ロンドン・ヒースロー空港にて、日本航空(JAL)の副操縦士から基準を超える血中アルコール濃度が検出され、現地警察に拘束される事案が発生。急成長の裏で空の安全に疑問符が付いている(撮影:尾形文繁)

「私自身、今回の事実に大変ショックを受けた」

ロンドン発・東京羽田行きの便に乗務する予定だった日本航空(JAL)の副操縦士から、乗務直前に過剰な血中アルコール濃度が検出され、現地で逮捕された事件について、同社は11月16日に記者会見を開いた。

今年4月に就任したばかりの赤坂祐二社長は、航空会社の安全を支える整備部門出身。社内でも特に安全に対して厳しいと評される。堅い表情で報道陣の質問に答える中、冒頭の一言を漏らした赤坂氏の表情はどこか悲しみを帯びていた。

アルコール検査をすり抜けてしまった

当該パイロット(A氏)は10月28日、現地時間19時00分発、日本時間15時55分到着予定のJL44便に副操縦士として乗務する予定だった。A氏は英国の法令に定められた基準値(1リットル当たり200ミリグラム)の9倍超という血中アルコール濃度であったにもかかわらず、JALが社内で規定するアルコール濃度検査をすり抜けて、一時は機内に乗り込んだ。

JALの調査によれば、ホテルのチェックアウトから搭乗までに、ともに乗務する予定だった機長2名を含む計13名が接触したが、A氏の飲酒に気づいたのはたった1名。しかも空港までA氏らを送迎したバスの運転手だった。アルコール臭に気づいた運転手が、空港のセキュリティスタッフに伝えていなければ、A氏は酒気帯び状態で予定通り乗務していたことになる。


JALの赤坂祐二社長と進俊則・取締役運航本部長が11月16日に記者会見を開き、謝罪した(記者撮影)

結果的にA氏はセキュリティスタッフによって現地警察に通報され、その後逮捕された。この影響で当該便は1時間9分の遅延の後、羽田に向けて飛び立った。現在、A氏は法令違反でイギリス警察に拘留されており、11月29日に現地で判決が言い渡されるという。拘留直前にJAL関係者から正しい手はずで検査を行ったかと問われたA氏は、「申し訳ありません」と返すのみだったという。

JALによれば、今回の事件を受けて航空券販売への影響は、搭乗率やキャンセル状況を見る限り出ていないという。とはいえ、経営陣は事態を重く受け止め、赤坂社長が20%、運航本部長の進俊則取締役が10%の役員報酬を1ヶ月返上する。

最新型のアルコール検知器はすでに国内空港には配備されていたが、海外空港での導入は1年以上も遅れていた。今後は速やかな配備を進めたうえで、検査時に地上スタッフが立ち会うことを義務づけ、従来は乗務開始の12時間前までとしていた飲酒を24時間前までへと厳格化する。

赤坂社長は事件発生後に社員に宛てたメールで、「アルコールに起因する案件がたびたび発生していたにもかかわらず、これを防ぐ体制をスピーディーに構築できなかったことは、私をはじめ経営の責任だ」と述べている。

なぜ、徹底した安全教育を受けているはずのパイロットが、このような事態を引き起こしてしまったのか。理由の一つには、JALのパイロットを取り巻く環境の変化が挙げられる。

パイロットの労働環境が過酷に

自身もパイロット出身の進氏は、「私が現役だった破綻前に比べると、フライトのペースはかなり忙しくなっている。それが影響したかもしれない」と語る。JALは2010年の破綻を経て経営改革を断行し、業績を急ピッチで回復させてきた。近年は路線拡大も目立っており、そのしわ寄せが現場のパイロットに来た可能性は否めない。


JALの進俊則・運航本部長はパイロットの負担が増していることを認める(記者撮影)

さらに、ストレス管理教育が不足していたと指摘するのが、元JALのパイロットで航空評論家の小林宏之氏だ。「健康・ストレス管理の訓練を定期的にやるようにと提言しているが、なかなか実現していない」(小林氏)。JALの進氏は「フライト自体にストレスを感じるかというと、それは乗員として当然のこと」という。だが小林氏は、「離着陸だけでなく、どんなトラブルがあっても対応するという意味で想像以上にストレスの多い仕事」と強調する。

逮捕されたA氏個人のパイロットとしての自覚が欠如していたことも明白であり、JALも報告書で「規定順守の意識やアルコールの影響に関する認識・知識が不足していた」と結論づけた。

A氏はセキュリティスタッフに呼び出された際に「酒は飲んでいない」と大声で叫んだというが、同氏を知るJAL関係者は、「普段は暴れるような人ではなかった」と明かす。小林氏も「個人の問題にしてしまうとほとんど解決できない。国も企業も意識が甘かった」とする。

10月下旬には、ANAホールディングス傘下のANAウイングスでも、社内規定の乗務12時間前以降に飲酒したパイロットが体調不良を訴え、沖縄の離島路線で乗務予定だった5便がそれぞれ1時間弱遅延する事案が発生した。


ANAホールディングスの片野坂真哉社長も、JALと同じ11月16日に記者会見を開き、アルコール教育の徹底を強調した(記者撮影)

ANAHDの片野坂真哉社長は「運航にかかわる者のアルコール教育を一層徹底する」とし、JALと同日に開いた記者会見で陳謝。航空機だけでなく、「人の安全・点検にもしっかりと取り組みたい」と話した。ANAは全パイロットに携帯型呼気検査機を貸与するなど、自己管理の徹底と検査体制の強化を進めるという。

JALやANAだけの問題ではない。前出の小林氏は、「大手は交代要員がいるが、(人員に余裕がない)LCC(格安航空会社)で同じことが起これば即欠航となってしまう。JALやANA以外を厳しく見る必要がある」と指摘する。

国も対策に動き出した

国土交通省は事態を重く見て、「航空従事者の飲酒基準に関する検討会」を設置。有識者を集め、海外の運航乗務員の飲酒関連基準を参考にし、飲酒に関する基準の検討を進める。

JALの赤坂社長は会見で、JAL社内の「飲みニケーション」文化について、「(これまでは)世代間のコミュニケーション手段として、(お酒を)是としているところはあった。公共交通機関の一員として、これについても考え直さなくてはならない」と言及した。


JALの赤坂祐二社長は「飲みニケーション」の文化を考え直す必要があると語った(記者撮影)

空港で地上業務をこなすグループ社員の反応は冷ややかだ。「パイロットはこうした事態が起こっても、世間から直接反応を受けない。だが、われわれグループ会社の地上職員は、ほとんどかかわりのないパイロットの失態、それに伴う遅延についてお客様からクレームをぶつけられる」。「自覚が感じられないし、会社の看板として情けない」(ともにJALグループ関係者)。

航空評論家の小林氏は、「パイロットは飛行機をコントロールする前に、自分をコントロールすることが重要」と強調する。JALをはじめとする航空業界は、信頼を取り戻していけるか。成長と安全の狭間で、難しい舵取りが求められる。