「沈黙を破ったアンディ・ルービンの「新しい端末」と、彼の「問題」とは切り離せない関係にある」の写真・リンク付きの記事はこちら

アンディ・ルービンが1年近くの沈黙を破り、Twitterでモバイルデヴァイスのプロトタイプを公表した。小さなテレビリモコンのような形をしていて、最新のタッチスクリーンを搭載した縦長の端末だ。

「GEM Colorshift material(GEMの色が変化する素材)」とツイートしたルービンは、こう続けた「…色調を詰めているところなんだ」

3つ目のツイートは基調講演の台本から抜き出したものであってもおかしくない。ある意味、ひと昔前のテック業界を思い起こさせる。新しい技術の発明者が、その存在を自ら明かしていた時代だ。「根本的に異なる形状に合わせた新しいUIなんだ」

セクハラ問題で沈黙、再び表舞台へ

ひと昔前のテクノロジー愛好家やジャーナリストたちなら、ルービンのツイートを額面通りに受け止めていたことだろう。新しいユーザーインターフェイスを備えた、ピカピカでカラフルなこのデヴァイスが、モバイルコンピューティングを次の段階に導く──そう信じて疑わなかったはずだ。

スマートフォンのOSであるAndroidの開発者であるルービンほど、この新しいコンセプトの発表にふさわしい人物はいただろうか。ある有名なジャーナリストは今回のツイートに反応して、この製品については何も知らないが、とりあえず欲しいとツイートしている。別のライターは、この「とてもピカピカした奇妙な細長い物体」を購入する気でいると発言している。

だが、ルービンのTwitterのタイムラインをさかのぼってみると、あることがわかる。今回の発言以前の最新のツイートが、2018年10月25日に『ニューヨーク・タイムズ』が報じた記事に対する反論だったのだ。この記事は、グーグル時代のルービンのセクハラ問題について詳しく伝えていた。

記事によると、この問題について調査したグーグルは、疑惑が事実であったことを認めている。女性にオーラルセックスを強要したり、部下を厳しく叱責したり、仕事用のコンピューターでボンデージセックスの動画を観たりしていた、といったものだ。

それにもかかわらず、ルービンは円満退社を許されている(数千万ドルの退職金つきだ)。ルービンは反論のツイートで、記事にはグーグル時代の記述について「数多くの誤り」が含まれており、また報酬についても「大幅な誇張」があるとしたうえで、組織的な中傷の一環であると指摘している。そこでツイートは止まっていた。

新製品の出自を「別問題」と片づけるべきなのか

この沈黙を経てルービンは、“携帯電話のようなもの”を発表してツイートを再開した。端末に示された位置情報によると、ツイートの写真が撮影された場所はPlayground Globalのようである。同社はグーグルを退社したルービンが設立した投資会社兼エンジニアリング研究所で、パロアルトに本社がある。

New UI for radically different formfactor pic.twitter.com/Es8hFrTuxx

- Andy Rubin (@Arubin) October 8, 2019

デヴァイス上の地図には、シリコンヴァレーの富裕層が自家用機を駐機するパロアルト空港への経路が表示されていた。グーグルを退社したルービンは、Essentialというスマートフォンメーカーも起業している。この「Project GEM」と名付けられた新しい製品は、Essentialが手がけたものだ。

だが、重要なのはそこなのだろうか?

どの企業が手がけた製品なのか。1,200万画素のカメラを搭載していること、動作するウィジェットの数、まったく異なる形状に合わせた新しいUI、見る角度によって色が変わるケース──。それらは重要なことなのだろうか?

テクノロジー愛好家やアーリーアダプターにとってはそうかもしれない(本当に出荷されれば、の話だが)。しかし、テック業界に厳しい目が向けられている時代において重要なのは、新しいガジェットをメーカーや資金を提供した企業の価値観から切り離せるかどうか、であろう。

たとえそれが可能だったとして、これらの要素を別の問題として片づけられるだろうか? 新製品は新製品として素直に受け入れるべきなのだろうか?

巻き起こる反発の声

ルービンが新しい製品のプロトタイプを公表するやいなや、賞賛の声が一部から上がった。そして複数のメディアが、彼の過去のセクハラ問題やグーグルが支給した退職金の問題についてほとんど触れないまま記事を公開した。

一方で、インターネットは決して問題を忘れないと強調した記事もあった。「これって“グーグルからもらった9,000万ドルの退職金”でできているんでしょう、ルービン」と、NBCニュースでテクノロジー・エディターを務めるオリヴィア・ソロンはツイートしている。また、ブルームバーグのシーラ・オヴィドは「市場シェアがゼロのスマートフォンメーカーについてツイートする代わりに、昨年のおぞましい問題を報道した『ニューヨーク・タイムズ』の記事をシェアします」と発信した。

ニュースサイト「Android Police」の編集長を務めるデイヴッド・ラドックは発表翌日の9日(米国時間)朝、今後のEssential製品に対する方針について長いコメントを出した。同サイトがEssentialの新製品についていずれ記事を書く可能性はあるものの、ルービンの企業とは一切の接触を断つというのだ。記者会見や説明会、端末のレヴューなど、あらゆるやり取りに応じないのだという。

「もしルービンが経営幹部のひとりにすぎず、企業の重要な意思決定において限定的な権限しかもっていない立場で、かつ主要な立場でなければ、話は違っていたことでしょう。しかし現実問題として、アンディ・ルービンとはEssentialそのものです。Essentialはアンディ・ルービンと不可分なのです」と、ラドックは述べている。そして次のように指摘する。

「彼の会社は、モバイルテクノロジー業界におけるレジェンドともいえる彼の評判を利用していなければ、投資家から資金を調達することも、メディアの注目を受けることも不可能だったはずです。存在しないも同然だったでしょう」

こうした動きに対してルービンは、過去のツイートの主張を変えない旨を広報担当者を通じて伝えている。またAndroid Policeの記事についても、製品と開発者とを切り離して考えるべきかという質問に対してもコメントしていない。

「権力」を濫用したルービン

Android Policeのラドックによる主張は毅然としたものに感じられる。だが、Androidを開発したルービンのおかげでAndroid Policeというメディアが存在している、という見方もできるだろう。

つまり、Essentialとのかかわりを制限することは、メディアとしてのスタンスを極めて不安定なものにしかねない。わたしたちを含むテクノロジーメディアの多くは、世界で最も普及率の高いOSについて普段から記事にしているからだ。そしてそのOSとは、ルービンが手がけたものなのである。

それでも、ラドックによる「権力」についての考察は注目に値する。ルービンが“テクノロジーの神”としての地位を失ったのは、絶大なる権力を誇ったからではない。その権力を濫用したとされたからだ。

そしてルービンが退社したあとも、グーグルは彼の新しい会社であるPlaygroundに出資している。ルービンが14年にグーグルを退社した際の退職金などの条件が17年に明らかになると、彼はしばらくEssentialから距離を置いたものの、同じビルにあるPlaygroundで仕事をしていた。

このテック業界においてルービンは、新しいプロジェクトに着手する上で相変わらずあらゆる機会に恵まれていた。その内容がいま、いくつかのツイートを通じて伝えられたというわけだ。

かつては“遊び場”だったテック業界

テック業界とは権限さえあれば、どんな行為も深刻な結果を招くことがほとんどない「プレイグラウンド(遊び場)」のような場所だ。それでは、いったい誰のせいでこうなったのだろうか。

この数十年にわたってわたしたちは、テック起業家たちを時代の寵児としてロックスターのようにもてはやし、支えてきた。アンディ・ルービンをはじめとする発明家たちは雑誌の表紙を飾ることもあった。『WIRED』も過去にルービンを大きく取り上げている。

わたしが当時所属していたメディアでは17年にカンファレンスを開き、そこでルービンがEssentialが手がけたスマートフォンを発表した。わたしを含む出席者たちは、誰もが興奮させられると同時に興味を引かれたものだった。

この年にわたしはルービンを少なくとも2回は取材して新しい製品について議論を交わし、のちに記事化した。それほど衝撃的で革新的な製品だったのだ。取材の席でも、誰もが目の前に並んだピカピカの新製品にばかり気を取られていた。テーブルの向こうに座っている人たちが及ぼす影響力よりもである。

資本と製品との関係

当時はまだ資本と報酬の関係性が曖昧なままで、資本と製品との関係についてはなおさらだった。シリコンヴァレーのキャンパスやハリウッド、政界、学会など、閉ざされた扉の向こう側で働いていた力学は、まだ隠喩的な意味での「オープンな職場」にはなっていなかったのである。

このころは「#MeToo」運動も広まっていなかった。資金の出どころと、わたしたちの脳に注がれているアイデアに影響を及ぼす力との間には、常に関連性があったわけではなかった。

消費者向けテクノロジー製品の場合、企業が見事なマーケティング活動やデジタルプロモーションを通じて伝えたいのは、「これは買ったほうがいい」というシンプルな考えだ。この分野で活動するライターとして、わたしは人々が時間とコストを投じて製品を買うべきかどうかという単純な疑問に答えようとしている。しかし、大量の情報が指先ひとつで手に入る時代に、単純に「イエス」か「ノー」かだけでは答えを出せなくなってしまった。

例えば、アマゾンのAlexaに対応したホームセキュリティ製品「Ring」シリーズについて、警察の監視ツールとしての役割を切り離して考えるのは、ほぼ不可能といえる。アマゾンの「プライムデー」のような大セールと、同社の物流部門で働く人々が受けている重圧とを切り離すのも難しい。地球環境への影響も同様だろう。

フェイスブックはAR機能をもつ家庭用コミュニケーション端末「Portal」を開発しているが、それを自宅に置いたときに一緒に暮らしている人はどう受け止めるのか。それは同社のプライヴァシーポリシーや政治の世界での役割に加えて、個人データの収集に関する同社の見解をどう考えているかで決まるだろう。

アップルは先進的で完璧な工業デザインをアピールしているが、それは同社が製品をユーザーが自分で修理できない構造にしたおかげだ。そして、ユーザーをアップルのエコシステムに閉じ込めようとしているからでもある。

開発した人物や背後にある権力の存在

権力を濫用した疑惑に関する報道があるなかで、アンディ・ルービンのEssentialは新しい携帯電話を生み出した。『WIRED』US版としても、いつかは端末について記事にするかもしれない。

だが消費者は結局のところ、それを本当に買いたいのか、使いたいのか、自分の意思で決めることだろう。その会社を誰がつくったのか、その人物の評判がどうなのかなど、製品そのもの以外の要素など気にしないかもしれない。新しい製品にまつわる“注意事項”など、時間とともに変化し、進化していくかもしれない。

だが、その“注意事項”はリアルな出来事である。そして、その製品や美しい包装を見るたびに、それを開発した人物や背後にある権力について、もはや考えずにいられなくなっているのだ。