貴重な人材に辞められないために、会社がすべきデータ運用の仕方とは?(写真:CORA/PIXTA)

日本企業が、重要な意思決定をする際に「データ活用」を意識し始めたのはいつ頃でしょうか?

ビックデータという言葉が経済ニュースなどによく登場するようになったのは2013年ごろ。ほどなくしてデータ分析をするデータサイエンティストが最もセクシーな職業といわれ、データ活用の注目度が急激に高まりました。意思決定に重要なものという認識が広まったのも、このあたりであったかもしれません。


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それから6年ほど経過した現在、経営戦略やマーケティングにデータを活用する=データドリブン型の取り組みが増えつつあります。そんな、会社経営に変化をもたらしつつあるデータ活用が、人事の世界でも可能か? 昨今、経営課題として頭を抱える会社も多い「退職率の上昇」をデータを活用することで下げることはできるか? みなさんと考えてみたいと思います。

退職者の増加に悲鳴を上げる経営者

人手不足が慢性化する中、退職者の増加に悲鳴を上げる会社が増えています。筆者がコンサルティングの仕事で関わった介護会社では、退職率の上昇が続いていました。苦労して採用、育成した人材がどんどん流出する状況に、

「器の底に大きな穴が開いたままで、人材を採用しているかもしれない。このままでは採用コストが肥大化して、経営が立ち行かなくなるかもしれない」

と、経営者は悩みを打ち明けてくれました。

このように退職者の増加が、経営に大きなインパクトを与えている会社はたくさんあります。2017年の上半期に行われた厚生労働省の調査によれば、日本の退職率の平均は8.5%。「宿泊業、飲食サービス業」「生活関連サービス業、娯楽業」「教育、学習支援業」は、退職率が平均を上回る高い傾向にあるといわれています。

効果的な施策を打って、退職率を下げたいというのが、多くの企業の本音でしょう。そのためには辞めた人たちの退職理由をしっかりと分析し、対策をとることが必要となります。

中には「給料を大幅に上げてくれないと生活できない」など、企業として対応がなかなか難しい内容のものもありますが、十分対応が可能だったということも多くあります。

例えば、上司と部下の関係にストレスを感じることが長く続き、悩んだ末、相談相手が見つからず退職したという社員の方に話を聞きました。

それまで、性格的におおらかな上司の下で一定の成果を出していましたが、異動した職場の上司は相当なマイクロマネジメントをするタイプ。これまでは指摘されなかったような細かな指導ぶりが、どうしても合わなかったようです。業績は下がり、欠勤が増えていき、退職に至りました。退職後に「職場環境が変われば、彼は辞めなかったかも」と残念がる同僚がたくさんいたようです。周囲から見て、退職を避けられたケースなのでは、と感じられたのでしょう。

退職する人は、その気持ちを表すシグナルを周囲に示すものといわれます。シグナルを見つけて、辞めたい理由を聞き出せたなら、対策を打って、辞めない状況が生まれることもあります。

例えば、前述のケースの場合であれば、上司に対応を変えてもらうことで、部下のストレスが緩和されるかもしれません。上司はまさか自分の言動が部下を追い詰めているとはまったく気づいていないだけかもしれないのです。

大事なことは、退職のシグナルを見逃さないことですが、俗人的な経験値や勘頼みでは難しいでしょう。見落とす可能性が大きいですし、見つけ出すのも容易ではありません。

過去のデータから「イエローカード」を探す

そこで進んでいるのが、過去の退職者と同じような状況にある社員をデータから導き出すことでシグナルを少しでも見つけようという取り組みです。

例えば、適性やマネジメントスタイルに基づいた上司・部下の組み合わせとか、業務報告書におけるネガティブコメントや欠勤状況などから「辞めたい」と感じている気配をデータから発見(仮にイエローカードと呼びましょう)できるとしたらどうか? 対策を打つことで退職率を下げることは可能になるかもしれません。

ただ、“イエローカード”を探すために必要なデータの整備が十分かというと、まだ不十分な会社のほうが多く、取り組みが進んでいる会社はごくわずかなのが実情です。

イエローカードを探すためには過去の退職者情報に基づいて、その特徴に近い行動や情報を持つ社員が誰か?といった因果関係を探ることができるデータの蓄積が必要です。例えば、入社したときの適性テストや過去の人事評価、本人のキャリアプラン、受講した研修プログラム、自己申告アンケートなどが、それに当たります。

ところがそうした社員のデータが残っていなかったり、データはあるものの散在しているという会社が大半です。つまり、活用できる形のデータが存在しないのです。

そのため、現状ではデータではなくKKD(勘、経験、度胸)頼みで、手が打たれている傾向があります。筆者は、人材コンサルティングの仕事をする中で、人事情報に関するデータの整備状況を確認することが頻繁にありますが、大企業でも社員情報は給与情報と異動の履歴だけ……という状況に何回も遭遇しました。システムで管理すると莫大なコストがかかるといった問題もあったと思いますが、いずれにせよ想像以上にデータはそろっていないのです。

ですから、退職率を下げるために、データからイエローカードを探し出すのはすぐにとはいかず、少し時間がかかるかもしれません。

データ管理のツールを企業がうまく使えるか

ただ、データ整備を加速させるきっかけとなりそうな環境は、整いつつあります。テレビCMやタクシー広告等でも見かける機会が増えたという方もいると思いますが、最新のテクノロジーを活用したHR(Human Resource)サービスが増加。さまざまな人事に関するデータを手軽なコストで管理できるクラウド型サービスも続々と登場しています。この流れに乗って、各社がデータの整備を加速させることを期待したいところです。

いったいどれだけイエローカードを導き出せるか。そのために、いちばん大事なものは何か? 矛盾しているように思えるかもしれませんが、それは、最終的には人間の経験と勘です。データから導き出された結果が、本当に因果関係にあるものなのか、最後の判断は人がするしかありません。

例えば、適性テストで絶対に相性が合わないと思われる上司と長く仕事をしていたとか、人事評価で低い評価を2回以上取っているなど、辞めたくなるよな……と思える状況と退職との因果関係が高いと感じられる場合。そうした仮説を立てたうえで眺めてみると、イエローカードを適切に探し出せる可能性は高まるはずです。

人間がデータからよりよい判断をするためには、日頃から注意深くデータと向き合い、日々の分析を積み重ねていく必要があります。データを整備したうえで、どのような組み合わせから精度の高いイエローカードが導き出せるか? 忍耐強く試行錯誤を続けていくことによって、そのシグナルを見逃さない確率は徐々に高まることでしょう。