2019年、年金2000万円問題で話題を集めた金融審議会 市場ワーキング・グループが、コロナ禍の今年、新たに提示したこととは――。委員を務めるセゾン投信・中野晴啓会長が解説する。
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■コロナ禍で投資デビューする人が急増

昨年(2019年)、「年金2000万円問題」で話題となった金融審議会 市場ワーキング・グループの報告書。この報告書は高齢社会の進展とともに「人生100年時代」が一般化していく長寿化を踏まえ、「iDeCo(イデコ・個人型確定拠出年金) 」と「つみたてNISA」という少額投資非課税制度を有効活用した長期資産形成の必要性が強調され、世代を問わずすべての生活者に、そこへの行動を強く促す内容だった。

以降、両非課税制度への参加者増に加速が付いて、「長期・積立・分散」の投資行動3原則もなじみのフレーズとして定着しつつある。そして今年に入り、不意に見舞われた新型コロナウイルスによるパンデミック。収束の兆しが見えず、国内経済は活動自粛を余儀なくされている。収入の激減や失職に見舞われた人は少なくない。今は雇用が維持されている会社員でも、企業業績の急激な悪化から将来不安を改めて実感している人も多いはずだ。

自らの将来に対するそこはかとなき不安の第一はやはりお金のことだ。公的年金だけでは長寿化社会を生き抜くことが困難であることはもはや自明の理で、それならば、と懸命に貯蓄に励んでも、貯めたお金はほとんど増えない実質ゼロ金利になって久しく、これも誰にも既知の事実であろう。

ならば自分のお金を殖やす方法は? 「貯蓄から投資(資産形成)へ」とお金に対する行動規範を転換させていくことへの社会的納得性は、19年の報告書のおかげもあってずいぶんと世間に広まった。そこにコロナ禍での不安が行動への気付きを増幅させることとなり、大手ネット証券を中心に投資を始める人が激増したという。

投資初心者の過ち「やれやれ売り」とは

しかし残念ながらこれで長期資産形成への流れが定着に向かったとみなすのは早計だ。やはり投資というと個別株式を物色して相場で勝負すること、と考えている人たちの方が圧倒的に多い面は否めず、他方投資信託で投資を始めた人たちも激増したが、多くの初心者で適切な行動が伴わぬままだ。

市場連動型インデックスファンドなどの商品選択をした人の中には、結局投信を目先の値動きを予測しながらトレーディングするツールとして安直に売買してしまう人も少なくない。

また若い世代を中心に「つみたてNISA」の口座数は伸長しているが、足元の相場変化で早々に積み立てをやめたり解約してしまったりする人も後を絶たない。

ひとつめのパターンは、コロナショックの相場急落局面でこんなはずじゃなかったいう恐怖感から投資をやめてしまった人。もうひとつの典型は、急落で肝を冷やした後の相場急回復局面で、自分の投資額が含み損を解消した途端に慌てて売却してしまう人(こういうケースを業界では「やれやれ売り」と呼ぶ)。

いずれの場合も資産形成という目的は到底実現できないだろう。長期資産形成を投資の目的に据えて行動を始める人が大半であっても、多くの人が目先の相場動向に影響され、予定していた投資行動を衝動的に変えてしまったからだ。

■金融業界の顧客本位の運営が問われている

金融庁はここ数年来、「貯蓄から資産形成へ」をキャッチフレーズとし、1000兆円を超えるわが国の預貯金から資産形成を目的としたリスクマネーへの抜本的資金シフトを目指して、いくつもの政策を掲げ意欲的に金融業界への改革を促している。すべての金融事業者に「顧客本位の業務運営」の実践を強く求める流れは現在の金融行政の中核であり、とりわけ顧客の資産形成ニーズに対しては、その目的に沿った成果実現に向けて最善の努力を尽くすことこそが真の顧客本位と定義している。

昨今多くの金融機関が積立投資の推奨を前面に掲げ始めたのは、そうした行政意図による反応なのだが、業界全体では総体的に「顧客本位の業務運営」への理解は表層的で、その実践は形式的なレベルにとどまっていると言わざるを得ない。顧客に投信の長期保有を勧奨するならば、その合理的理由を顧客に詳らかにし、共有することが資産形成アドバイスの大前提であろう。

すなわち先述した短期的に投資をやめてしまう人たちに、「投資対象の価格は短期的には相場の需給を要因にランダムな乱高下を繰り返すが、長期的には投資対象の価値増大(成長)に適合して、実体価値に即した価格水準へと収斂していくもの」という株式市場の特性をしっかりと理解してもらうことで、長期保有の合理的有効性に納得性を持てるはずだ。

■2020年の報告書が示していること

積立投資のメリットは、まとまった資金がない若年世代でも気楽に資産形成を始められる手段であると同時に、毎月定時定額投資という行動によって目先の価格変動がもたらす精神的動揺や不安を抑制させ、結果的に長期保有を促進させる効用があることだろう。長期に投資継続を実践できてこそ、資産形成の目的にかなう成果が得られるのだ。金融機関が長期資産形成という顧客目的において実践すべき真の顧客本位とは、目的に資する適切な商品提供と共に、アフターフォローへの尽力、つまり顧客に寄り添って適切な投資行動の継続的実行を強く促すことであろう。

こうした金融業界の実態を総括して、本来在るべき「顧客本位の業務運営」の実践を業界全体に強く希求しているのが、今年(2020年)の金融審議会 市場ワーキング・グループによる新たな報告書「顧客本位の業務運営の進展に向けて」であり、去る8月5日に公表されたばかりである。金融業界の従事者はもちろんのこと、資産形成に関心ある読者の皆さんも金融庁ホームページに掲載されているので、是非ご覧いただきたい。

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中野 晴啓(なかの・はるひろ)
セゾン投信・代表取締役社長
1987年明治大学卒業、クレディセゾン入社。関連会社資金運用部にて債券のポートフォリオ運用に従事後、投資顧問事業を立ち上げ運用責任者としてグループ資金運用や、海外契約資産の運用アドバイスを手がける。2006年セゾン投信を設立。
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(セゾン投信・代表取締役社長 中野 晴啓 写真=iStock.com)