「「食の未来」を昆虫食に託す前に、わたしたちが解決すべきこと」の写真・リンク付きの記事はこちら

世界では20億の人々が、少なくとも約2,000種類の昆虫を食用にしている[日本語版記事]。昆虫は環境に優しく、栄養価も高い。また、コオロギの飼料要求率(動物の体重を一定量増加させるために必要な飼料の重量)は豚や鶏の半分、牛の12分の1だ。

今後数十年、地球で90億の人類を養うことになるとすれば、昆虫は夕食にうってつけだ[日本語版記事]。国連だって同じことを言っている。

だが、ここで冷静になって現状を見てみよう。

実は未解明な点が多い昆虫食

コオロギや甲虫といった昆虫は、確かにプロテインなどの栄養素が豊富である。とはいえ、人類がすでに食べているそうした昆虫は野生で捕獲されたものが多く、消費量も比較的少ない。国連の予測のように昆虫食が大規模に普及する未来は、まだ来ていないのだ。

もちろん、工場方式で大量の昆虫を生産・生育し、出荷することは可能である。しかし、そのためには多くの飼料が必要になり、多くの排泄物も生じる。問題は昆虫学から倫理面まで幅広い。

「実のところ、われわれは昆虫食についてあまり理解できていないのです」と言うのは、ウプサラにあるスウェーデン農業科学大学の生態学者オーサ・ベルグレンである。ベルグレンは、昆虫ベースの料理がどれほど持続可能かものなのかを研究している。

「あまり理解できていない」と言われても困惑せざるを得ない。人類の食料システムの持続可能性は、すでに危機的状況に向かっているからだ。

ヴィーガン(完全菜食主義者)の人々は、待ってましたとばかりにこう言うだろう。人類が食べる動物性タンパク質を増産する世界的システムは破綻しているのだ、と。

現在の食用肉生産は非効率で問題も多い

人間は食肉用動物に与える飼料を育てるために、世界中の農地の77パーセントを使っている。それなのに、食肉用動物から得られるカロリーは全体の17パーセント程度しか占めていない。

また、家畜は地球温暖化の原因となる温室効果ガスの14.5パーセントを排出している。食用豚は世界的大流行を引き起こすインフルエンザウイルスの保菌動物になりうるし、養鶏は抗生物質耐性菌の増殖を促進する。そして食用豚から出る大量の排泄物は、米南部にハリケーンが到来するたびに脅威となっている。

とはいえ、こうした問題は動物性タンパク質それ自体の問題ではなく、スケールや資本主義の問題だ。そして未来に向けて昆虫を食料にする試みもまた、あらゆる面で産業化しつつある。ベルグレンによると、欧州にはすでに「昆虫を大量に飼育するための、まるで航空機の格納庫のように巨大な施設」を備えた国まであるという。

だからといって、昆虫産業が必ずしも大惨事につながるわけではない。この新しく活気のある昆虫ビジネスは、ひとつのチャンスといえる。

ベルグレンは言う。「まったく新たな動物で産業を始めるなら、もっとうまいやりかたを見つけられるはずです。いまわたしたちが知っていることや、最初からやり直す場合に変えられることを認識していれば、事態が悪化し続けることはありません」

土地は? 餌は? ふんの処理は?

ベルグレンと同僚は学術誌『Trends in Ecology and Evolution』に、いわば既存の見解への反論を展開する論文を発表した。多数の新企業が昆虫の大量生産を開始した場合に起こりうると「わかっていること」ではなく、「わかっていないこと」について論じた論文だ。

ある分析によると、食用昆虫は今後5年間で7億1,000万ドル(約787億円)の市場規模になるという。多様な種類の昆虫が、すりつぶされて粉末にされたり、プロテインバーやスナック菓子として売られたりするというのだ。ところが、こうした昆虫のすべてを育てる場合、思いがけない事態に対応するために、多くのスペースが必要になるだろう。

例えば、いま人間は地球上のかなりの部分の土地を使って植物を育てている。それを食肉用動物の餌とすることによって、人間はその動物を食べるられる仕組みだ。

昆虫なら、そうした動物よりも少ない餌でより大きなタンパク源となる。さらに(種にもよるが)昆虫は、動物に比べて食べられる部分が多い。キチン質の外骨格があっても、食べるには差し支えないのだ。

だがそうなると、生産性のある農地は人間のためではなく昆虫のための食物をつくる場所に変わらざるをえない。それなら人間は、何千種類もの食用昆虫のリストをスクロールして、早く育つ種を探すだろう。生存環境と餌を選ばない種が望ましい。

さらに理想的なのは、人間が食べないもの、あるいは食べられないものを餌とする昆虫である。そのような昆虫を養殖すれば、人間が食べる動物の餌を育てるためでなく、人間の食物を育てるために土地を使える。

また、この問題と表裏一体の諸問題、すなわち昆虫が出す途方もない量の排泄物が具体的にどれくらいなのか、その中に何が含まれているのか、それをどのように利用するのかといった問題を解明できれば素晴らしい。

大量生産する前に考えるべき持続可能性の問題

昆虫食の持続可能性について考えている人はごく少ない。われわれの食料生産に関するいつもの思考パターンどおりだ。

ジョンズ・ホプキンス大学公衆衛生大学院の食料システム政策プログラムを率いるボブ・マーティンは次のように語る。「昆虫がタンパク質と栄養素の問題に対する確実な解決策になると考えられていますが、ほかの問題に対してはどうでしょうか?」

諸問題は、かつては養鶏場、最近では抗生物質を使った巨大な養殖場をつくりはじめた水産養殖業で起きているとマーティンは言う。もちろん、昆虫や魚の養殖に取り組んでいる企業たちがこうした問題の一部に対する解決策を用意している可能性はある。ただ、それを世に出していないだけかもしれない。

コオロギの大量生産の“副産物”の効能

例えば、テキサス州にあるアスパイア・フード・グループはコオロギやその粉末をつくっており、コオロギから出る「フラス(コオロギの糞粒)」をすべて農家に販売している。フラスを土壌改良剤として使えるからだ。

アスパイアの共同創業者兼最高執行責任者(COO)のゲイブ・モットいわく、フラスに含まれる窒素、リン、カリウムの割合は、既存の肥料より多いわけではない。それでも、フラスを使うと植物の成長率が上がると考える人もいる。その点について、公表されている著作物でははっきりとしたことはわからない。

ちなみに、コオロギ生産ではフラス以外の廃棄物も出る。ただし、アスパイアが扱っている規模では無視できるほどわずかな量にすぎないという。

とはいえ、コオロギが数千トン分にまで増えたらどうなるのか。「そこまで増えるずっと前に、コオロギを移す場所を確保したいですし、コオロギの農産物としての価値を意義のあるものにしたいのです」とモットは話す。

だが、コオロギが大量生産される日は、すぐそこまで来ている。モットは続ける。「ひとつのコンテナに約5,000匹から1万匹のコオロギを入れる予定で、数千個のコンテナを確保しました。これまでどの研究所もできなかった規模で研究ができます」。これは1日当たり100万匹のコオロギを加工処理する計算になる。

食糧問題は「食料配分」の問題でもある

誤解のないように言うと、世界に食料を行き渡らせるという問題は、食料の量ではなく、その配分の問題とも考えられる。米国人が摂取しているタンパク質の量を減らせば、食肉用動物の餌にする植物を育てるために使っていた土地で果物や野菜を育てられるだろう。

いまだに米国人は、世界平均よりも多量のタンパク質と脂肪分を摂取し、米国以外のあらゆる国や地域の人々の2〜3倍の量の赤身肉を食べている。国によっては(また米国内の貧困地域によっては)栄養失調が生じているにもかかわらず、このような消費がされているのである。

わたしたちが向かっていく未来とは、地球という列車の最も前方で全人類のわずか0.01パーセントの人々がステーキを食べているのに、列車の後方にいる貧しい人々には昆虫が原料の安価なプロテインをたくさん食べるように徹底させることでは決してない。

「わたしは昆虫が食料になると信じて前向きに考えています。ただ、昆虫食がたったひとつの単純な解決法ではないことを、みなさんに認識してもらえればと思います。1種類の昆虫を大量に育てれば、それですべてうまくいくとは考えないでほしいのです。世界と、それからわたしたちの食料システムは、そういう考え方よりもずっと複雑なのですから」とベルグレンは言う。

昆虫はひとつのチャンスである。地球の食料ネットワークをつくり直して、正常な状態になるところを想像してほしい。