正規労働が多く、若年層に非正規労働が多い、韓国固有の状況が出現する。

そして、そこにもう1つの要素が作用する。それは進行する韓国社会の高齢化である。

韓国政府にのしかかる急速な少子高齢化

他の東アジア諸国と比較してみよう。各国における65歳以上人口の割合の推移で明らかなのは、日本において、世界、そして他の東アジア諸国に先駆けて進んだ高齢化のトレンドに、韓国が急速に追いつきつつあることであり、また、やがては追い抜いていくことである。2020年の段階で既に韓国における高齢者人口の割合は15%を超えており、1990年代後半の日本の水準に等しくなっている。

背景には韓国における極端な少子高齢化が存在する。韓国の2020年の合計特殊出生率、つまり1人の女性が生涯に産む子供の数は0.84。やはり少子高齢化の深刻さが指摘される日本の合計特殊出生率は1.34だから問題の深刻さがよくわかる。

こうした状況は、現在の韓国政府の福祉政策にも影響を与えることになる。急速に進む高齢化は政府にとって、年金や医療費などの負担が将来増加することを意味している。しかし、かつて通貨危機を経験した韓国政府は、日本が行っているような膨大な赤字国債の発行には、依然、一定のためらいを持っている。

■若者の雇用機会はさらに奪われていく

だからこそ、ここにおいて韓国政府が選択しているのは、高齢者により多くの雇用を与えることである。多くの年金などを与えることができない以上、意図的に高齢者の労働機会を作って収入を確保しようという訳である。

そのための最も主要な手段は、企業の定年退職年齢の引き上げである。結果、韓国では近年まで大手企業で多数を占めていた55歳の定年退職年齢が、一挙に65歳まで引き上げられるようになっている。

しかし、このようないささか乱暴な韓国政府の施策は結果として、ただでさえ限られている雇用を更に高齢者の側に振り向けることとなる。結果、労働コストの負担に限界がある企業は、新規採用を控えることにならざるを得ない。つまり現在の韓国における若年者の雇用環境悪化は、人口の高齢化とそれに対する韓国政府の政策の結果でもあるのだ。

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木村 幹(きむら・かん)
神戸大学大学院 国際協力研究科 教授
1966年、大阪府生まれ。92年京都大学大学院法学研究科修士課程修了。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。著書に『日韓歴史認識問題とは何か』(ミネルヴァ書房)など。
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(神戸大学大学院 国際協力研究科 教授 木村 幹)