旭川駅を通過する貨物列車。現在は北旭川貨物駅までの運転で、宗谷本線の大半の区間では、貨物列車は運転されていない(筆者撮影)

最近、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が、日本との平和条約締結を望む旨を発言し、北方領土問題と結び付けられて、話題に上るようになった。これまで隣国との関係と言えば、朝鮮半島や中国、台湾との間で語られがちで、ソ連時代は厚い政治的ベールに覆われていたためか、現在でも日本人のロシアに対する関心は、相対的に薄いように思われる。

返還を求めている北方4島のうち、最も北海道と近い歯舞群島の貝殻島との間は、わずか3.7kmの海峡を挟んでいるだけ。北海道とサハリンとの間の宗谷海峡の最狭部も約42kmにすぎない。これは対馬と朝鮮半島との間の対馬海峡西水道(朝鮮海峡)の約50kmより狭く、与那国島と台湾との間は100km余りもあることから、実はロシアが「いちばん近い隣国」なのである。

サハリンの鉄道で改軌が進捗

サハリンには「樺太」と呼ばれた日本統治時代に鉄道が敷設されている。歴史的な経緯により、軌間は日本の在来線と同じ1067mmであった。古くは国鉄と同じD51形蒸気機関車が使われており、JR東日本から中古のディーゼルカーが譲渡され、走っていたこともある。


東洋経済オンライン「鉄道最前線」は、鉄道にまつわるホットなニュースをタイムリーに配信! 記事一覧はこちら。

そのサハリンの鉄道を、ロシア本土と同じ1520mmに改軌する工事が進捗中だ。現地の報道によると、2019年夏に完成するもようである。

この工事は、ロシア本土とサハリンの間の間宮海峡に鉄道橋を架橋しようというロシア政府の計画とリンクしたもの。すべてが完成すると、ユーラシア大陸からの列車が、サハリンの南端にあるコルサコフ港まで、直接、到達できることになる。


天気が良い日は、宗谷岬付近からサハリンの島影を望むことができる(写真:ぴー / PIXTA)

この港は、ロシア極東地域では最大の「不凍港(冬季でも海面が氷結しない)」とされており、貨物輸送の面でロシアにとって、大きな利益をもたらすことが期待されている。

コルサコフは、日本統治時代には大泊と呼ばれており、稚内との間に「稚泊連絡船」が就航していた。もし、シベリア鉄道のように、モスクワ直通の列車がコルサコフまで運転されるのなら、現在は夏季だけ運行している稚内―コルサコフ間の航路が拡充され、サハリンを経由してのヨーロッパ鉄道旅行が実現するかもしれない。

しかし、ロシアが「サハリン直通」にこだわるのは、当然ながら貨物輸送をにらんでのことだ。極東の開発はもちろんのこと、その視線の先には日本があることは間違いない。

2018年4月に石井啓一国土交通相と会談したロシアのマクシム・ソロコフ運輸相は、サハリンと北海道を結ぶ鉄道建設案の具体化を望むと発言した。

宗谷海峡への海底トンネル建設案は浮かんでは消えているが、ロシアのほうは一貫して積極的であると見ていいだろう。それに対し日本側の対応は、あまりはかばかしいものではない。

日本と欧州が鉄道で結ばれる?

ただ、もし実現すれば、日本とロシア、ひいてはヨーロッパが鉄道でつながるのである。その効果は計り知れないものがある。現在、航空路を除けば、日本とヨーロッパを結ぶ貨物輸送は、どこかで必ず海路を用いなければならない。


宗谷本線の終点であり、日本最北端の駅でもある稚内(筆者撮影)

到達日数や貨物運賃のことを考えると鉄道がいちばん有利なのだが、島国の宿命で、少なくとも中国沿岸の港までは船便で貨物を運び、鉄道に積み替える必要がある。

この記事を執筆している最中に、韓国と北朝鮮との間の鉄道が再び結ばれ、試運転列車が韓国側から北朝鮮へと乗り入れたというニュースが報じられた。

この朝鮮半島ルートが開通すれば、海路を用いる区間は日本の各港と釜山の間だけになり、所要時間は大幅に短縮される。だが、やはりまだ政治的な安定が完全には担保されていないルートであり、活用されるのは先の話となるだろう。

そう考えてみると、これも「先の話」ではあるが、サハリン経由のルートが確立されることが、日本の経済にとって最も利が大きいのではあるまいか。日本の鉄道が隣国の鉄道と接続されるチャンスは、宗谷海峡をおいてほかにないのだ。

もし、サハリン経由の鉄道ルートが開通したとすれば、もちろん日本側のアクセス路線は宗谷本線となる。他の在来線と同じく1067mm軌間であるから、ロシアとの間で貨車は直通できず、貨物(コンテナ)の積み替えか、異なる軌間でも直通できる軌間可変型車両を用いるといった対応を要する。

けれども、ヨーロッパの主要国(1435mm)と旧ソ連圏(1520mm)の間にも軌間の違いがあり、ポーランド―ウクライナ間では「SUW2000」と呼ばれる、軌間可変型貨車が用いられている。

一般的には、軌間の違いは台車を交換することで対応される。ただ、ロシア、モンゴル、カザフスタン(いずれも1520mm)と中国(1435mm)との間にも軌間の違いがあり、路線として接続はしていても、やはり台車の交換などが必要だ。

それを考えると、ヨーロッパ―ロシアなど―中国―海路より、たとえ積み替えなどが必要であっても、中国を経由せず、直接、日本の国内各地へ向かえるのなら、メリットは多いはずだ。「宗谷ランドブリッジ」の構築である。

宗谷海峡トンネルの建設は、津軽海峡トンネルより技術的にはやさしいと言われる。しかし、長い工事期間がかかることは明白だ。


かつて、稚泊航路が発着していた桟橋への通路として整備された稚内港の北防波堤ドーム(筆者撮影)

ならば、かつての青函連絡船のように、稚内―コルサコフ間に鉄道連絡船を就航させるのも手だろう。稚泊連絡船の復活だ。日本側からは1067mm軌間の貨車を連絡船に積んで航走。コルサコフに建設する施設でコンテナの積み替えを行えば、トンネル完成までの「つなぎ」になる……と、夢は広がる。

国家的見地で考えるべき宗谷本線

ところが日本では、利用客の減少による経営悪化を理由に、宗谷本線の名寄―稚内間の存続が危ぶまれる状況になっている。


宗谷本線を走る特急列車。通常は4両と編成も短い(筆者撮影)

確かに、現状の札幌・旭川―稚内間の特急3往復と、数往復の普通列車、北旭川までの貨物列車だけでは、大量輸送に利点がある鉄道の特質を生かしているとは言いがたい。

しかし、もしサハリンとの連絡が成れば国家的な利点がある鉄道を、一地域内だけの判断で廃止する、しないと決めてよいものだろうか。ロシアが「その気」になっているのに、日本側では結ばれるはずの鉄道を軽々しく廃止してよいはずがない。大げさに言えば、日ロ間の経済関係の構築に対する、本気度が問われるかもしれない。

これは、北方領土への玄関口、根室へ通じる花咲線(根室本線の釧路―根室間)にも、同じようなことが言えるだろう。北方4島への経済投資をうたう一方で、根元の鉄道を廃止しようという動きを見せているのでは、返還交渉への影響も心配される。千島列島に鉄道があるわけではないが、大量の物資を陸上輸送するなら鉄道に勝るものはない。

こういう路線は、北海道や沿線自治体とJR北海道の間の問題ではなく、国家的な見地からの国際戦略に基づいて維持整備を行うべきではあるまいか。

ヨーロッパからの貨物を載せた貨車が走るとなると、宗谷本線は廃止どころか軌道強化を行い、強力な機関車も用意して、重量級の貨物列車に対応させる必要も出てくるだろう。そうなると、もちろん地方自治体の手に負える話ではなくなる。