6月14日にコパ・アメリカ(南米選手権)の開幕を控えたブラジルで、国民の多くから嫌われ、憎悪に近い感情を向けられる男がいる。ブラジル代表(セレソン)のエース、ネイマール(パリ・サンジェルマン)である。


ブラジル代表合宿中のネイマールと新主将ダニエウ・アウベス

 その最大の理由は、昨年のロシアW杯で期待を裏切り、セレソンを優勝に導けなかったことにある。タックルを受けた際の大袈裟な痛がりようや頻繁なダイビングも、「実に見苦しい。ブラジルの恥」と糾弾された。

 W杯前は、国民的英雄にして人気者だった。それが、一気に「大衆の敵」へ転落……。だがそこには、プレー面以外の伏線があった。自身のインスタグラムで、プライベートジェット、ヘリコプター、大型ヨット、豪邸、有名女優らとの派手な交際などを見せびらかし、つましい生活を送る人々の反感を買っていた。

 スター選手がどれだけ多額の報酬を手にしようと、それに見合うプレーをしている限り、大きな不満は出ない。しかし、自らの責任を果たさず、とりわけ国民の最大の誇りであるセレソンで期待された結果を残すことができなければ、人々の潜在的な反感に火が付き、炎上するのだ。

 ネイマールは2017年8月、バルセロナでリオネル・メッシの影に隠れるのを嫌い、金銭的なメリットも追及してパリSGへ移籍した。そもそもこれが大失敗だった。移籍してすぐにウルグアイ代表FWエディンソン・カバーニらと衝突してチームの輪を乱し、地元メディアから批判された。しかも、自らのプレーによってチームをチャンピオンズリーグで躍進させることができなかった。2018年2月には右足首を骨折し、長期の治療とリハビリを行なってロシアW杯を迎えたが、ベスト・コンディションには程遠く、本来のプレーができなかった。

 W杯後、チッチ監督が留任すると、最初にやったのはネイマールを主将に指名することだった。そこには、世界中から非難され、失笑されて、失意の底に沈んでいたネイマールを励まし、助け起こそうとする意味があった(ただし、このときも反対意見が多かった)。

 その後、ネイマールは今年1月に右足首を骨折。4月下旬にはクラブの試合に復帰したが、フランスカップ決勝でレンヌに敗れると、試合後、相手チームのファンの頭を小突いて処罰を受けた。ブラジルメディアからは、「27歳にもなって、まだ”甘やかされた男の子”のまま。こんな未熟な男がセレソンの主将であってはならない」という声が噴出し、「コパ・アメリカへ招集すべきでない」という意見まであった。

 5月17日、チッチ監督はコパ・アメリカに出場する23選手を発表した。そこにはネイマールも含まれていたが、「引き続きネイマールに主将を任せるのか」という質問には、「彼は過ちを犯した。まず、本人と話をする」とだけ答えた。

 そして、5月25日にネイマールが代表合宿に加わると、すぐに彼と面談。27日、ブラジルサッカー連盟は「今後、代表チームの主将は右SBダニエウ・アウベス(パリSG)が務める」と発表した。

 表向きは「主将の交替」だが、チッチ監督はネイマールを主将失格とみなし、キャプテンマークを取り上げたのである。

 これについて、ネイマール本人は沈黙を守っている。しかし、昨年のW杯後、主将に指名されて「とても光栄」と大喜びしていたことを思うと、落胆しているのは間違いない。

 さらに6月1日、今度はネイマールがブラジル人女性から強姦容疑で訴えられているという衝撃的なニュースが飛び込んできた。

 報道によれば、ネイマールはインスタグラムで知り合った女性を5月中旬、パリへ呼び寄せ、女性が宿泊するパリ市内のホテルを訪問。その際、「合意がないまま性行為を強要させられた」というのが女性側の主張で、帰国後、女性はサンパウロの警察に訴えた。

 これに対してネイマールの父親は「息子が女性と関係を持ったのは事実だが、合意の上だった」と反論。さらに、「女性の弁護士と名乗る人物から、警察に訴えない代わりに金を払えとゆすられた」と明らかにした。ネイマール本人も、自身のインスタグラムで無実を訴えている。

 この原稿を書いている時点で事実関係は不明だ。だが、ネイマールが不用意な行動を取ったことは否定できまい。

 今回のコパ・アメリカネイマールが再び国民の期待を裏切るようなら、「ネイマール不要論」が噴出するのはまちがいない。それ以前に、現時点ではネイマールコパ・アメリカに出場できるかどうかさえ定かでない。

 仮に出場できたら、ネイマールにとって、これが国民からの信頼を回復する最後のチャンスになるだろう。そしてセレソンにとっても、エースが復活するかどうかは、来年3月に始まる2022年W杯の南米予選、さらには本大会の結果を大きく左右する重要なポイントになる。

 いまブラジル国民は、ネイマールの一挙手一投足を、いつにもまして懐疑的な目で見守っている。