エンジン屋のホンダが脱エンジンを打ち出した(写真:Kiyoshi Ota/Bloomberg)

今年4月1日付で就任したホンダの三部敏宏社長が、4月23日に行った社長就任会見は業界に、世間に、大きなインパクトをもたらした。

打ち出されたのは、2050年のカーボンニュートラル実現のために2050年までに販売する車両をすべてBEV(電気自動車)とFCV(燃料電池車)にするということ。HEV(ハイブリッド車)やPHEV(プラグインハイブリッド車)すら含まず、つまり完全な脱エンジンを宣言したのである。

もちろん、これは世界的な潮流に乗ったものではあるのだが、その数日前には日本自動車工業会としてBEVだけでなく幅広いソリューションでカーボンニュートラルを追求していくという発表があったばかりだったし、そもそもホンダと言えばエンジンというイメージは強い。それだけに発言は、大きな衝撃をもって迎えられたのだ。

「社内への発信という意味も大きかった」

「あれは正直に言えば、社内への発信という意味も大きかったです。カーボンニュートラルに向けては道筋を社内でずっと議論してきましたが、従来の延長線上で考えていると、急激な変化に対応できない。


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徐々には変わっていっても、逆算するとそれでは間に合わないと考えて、十分な内部整合は取れていませんでしたが、明確な数値目標を掲げました。それでも、グローバルで見ればそんなにすごい数字を言ったわけではなく、トップグループに比べれば5年遅れくらいですが、本当にカーボンニュートラルを実現するためにはこれがギリギリだと思っています」

――発言がもたらすであろうリスクは考えていましたか?

「言う経営リスクと言わない経営リスクとふたつを見て、言わなければここ数年間、何の変化も表立ってはなく逆に安泰ですけど、その後どうなるのか。そうではなく早く言って、その目標に向かって全社のリソースを集中したほうが、うまく戦えるという判断ですね。どっちも大きなリスクがある中で、先に動くほうを選んだという。そんなに迷いはなかったですよ。やるなら今だなという。世界の中でいちばん最初に言ったらいちばんかっこよかったんですけどね」

現時点では数多くのブランドが、将来的にBEVに移行していく方向を明確にしている。この時点でボルボが2030年までに全モデルのBEV化を目指すと発表しており、ジャガーやベントレー、ロールス・ロイスなども同様の打ち出しを行っていた。

――電動化の目標はあくまでメーカー側の理屈で、結局はユーザーに選んでもらわなければいけないわけですが、ホンダのEVやFCVは他社にどう差をつけていきますか?

「EVでは正直、走る、曲がる、止まるで違いを出すのは難しい。ですから『そのクルマが欲しい』と思ってくれるような価値が、EVには特に要るのかなと。『ホンダe』はそれを探るためのクルマで、最初に売り出すEVということもあって当時できるもの全部入れたんです。

でも、今見るともう目立たない。時代の進化が速いですね。とは言え、将来の方向性を示すという意味では、ビジネスはともかく価値が認められた部分はあったと思います。次もまた同じテイストで出るかというとわからないですけど、もっとチャレンジングな方向も含めて、いま考えているところです」


みべ・としひろ/1961年生まれ。1987年広島大学大学院工学研究科修了、本田技研工業入社。2014年に執行役員。2019年本田技術研究所社長。ものづくり担当取締役を経て、2021年4月より現職(写真:Shoko Takayasu/Bloomberg)

――ホンダeは例外でしたが、ホンダが楽しいというと、すぐにタイプRやNSXのようにやりすぎるきらいがありますので、もっと身近で、楽しいクルマが欲しいですね。

「普通のお客さんが買えるようなところでやりたいですね」

軽EVは重要だが難易度もいちばん高い

――その意味では、これも発表にあった軽EVは重要と言えそうです。

「日本の電動化というかEV化が進むかどうかは、軽自動車がEV化するかどうかだと思います。そこでうまく商品化できれば、一気に広がる可能性がある。ですので重要なキーだと思いますが、難易度もいちばん高い。

売価がとれませんし、その中で航続距離、バッテリー搭載量含めて、どれぐらいのクルマをつくるのがいいのかは、まだ(見えません)。地方でガソリンスタンドが減っているのは事実ですし、そういった部分でEVのほうが利便性は高いとは思いますが、じゃあどれぐらい距離走れればいいのか。

また、軽は乗用もありますけど商用もあっていろんな使い方をされているので、どれぐらいのクルマに仕上げたらいいのかというのは、まだ「これだ!」とならない。いっぱい走れれば越したことはないですけど、残念ながらそうはいかなくて。たとえば航続距離500kmの軽EVというのは無理なわけで、まずどの辺りが落としどころかなって考えています」

――あるいは軽EVはアジアなどでも販売していける可能性が生まれるのではないですか。

「まさにそういうふうに思っています。先進国がEV化されて、その後にアジアがEV化されていくということはなく、多分アジアも大都市圏を中心に世界はほぼ遅れなく電動化の波が来るんじゃないかって。その意味では2輪も、そういうことは頭の中にはあって。CO2に国境があるわけじゃないので、先進国で減らしてアジアでいっぱい出してたら何をやってるのかわからないですから」

――ホンダには2輪もパワープロダクト、いわゆる汎用製品もあります。

「それらを含めてホンダはエンジン付きの商品を年間3000万基も売っているので、これらすべてで電動化を進めていきます。ただ、それぞれの技術的課題がちょっと違うんです。

2輪は重くなってしまうと、2輪の意味がなくなってくる。限られたバッテリーの搭載量の中で、どういう2輪をつくるのか。ただ単にバッテリー積んだってわけにはいかなくて試行錯誤しているところです。

パワープロダクトは世間のほうが電動化の動きが早く始まっていて、若干後追いになっています。たとえば芝刈り機などは電動化が始まっていますので、遅れることなくやっていきます。大きいのはなかなか難しいですけど、ちっちゃいもの、人が操作するものは皆、すぐバッテリーに置き換わっていっちゃうんですよね」

バッテリーの生産拠点はどうする?

――そのバッテリー。三部社長が示されたロードマップの通りに進めるにはバッテリーの調達がひとつ課題になりそうです。現在、EVについてはGM(ゼネラル・モーターズ)とのアライアンスがありますが、それ以外のところでもたとえば専業メーカーとの提携などは視野にあるのでしょうか。

「北米は、GMとLG科学が組んだ会社(Ultium Cells LLC)がありまして、われわれはそれをGMから供給を受けるかたちになっていて、北米は当面そこを中心に考える。中国はCATLに出資をして、研究開発領域から一緒にやっていますので、中国やアジアは、ここですね。

日本は日本で考えていて。パナソニックさんがトヨタになってしまったので(2020年にトヨタとパナソニックの合弁会社「プライム プラネット エナジー&ソリューションズ」を設立)、なかなかね、トヨタさんから心臓のバッテリーを買うのもなと……(笑)。買えばいいじゃんという人もいるんですけども、それは別ルートを作らないといかんと思って、今やってるというか話をしています。

バッテリーの生産拠点が日本にないというのも、ホンダの損得じゃなくて、やはりEVのキー部品ですので考えないといけない。今は1社。日産さんにはAESC(オートモーティブエナジーサプライ)がありますけど小さい。グローバルな競争力を持つ2社が並び立つくらいなかたちが望ましいのかなと思っているところがありまして。ひとつはトヨタさんならば、うまくもうひとつをということは考えています」

ホンダは2009年にパナソニックに対するもう一方の雄とも言うべきGSユアサとの合弁でリチウムイオン電池の開発、製造、販売を行なうブルーエナジーを設立している。しかしながら、たとえば前出のホンダeではパナソニック製のバッテリーを使っているし、またブルーエナジーもトヨタ自動車「ハリアー」にバッテリーを供給するなど、結びつきがやや希薄、曖昧に見える部分は否めなかった。しかしながら“別ルート”は、やはりここを軸として考えているに違いない。

「材料は、日本のメーカーが圧倒的に強いので、バッテリー産業を、日本のこれからの産業はどうするかという辺りでいうと、日本にいきなりアメリカのGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)みたいなものができるわけじゃないですし、液晶や半導体など、世界に先行していても数年後には皆もってかれちゃうみたいなことを何回繰り返すんだというところもあるので。そこはちょっと慎重になおかつ変な失敗をしないように進めていきたいですね。キーとなるのは全固体電池かもしれないので、その辺りも視野に入れながら」

燃料電池車を武器にしない手はない

――燃料電池はいかがですか? クラリティ フューエルセルの生産終了が発表されて、ホンダは手を引いてしまうのではという声もありますが。

「うちが開発を始めて30年以上も経つので、それを武器にしない手はないと思っています。電動化の時代に、位置づけとしては小さいモビリティはバッテリーを使ったEVなのかなと思いますが、ある程度大きくなってくるとFCVのほうがいい。たとえば大型トラックは間違いなく電池では無理で、FCVになると思っていて、いすゞさんともずっとスタディしていて、ちょうど1台目のトラックができてくるところです。年内はテストコースで、来年からは公道を走らせる計画になっています」

――ホンダの4輪にも大型のセダンやSUVがありますが、量は多くない。そうなると他社と組んでやっていく方向が強化されるのでしょうか。

「クルマだけじゃなく産業用ディーゼルエンジンが活躍している部分、あれが燃料電池に置き換わったらいいと思っていて、モビリティの範囲を超えて燃料電池の可能性を探っているところです。そういった意味でいうと燃料電池はB to Cもやりますけど、B to Bのビジネスのほうが可能性としては少し大きいのかな。トラックだけじゃなく建設機械とかね、定置型の発電機、あとはデータセンターの非常用電源みたいに(可能性はある)」

――そうした部分で普及していけば、4輪にもいいかたちで跳ね返ってきそうです。

「B to Bのビジネスで数が増えればコストが下がりますし、それはまたクルマに返ってきますね。やはり今、FCVはコストが高すぎるんです。それは技術がスゴいからというより数が少ないから高い。エンジン車と同じような機能の部品でも、数が少ないと簡単に10倍とかのコストになっちゃう。そんなこともあって、数を増やしながらできればモビリティにも使っていきたいと思っています」

――そこでクラリティなんですが……。

「クラリティは今回、工場がなくなっちゃうのでいったん生産終了としますけれど、本当は次まで間が空く予定じゃなかったんです。それがコロナの影響とか、技術的課題もあって開発が遅れて、かっこ悪いんだけどちょっと間が空いちゃって。実際、工場閉じるのは決まってましたし、間が空かないように当初は進めてたんですけども」

――予定よりは遅れているけれど、次期クラリティがあると。

「もちろん、出しますよ。ちゃんとやっていて、少し間が空いちゃうというだけで、やめるのかというと、やめません」

――やはりS660、オデッセイ等々、最近のホンダは4輪、やめる方向の話ばかりが出てきているので、クラリティも世間は当然そう感じている。

「4輪事業を縮小することはまったくない」

「進め方が今一歩でしたね。事業を縮小しようとしているわけじゃないので、やめるものもあれば、新しいものも同時に出てこなければいけないんですけど、ちょっと時間差ができちゃって。それで、そういう見え方になってしまっていますが、まったくそういうことはなくて、寄居工場もできて生産能力もちゃんとありますので、同じように出していきます。4輪事業を縮小するということはまったくないです」

――やめるものはやめて、一方で新しいものも投入していく。それを事業の拡大につなげていくには何が必要なんでしょうか。

「僕の中で明確なんですけど、うちの4輪事業がダメなのは儲かるクルマを持っていないというところで。体質が悪いとか言われてますけどそんなことはなくて、生産の稼働率だって、ホンダの4輪事業は実は業界でもトップレベルですから。欠けているのはドル箱のクルマを持っていないという、そこだけなんですよ」

――それこそアライアンスを組むGMは、ピックアップが非常に高い利益率で、おかげでEVや自動運転などに積極投資できているという面もありますね。

「利益の出る車というのは、それイコール、商品魅力があるということです。そのあたりはいろいろ手を打ちつつあるので、今はなかなかお話しできないですけれども、このままでいいわけがないって思っていますので、変えていきますよ」

前任の八郷隆弘・前社長はF1撤退を決め、イギリスや狭山などの工場を閉鎖するなど、特に任期後半は広げすぎたビジネスを整理する方向が目立った。もちろん、三部社長も当時、副社長であったのだし、脱エンジンの方向性もその時には決まっていたはずだ。

その後を継ぐ三部社長に求められるのは、まずは改めてホンダはどこに向かっていくのか、どんな価値をユーザーに提供していくかを明確に示すことだろう。特に最後に触れられた、商品ラインナップの再構築、それこそドル箱となるような売れるクルマの開発は急務と言っていい。パワートレインは何でもいい。“らしい”クルマの登場こそが、ホンダには待たれている。