携帯値下げは大手寡占に逆戻り 楽天やMVNOに残された道(佐野正弘)
NTTドコモが「ahamo」を発表して以降、携帯各社の料金に関する動きが一気に慌ただしくなる中、ソフトバンクが2020年12月22日に料金の新戦略を発表しました。
その中で注目されたのは、傘下のMVNOであるLINEモバイルのリソースを活用したオンライン専用の新ブランドコンセプト「SoftBank on LINE」ではないでしょうか。そのサービス内容は月額2980円で、20GBの4G・5G高速データ通信と、1回当たり5分間の無料通話ができるというもの。LINEのデータ通信をカウントしないなどの独自性を打ち出してはいますが、「ahamo」と共通点が非常に多く、ahamo対抗策であることに間違いないでしょう。
ソフトバンクはすでに、2020年12月下旬にワイモバイルブランドで、月額4480円でデータ通信量が20GBの「シンプル20」を提供すると打ち出していました。ですがahamoの発表でその存在がかすんでしまったため、急遽料金戦略の見直しを進め、シンプル20を提供しなければいけないタイミングで新料金戦略を発表するに至ったといえるでしょう。
▲12月下旬はワイモバイルの「シンプル20」を提供する予定だったが、ahamo対抗のため戦略の練り直しが必要になったようだ。ちなみにシンプル20は、内容をやや変更し「シンプルL」として2021年2月より提供するとのことこれでソフトバンクの料金施策が明らかになったことで、次に注目されるのはahamoの直後にシンプルではない料金プランを発表し、SNSで炎上を招いたKDDIということになりそうです。とりわけ注目されるのはahamo対抗策ですが、オンラインに特化したサービスとなると店舗によるサポートが存在する「UQ mobile」ブランドでは対抗がしづらいだけに、2020年11月に設立した子会社「KDDI Digital Life」での対抗が有力と見られています。
同社はMVNOとしてデジタルネイティブの若い世代を狙ったeSIMによるオンライン特化型のサービスを提供するとしており、ahamoの対抗馬として適切なのは確かですが、一方で懸念されるのがMVNOであることに起因する問題です。
▲KDDIはahamoに先駆けて新会社のKDDI Digital Lifeを設立しており、そのコンセプトがahamoに近いことからこちらを活用して対抗するのが有力と見られているMVNOは携帯電話会社にお金を払ってネットワークを借り、サービスを提供するという立場ゆえ、携帯電話会社のネットワークよりも細く混雑しやすいことから昼休みなどの通信速度が大幅に低下しやすいことが弱点となっています。しかしだからといって、KDDIがKDDI Digital Lifeを優遇してネットワークを有利な条件で貸し出すようなことがあれば、公正競争の観点から総務省が黙ってはいないでしょう。
実際総務省は、かつてKDDIのグループ企業であるUQコミュニケーションズがMVNOとして運営していたUQ mobileに対し、他のMVNOよりも通信速度が速いことから「ミルク補給」、つまり“親”であるKDDIが、“子”となるUQ mobileにお金を出し、それを使って回線を増強しているのでは?という疑惑を持っていたことがあります。
▲総務省「モバイル市場の公正競争促進に関する検討会報告書概要」より。総務省は公正競争上、MNO(携帯電話事業者)が傘下MVNOを優遇する「ミルク補給」を懸念、かつてMVNOだったUQ mobileにはその疑いがかけられてきたこの疑惑は、UQコミュニケーションズがWiMAX 2+のネットワークを持っており、それをKDDIに貸して得た収入を費やして回線を増強していることを証明することで、解消に至っています。ですがKDDI Digital LifeはUQコミュニケーションズのような収益手段を持っていないので、提供するサービスの通信速度が他のMVNOよりも速いとなれば真っ先にミルク補給疑惑がかけられる可能性が高いでしょう。
ソフトバンクもahamo対抗策として、傘下のMVNOであるLINEモバイルを活用する方針を打ち出しましたが、同社はLINEモバイルを完全子会社化した後に吸収することを検討するとしており、自社の1ブランドにしてしまうことでその問題を回避しようとしています。それだけにKDDIがKDDI Digital Lifeを通じてahamoに対抗するのであれば、ミルク補給の疑惑を回避しながらもKDDIのネットワークと同じ品質をどう担保するかが大きな課題となりそうです。
とはいえKDDIは対抗可能なリソースを持っていることは確かで、打ち出し方さえ間違えなければ他社に後れを取る可能性は低いと考えられます。むしろ今後を考えるとより心配なのが、そうしたリソースを持たない楽天モバイルです。
楽天モバイルは月額2980円で自社エリア内では使い放題という内容でインパクトを与えましたが、一方でエリア整備がまだ大手に追い付くには至っていません。他社が容易に追随できない料金を設定した上で、他社が料金面で追い付く前にエリア整備を頑張る……というのが楽天モバイルの狙いだったと考えられますが、NTTドコモがahamoを打ち出したことでその前提が崩れてしまいました。
▲楽天モバイルはエリア整備が途上であることを、携帯大手より大幅に安い料金で補ってきたが、ahamoの登場でその前提が崩れてしまったことが競争する上で大きな課題となるもちろん自社エリア内で使い放題という魅力はあるのですが、これまでの歴史を振り返れば消費者が求めているのは、値段より何よりエリアと品質であることに間違いありません。とはいえエリア整備の問題を解決するにはどうしても時間がかかるので、楽天モバイルが短期間で対抗できる策としては値段を下げる、それが難しければ容量制限を設けてより低価格のプランを追加するくらいしか手段がないように見えます(少なくとも筆者には思いつきません)。
ですが楽天モバイルがより低料金のプランを出したとなれば、今度はMVNOが圧迫されることになりかねません。MVNOは携帯大手よりも企業体力が弱く、先にも触れた通り、混雑時の通信品質が極端に落ちるという構造上の問題を抱えていることから、低価格サービスを相次いで打ち出す携帯電話会社に正面を切って対抗するのは難しい状況にあります。
そうなるとMVNOが生き残る道は、必然的に携帯各社が提供に消極的な“小容量で低価格”という領域に限られます。ですがその領域に通信速度低下の懸念がない楽天モバイルが入り込んでくるようなことがあれば、相当な脅威となってしまうはずです。ただでさえUQ mobileやLINEモバイルがMVNOではなくなり、MVNOのプレーヤー自体が減少しているだけに、玉突き的に市場から追い出される企業が増えることでMVNOの市場での存在感は一層薄くなってしまう可能性が高いでしょう。
▲NTTドコモなどが消極的な小容量・低価格のサービスがMVNOに残された道となるが、もしそこに楽天モバイルなどが入り込んでくれば状況はかなり厳しくなるだろう総務省は公正競争ができる環境の整備に徹して新興勢力を伸ばし、それが競争を加速させて料金が引き下がることを求めていたはずですが、実際には成果を急ぐ武田良太総務大臣、ひいては菅政権による圧力で生まれたahamoにソフトバンクが追随したことで、大手が優位の体力勝負による競争を加速してしまったようです。2021年は立場の弱い企業が次々競争から脱落し、3社の寡占がより強固になる未来しか見えてこないというのが筆者の正直な感想です。
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