一部報道でトヨタの伝統的車種「クラウン」のセダンが消えるといわれています。自家用のセダン需要は低迷しているものの、「クラウン」が圧倒的なシェアを占めるのがパトカー。専用グレードまで存在する警察需要はどうなるのでしょう。

セダン需要が圧倒的に多い警察界隈

 2020年11月11日(水)、自動車業界に衝撃のニュースが流れました。トヨタ「クラウン」が4ドアセダンを止め、SUVスタイルの新モデルとして生まれ変わるというものです。

 確かに、いまや自家用車としてセダンが不振なのは周知の事実です。2020年だけを見てみても、スバルの「レガシィB4」や日産の「ティアナ」などが国内販売を終了しています。とはいえ、一般的にはSUVやミニバン、軽自動車などが隆盛しつつも、ある業界だけは圧倒的にセダンばかりに需要が偏っているところがあります。それが警察のパトカー需要です。


警視庁の170系「クラウン」パトカー(柘植優介撮影)。

 パトカーの調達方法は、大別すると国費で調達したものと各都道府県(地方自治体)が独自に調達したもの、そして寄贈の3つに分けられます。そのうち寄贈は特殊なケースで台数もごく少数に限られるため、基本的には国費調達、もしくは自治体調達になります。

 国費調達というのは文字どおり国費、すなわち国税によって調達されるもので、国の行政機関である警察庁が一括大量購入し、全国の都道県警察に必要台数に応じて少しずつ振り分けるものです。

 対して自治体調達というのは、都道府県が必要と認めたときに独自に調達するものです。各自治体がバラバラに調達するため、個々の調達数は少ないものの、日産「スカイラインGT-R」やマツダ「RX-8」のように独自車種が入るのが特徴です。

 両方の調達とも、基本的には一定の仕様書に沿った競争入札を実施し、最も価格の安かったメーカーの車種に決まるのが一般的ですが、その場合、国費調達は前述したように一括大量調達のため、パトカー1台当たりの値段は自治体調達と比べて大幅に安くなる傾向にあります。

白黒の4ドアセダン型パトカーが「クラウン」ばかりになったワケ

 高度経済成長期から一部の特殊な車種を除き、街中で見かけるような一般的な4ドアタイプのパトカーに関しては、長らくトヨタと日産の2強体制が続いていました。なぜなら両社とも「クラウン」や「セドリック」などでパトカー専用グレード(型式)を用意していたからです。

 専用グレードがあるメリットは、改造ではないため応札時の価格を抑えることができる点にあります。またナンバー登録する際も、自動車検査登録事務所に実車を持ち込んで改造申請をする必要がありません。そのためトヨタと日産はパトカー専用型式がある強みを生かして入札競争で優位に立つようになり、他社が応札しにくくなることで、ますます2社の寡占に拍車がかかる状態となりました。

 2000年代初頭に日産が「セドリック」の生産を終了し、パトカー専用型式の設定を止めると、国費調達パトカーはほぼトヨタが独占するようになります。一時スバル「レガシィB4」などが調達されたこともあったものの、基本的には「クラウン」一強体制が続きました。


栃木県警の210系「クラウン」パトカー。手前が屋根上に昇降機を付けた「無線警ら車」で、後方が高速隊や交通機動隊向けの「交通取締用四輪車」(柘植優介撮影)。

 なお、一般的に交通系覆面パトカーと呼ばれる「交通取締用四輪車(反転警光灯)」や、高速道路交通警察隊(高速隊)や交通機動隊向けの「交通取締用四輪車」については、「事業者の経営判断等によると考えられるもの」という理由で、警察庁の国費調達では「一者応札案件」になっています。これは1者(1社)限定の案件ということを示しており、ある意味トヨタだけの指名入札になっていますが、それ以外のいわゆる警察署や自動車警ら隊などが用いる白黒パトカーの「無線警ら車」などそのような指定にはなっていません。

 では、「クラウン」パトカーは国費調達だと1台当たりどれぐらいの価格なのかというと、2019年度の調達では2500ccタイプ(無線警ら車)が約300万円、3500ccタイプの交通取り締まり用四輪車が約360万円です。

 現行の「クラウン」が、ガソリンエンジン搭載の最廉価グレードである2.0L RSでも車両本体価格で509.9万円なのと比べると、パトカー専用グレード(型式)の設定と一括大量調達がコスト低減に大きく影響しているのがわかります。

意外に少ないFRの4ドア国産セダン

 では「クラウン」が消滅するならば、ほかの車種でパトカー専用グレードを設定すれば問題ないかというと、そうでもなさそうです。

クラウン」はフロントエンジン・リア駆動の、いわゆる「FR」車です。この構造のメリットは駆動装置や操向装置を車体の前後に分散配置できるため、フロントエンジン・フロント駆動のFF車のように、フロントヘビーになりにくく、ハンドリングが良く車両の加速時などにはしっかりとタイヤが路面を捉えられるという点が挙げられます。

 また、前輪は操向のみのため、ステアリングの切れ角を大きくとることができ小回りが利くというメリットもあります。

 これらの点から、比較的高速走行の多い「交通取締用四輪車」および「交通取締用四輪車(反転警光灯)」はFRの「クラウン」による一者応札案件になっていると推察されます。


宮城県警のスバル「レガシィB4」パトカー。「レガシィ」の国内販売は2020年で終了している(柘植優介撮影)。

 2020年11月現在、FF駆動のセダンはいくつかあり、トヨタ「カムリ」や、「マツダ6」、ホンダ「アコード」などがあるため、高速走行時の操縦安定性などをそれほど求めない無線警ら車などであれば応札の可能性はあります。

 問題なのは「交通取締用四輪車」および「交通取締用四輪車(反転警光灯)」です。FR駆動の4ドアセダンというと、現在トヨタには「クラウン」しかなく、あとはレクサスの「IS」や「LS」になってしまうのです。これらはコスト的にもブランドイメージ的にも国費調達のパトカーにはなりにくいでしょう。

クラウン」パトカーはVIP用警護車にも

 トヨタ以外のメーカーに目を向けると、「クラウン」と同クラスのFR駆動車の場合、日産に「フーガ」や「スカイライン」がありますが、国費調達車として、前出したような「クラウン」の価格まで下がるかは不明です。


埼玉県警の日産「ティアナ」パトカー。県費で調達されたパトカーだが、「ティアナ」の国内販売は2020年で終了したため、今後の新車配置はまずない(柘植優介撮影)。

 4WDであれば前出の「マツダ6」やスバル「インプレッサG4」「WRX S4」などがあるものの、スバルの2車は車内が「クラウン」よりも狭く、使い勝手の面で劣るのは否めません。

 そう考えると、仮にトヨタ「クラウン」が消滅し、警察向け車両からも消えた場合、候補となりそうなのは無線警ら車がトヨタ「カムリ」、交通系覆面パトカーを含む交通取締用四輪車については日産の「フーガ」および「スカイライン」、4WDも可であれば「マツダ6」といったところでしょうか。

 なお、要人警護に用いられる警護車も、クラウン(覆面パトカー仕様含む)が一定数入っているため、こちらも代替車種が必要になるでしょう。とはいえ、警護車は交通取締用四輪車のような高速性は必要なく、むしろ警護対象車両に見劣りしない外観や車格などが要求されます。そのため、現時点ですでに日産「フーガ」や「スカイライン」が用いられており、こちらは案外「クラウン」が消滅しても問題はなさそうです。

 ちなみに、これらはセダンタイプに限定した場合の話です。SUVを検討車種に含めれば、その候補の幅は広がります。もしかすると「クラウン」の生産中止と、事実上の後継となるSUVスタイルの新モデルの登場を契機に、パトカーについてもSUVおよびミニバンの大量調達が始まるかもしれません。