<非正規・若年層の孤独死>遺体の一部を犬に食べられた痕跡、42歳女性の最期
年間3万人と言われる孤独死──。30代、40代など、働きざかりともいえる若年者の孤独死も決して少なくない。なぜ、働き盛りの40代が孤独死してしまうのか。2つのケースを追った。(ノンフィクション・ライター 菅野久美子)
【写真】赤黒い体液があふれる浴槽…写真で見せられない孤独死現場のミニチュア
寂しさの行き場をペットに求め……
愛犬たちに囲まれて孤独死
それは、ある年の夏も終わる9月の末のこと。その日、(一社)日本遺品整理協会の理事、上東丙唆祥(じょうとうひさよし)さんは、ある女性から連絡を受けた。姉が孤独死したので、マンションの部屋を片づけてほしいという。
「くれぐれも部屋の中を見て驚かないでください」と女性は動揺した表情を浮かべながら、思いつめたように上東さんに告げた。
孤独死は通常、激しい死臭が周囲に漂っているケースが多い。近隣住民からの苦情などの場合、部屋のドアや換気扇の隙間から漏れ出た、強烈なにおいがマンションのフロア全体に充満していることがほとんどだ。しかし、この物件の前に立ってもそんなにおいとは違って、獣のようなにおいが、ドアの隙間からにおってきた。
妹によると、亡くなったのは、42歳の女性で派遣の事務職をしていたという。姉と生活をともにしたのは幼少期だけで、その後はずっと疎遠になっていた。
長期の海外旅行中にたまたま愛犬を女性に預かってもらっていた近所の人が、帰宅後、女性に電話をしてもつながらないことから、警察に通報。
警察が部屋に突入すると、女性の遺体はすでに一部が白骨化していた。夏場は特に遺体の腐敗の進行が早い。女性の妹によると、部屋の中には犬が3匹、遺体の傍らを走り回っていたという。
中でも、唯一の女性の愛犬である大型犬だけはやせ衰えて、亡くなった飼い主のそばにピッタリと寄り添い、餓死寸前だったという。警察によると、痛ましいことに遺体の一部を犬に食べられた痕跡もあったらしい。
ドアを開けると、上東さんの予想どおり糞や尿などのすさまじいアンモニア臭が部屋中に充満し、床中には犬たちのものと思われる、乾いて水分を失った大量の糞がコロコロと転がっていた。
女性が亡くなったのはベッドだったが、死臭はほとんどなく、体液もわからなかった。あまりに遺体が長期間放置されすぎて、体液も乾いてしまっていたからだ。そのため、死因は不明だった。
このように、飼い主がペットとともに孤独死しているという例は決して少なくない。たいていは、飼い主亡き後、飢えと苦しみの中で壮絶な死を遂げる。また、食べ物がなくなってしまって、ペロペロと顔をなめているうちに、ガブリと食いついてしまうこともある。なんとも悲しい現実だ。
上東さんは語る。
「犬たちは亡くなった飼い主が起き上がり、いつもの日常が送れることを待っていたと思うの。自分が着る洋服よりも愛犬に愛情を注いでいたのがわかる。人は寂しさの行き場を探し求めるものなの。きっと、それがこの女性にとってはペットだったんだろうね」
それを表すかのように、妹によると、見つかったガラケーには、犬の預け先や仕事場以外の人とのつながりを示す連絡先や写真は、一切なかった。
割り切った人間関係になりやすい
派遣社員という働き方
外行きの洋服は仕事用と思われるスーツだけ。唯一、犬の散歩用のラフな洋服がハンガーにかかっていた。遺影になりそうな写真が全く見つからないため、上東さんは、書き損じた履歴書に貼ってあった証明写真をかろうじて妹に手渡した。
女性の仕事は、数か月ごとに派遣先が変わる事務職だ。家族とも疎遠だったこともあり、会社が休みであるお盆の期間は、毎年ひとりで過ごしていたらしい。ただでさえ入れ替わりが激しい職場で、お盆明けに職場に出勤しなくても、女性の部屋を訪ねてくる人はいなかった。
上東さんは女性についてこう語る。
「数か月単位で職場は変わるし、たとえ職場の同僚と仲よくなっても、また別れが来るよね。だから、あまり職場の人とも深入りしない付き合いをしていたんじゃないかな。
ただ唯一、犬の散歩をしていれば近所の人と仲よくなることもある。たわいのないコミュニケーションでほほ笑み、一日が終わる。この女性はきっと心の優しい素敵な女性だったと想像するよ」
女性は就職氷河期の真っただ中で、派遣社員という働き方を選択せざるをえなかった可能性もある。
ニッセイ基礎研究所は、『長寿時代の孤立予防に関する総合研究〜孤立死3万人時代を迎えて〜』という研究結果から、【社会的孤立者の特徴(傾向)】を割り出している。その中に、働き方として、「割り切り」「仕事優先」志向の人が挙げられている。
この女性のように数か月ごとに派遣先が変わる流動的な職場だと、人間関係が希薄になり、その場その場での割り切った人間関係になりやすく、濃密な関係を築くのは困難になるのだ。女性の孤独死は、決して「自己責任」とは言えないだろう。働き方によって、誰もが「社会的孤立」に陥ってしまうという私たちの社会が抱える普遍的な課題を突きつけているのではないだろうか。
会社経営に失敗してアルコール依存症に
ユニットバスの中で孤独死
10年以上にわたって原状回復工事を手がける武蔵シンクタンクの塩田卓也さんも、数多くの40代の孤独死現場に遭遇しているひとりだ。この日は、電話があったのはある賃貸アパートの大家からだった。
入居者である40代男性が、ユニットバスの中で孤独死。ユニットバスから流れ出た水が下の階の部屋に漏水してすさまじいにおいを放っているので何とかしてほしいとの電話だった。
現場に行くとユニットバスの排水溝は、髪の毛が詰まっていて水が流れなくなり、ユニットバスから水があふれ出ていた。下の階には、住民が住んでおらず発見が遅れたのだという。
ユニットバスの床には、未開封の焼酎が何本も放置されていた。部屋の中は、どこかしこもお酒の缶であふれていて、典型的なゴミ屋敷だった。男性は、何枚ものカーテンを安全ピンでとめてあり、外の太陽光を遮断して、ひきこもっていたようだった。
塩田さんは現場の様子をこう語る。
「故人様は、会社経営で失敗したみたいです。抗酒薬などがありましたが、部屋の状況から察するに、アルコール依存症でしょう。大家さんは70代の女性だったのですが、若いころに息子を亡くしており、今回の孤独死も同じ年代の男性ということで、ショックを隠し切れない状況でしたね。数多く孤独死現場を経験していますが、下の階への汚染がすさまじく、衝撃的な現場でした」
男性の遺品の中には、サラ金の金銭消費貸借契約書や借金支払いの督促状などがあり、借金を繰り返し、なんとか食いつないでいたらしい。
自殺未遂を繰り返していたのか、血のついたカッターナイフ、練炭などが部屋にはあった。飾ってあった写真からは、過去に高級車を乗り回していたものもあり、商売がうまくいっていた時期もあったと思われた。
大家の女性によると、火災報知器などの交換時期に何回か部屋を訪問したが、いつも応答はなかったという。
孤独死現場の施工はこれまでにないほどに大がかりとなり、結局、腐敗臭がおさまった段階で、建物そのものを取り壊さざるをえなくなった。ユニットバスから漏れた体液や水漏れで、建物も大きなダメージを受けたので、もはや修繕する気もないと大家は肩を落としたという。このように、孤独死は物件そのものへのダメージも大きくなってしまうという辛酸な現実もある。
社会的孤立がより深刻なのは
高齢者よりも現役世代
孤独死現場を長年取材していると、孤独死する人は何らかの「躓(つまず)き」を抱えていると感じることが多い。
働き盛りである40代の孤独死の事例は、それぞれ属性も性別も全く異なるものの、一度社会からドロップアウトすると、周囲の人間関係から孤立し、そこから這い上がるのはかなりの困難であるという日本の歪(いびつ)な社会構造が見えてくる。それは孤独死という最終形態となって浮かび上がってくる。
特に30代、40代の孤独死は高齢者と違って、発見されづらく、遺体も深刻な状態になっていることが多い。働いているから安全というわけでもなく、ふとした人生の躓きは、誰の身にもでも起こりえるのだ。
先ほどのニッセイ基礎研究所の研究結果によると、社会的孤立がより深刻なのは高齢者よりも、ゆとり世代や団塊ジュニアなどの現役世代だ。
孤独死の前段階ともいえる孤独や孤立は、他国でも大きな社会問題となっており、イギリスでは、2018年に孤独担当大臣を設置するなどして国家ぐるみの対策を行うことで、めざましい効果を上げているという。日本でも、国が孤独死の実態をまずは把握し、手当てをするところから始めてほしいと思う。
<プロフィール>
菅野久美子(かんの・くみこ)
1982年、宮崎県生まれ。ノンフィクション・ライター。著書に『大島てるが案内人 事故物件めぐりをしてきました』(彩図社)、『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』(双葉社)などがある。最新刊は『超孤独死社会 特殊清掃現場をたどる』(毎日新聞出版)。また、さまざまなウェブ媒体で、孤独死や男女の性にまつわる多数の記事を執筆している。