サスケ君のSASUKE勝利学 第1回

 昨年の大晦日、窮地のTBSを救ったのは27歳のソフトウェア・エンジニアだった。

 その裏には、血も凍るようなドラマがあった。

 22年の歴史を誇る『SASUKE』は、昨年末に放送された第36回大会で史上初のFINALステージ生放送を敢行。あのSASUKEの象徴ともいえる鋼鉄の魔城が聖地・緑山を飛び出し、横浜はみなとみらい・赤レンガ倉庫街にそびえ立った。

 SASUKEの3rdステージ収録日。第36回大会では近年最多となる10人の挑戦者が3rdまで残り、当初は複数プレーヤーのFINAL進出が予想されるなど、現場には楽観的な雰囲気が漂っていた。

 しかし、いざ始まってみれば、終盤の難所、指の力だけで3cmの突起にぶら下がり、そのまま1.8mの飛び移りを二度繰り返す「ウルトラクレイジークリフハンガー」でリタイアが続出。3rdステージ9人目の挑戦者となったゼッケン99番・クライミングシューズメーカー取締役の川口朋広が落下した瞬間、その場のTBS関係者はほとんど全員、青ざめていた。

 ──これ、FINAL進出者が出なかったら生放送はどうなるんだろう?

 絶対に口にはできない。だが、最悪の結末が頭をよぎる。

 もし、本当に誰もFINALステージに到達できなければ、大晦日の夜、『紅白歌合戦』や『ガキ使』の裏側で、TBSは赤レンガ倉庫から、みなとみらいの夜景を延々と流さなければならなくなる……かもしれない。

 そんな重苦しい空気に支配された現場を救ったのが、この夜の最後の挑戦者──栄光のゼッケン100番を背負うIDEC株式会社のソフトウェア・エンジニア、森本裕介だった。

「サスケ君」の愛称で知られる現役最強のSASUKEプレーヤーは、会場中、そしてTBS中の期待と重圧を一身に背負いながら、事もなげに超難関といわれる3rdステージをクリアしてみせた。

 そのとき、思ったのだ。

 数々のオリンピアンですら到達できないSASUKEの3rdステージまでいくようなプレーヤーは皆、半分くらい人間をやめている。が──、

 そのなかでも、森本裕介は役者が違う、と。

“究極の一発勝負”であるSASUKEで、圧倒的な強さを発揮する「サスケ君」。彼の「本番力」、成功から逆算する「準備力」、その思考のプロセスや具体的なSASUKEのトレーニング方法までを明らかにする緊急連載スタート。


2018年の大晦日に放送された第36回大会で、森本が出場者100人中唯一のFINALステージ進出を決めた瞬間

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 こんにちは、森本裕介です。

 この連載では、僕がこれまでSASUKEを20年間続けてきた中で培ってきたノウハウをご紹介できればと考えています。僕が青春のすべてを懸けて向き合ってきたSASUKEでの経験が、この連載を読んだ方の夢を叶える、人生における何らかの目標を達成するための一助になるならば、これほどうれしいことはありません。

 まず、よく訊かれるのが、「本番でしっかりと自分の力を発揮するためにはどうすればいいの?」ということです。

 SASUKEは”究極の一発勝負”といわれます。プレーヤーが現物のセットに挑戦できるのは大会ごとに一度だけ。これもよく訊かれるのですが、本番の前にセットを使った練習なども一切できません。プレーヤーがセットに触れるのは、カメラが回って収録が始まった、本当にその本番の一回きり。ミスして池に落ちたらその瞬間に終了。だから”究極の一発勝負”。

 SASUKEには毎回、全世界からさまざまな筋肉自慢、体力自慢のプレーヤーが集まります。中にはある競技で日本代表まで上り詰めたような経歴の方や、格闘技の世界チャンピオンという方もいます。しかし、そういう方でもほとんどの場合、初出場の際には1stステージで無残に池に落ちてしまいます。

 かくいう僕も、かつて同じ経験をしていました。

 初出場したのは15歳のとき。以降、4大会連続でSASUKEに出場するも、結果はいずれも1stステージ敗退。それからしばらく、SASUKEに出場できない時期が続きました。

 最初はがむしゃらにトレーニングだけしていた僕は、その厳しい現実に直面してやがて「考えてSASUKEに挑む」ことを始めるようになりました。そして、SASUKEで落ちてしまう主な3つの原因に行きつきました。

(1)SASUKE専用のトレーニングが足りない。

(2)目標が不明確で、目標達成のために必要なトレーニングができていない。

(3)本番になると、とたんに力が発揮できない。

(1)SASUKE専用のトレーニングが足りない

 例えば、卓球というスポーツがあります。卓球がうまくなりたいから、あのラケットのスイングに必要な筋肉を鍛えるための筋力トレーニングだけをしています──。こういう人がいたとして、これだけでは卓球はうまくなりません。

 SASUKEも他のスポーツ同様に、筋力+そのスポーツ独自のノウハウを身につけなければならない──幾多の失敗を経て、僕は至極当たり前ともいえるそうした結論に辿り着きました。そしてそれが正しかったことは、その後のSASUKEで証明することができたかと思います。

 逆に言えば、運動神経が悪くても、各エリアの特性を熟知し、メンタルコントロールを完璧にできれば良い成績を残すことも可能です。

 僕は学生時代、全教科で体育が最も苦手な少年でした。野球をやらせても平凡なフライすら満足に捕れず、バスケやサッカーはドリブルが精一杯。球技全般は昔から、からきしダメです。

 野球、サッカー、卓球などのスポーツと同様、SASUKEで好成績を残すためには、筋トレに加えてSASUKE専用のトレーニングも必要である。……ある意味僕は、それを最も体現している選手といえるかもしれません(笑)。

(2)目標が不明確で、目標達成のために必要な準備ができていない

 SASUKEの歴史の中で唯一、二度の完全制覇を達成した漆原裕治選手は、「SASUKEは競技の幅が本当に広い」というようなコメントを残されています。

 例えばSASUKEの1stステージは、トランポリンで跳んだり壁を駆け上ったりと、主に脚力、全身持久力、テクニックなどが要求されるステージです。なので、走り込み、各エリアの特性の研究、イメトレ等を中心に対策することが必要です。

 続く2ndステージには数十キロの壁を持ち上げる「ウォールリフティング」というパワーが試されるエリアや「バックストリーム」という泳ぎが要求される水中エリアが。そして3rdステージには「クリフハンガー」「バーティカル・リミット」といった指の力だけで自重を支え、移動するSASUKEの名物エリアが登場します。軽く挙げただけでも、実にバラエティに富んでいるのがわかります。


3rdステージの最難関エリア「バーティカル・リミット」を突破していく森本(第36回大会)

「これだけ多岐に及ぶエリアを攻略しようと考えるのなら、目標を設定せずにただ漫然とトレーニングをしていてはだめだ」。このことに僕は、高校の後半くらいになってようやく気づきました。

 当時の僕は「練習をやればやるほど強くなれる!」と信じていました。量だけは20年のSASUKE人生の中でもトップクラスで、15kmのランニング、山道ダッシュ、懸垂300回、あとは各エリア練習を力尽きるまで……というようなことを毎日やっていました。でも、SASUKE本番ではまったく成果を出せず、先にも挙げましたが、4回連続で1stステージリタイアというひどい成績でした。

 しかし、高校の高学年〜大学あたりになって、自分の目標やSASUKEの特性に合わせたトレーニングをするようになりました。すると、トレーニングの量や強度は減っているはずなのにみるみるうちに成績が伸びていき、すぐに毎大会100人の出場者の中でもトップの成績を収められるようになりました。

 やみくもに体を鍛えるだけでなく、自分の目標は何で、そのためにはどんなトレーニングが必要なのかを徹底的に考えること。それがSASUKE攻略には必須であると僕は考えています。

(3)本番になると、とたんに力が発揮できない。

 (1)と(2)ができているのに、本番では力が発揮できないということもあります。

「スタート台に立ったら頭が真っ白になり、気づいたらずぶ濡れになってインタビューを受けていた。あんなに努力したのに……」

 こういう経験をされた方は、実はSASUKEには非常に多いのです。

SASUKEは、100パーセント『メンタル』なんです」

 番組の総合演出を務める乾雅人さんの言葉です。多くのスポーツがそうであるように、”究極の一発勝負”であるSASUKEにおいても実はメンタル……「心技体」でいうところの「心」の部分をどう仕上げるかが最も重要な作業となります。


番組プロデューサー村口太郎(左)と、番組総合演出の乾雅人(右)

 もちろん、初出場で完璧なメンタルコントロールをできる人はひとりもいません。しかし、そこまで高いレベルではなくても、本番で普段の力を発揮できるようにする簡単な方法はあります。

・普段から本番を想定した練習をする。

・実力は100パーセント出せれば言うことなし。80パーセントでもOK。120パーセントを求めてはいけない。

・本番日も普段と同じように行動する。

 最も重要なのは、普段と同じように行動すること。本番を特別視しないことです。この意識を持っていれば、本番で必要以上に不安になることはないでしょうし、自分の実力以上を出そうとして変に気合を入れすぎて我を失ったり、勝負日だからと普段食べないような食事を口にしたり、ウォーミングアップの内容を激しくしすぎたりというような失敗を避けることができます。

 次回以降、これらをより具体的な内容にした僕のSASUKEに対するアプローチ法をご紹介していきます。

■今週の格言: SASUKEという「スポーツ」で活躍する方法を考えよう!



<プロフィール> 森本裕介 Morimoto Yusuke

1991年12月21日生まれ、高知県出身。IDEC株式会社にソフトウェア・エンジニアとして勤務。7歳でSASUKEに目覚め、15歳のときに第18回大会(2007年)で初出場。2015年に史上4人目の完全制覇を達成。第35回、36回大会で出場者100人中唯一FINALステージに進出した、現役最強のSASUKEプレーヤー