2012年にロンドンへ導入された新型ハイブリッドバス「ニュー・バス・フォー・ロンドン」(筆者撮影)

ロンドンの象徴的なアイコンの筆頭として挙げられる「赤い2階建てバス」。クラシカルな電話ボックスや近衛兵さんの格好、そして郵便ポストなど、イギリスの特徴あるアイテムには赤色が使われていることが多い。

ではなぜロンドンバスが赤色に塗られることになったのか、その秘密を追ってみることにしよう。

馬車の時代から赤が基調

ロンドンの公共交通の歴史は、19世紀の馬車の時代に遡る。人々の移動の需要が高まってきた当時、馬が客車(キャリッジ)を引く乗り物が使われるようになった。今でいうトラム(路面電車)の動力としてモーターの代わり馬が引く「馬車鉄道」の他、レールのない道路を馬が引っ張る乗り物があちこちで走っていた。2階建てになった経緯は、少しでもたくさんの人を乗せたいからと屋根にも立てるような構造にしたものの、やがて2階部分にもしっかり屋根が付いて今のような形となるに至った。


東洋経済オンライン「鉄道最前線」は、鉄道にまつわるホットなニュースをタイムリーに配信! 記事一覧はこちら。

さらに歴史をひもとくと、自動車になる前の公共馬車は1907年にはすでに車体は赤色に塗られていたという。この頃、複数のバス会社がいろいろな色に塗った車体をロンドン市内に投入したとされるが、当時の文献をさらに読んでみると、赤色基調の塗装でバスを走らせていたロンドン・ゼネラル・オムニバス・カンパニー(LGOC)という会社が市内の競合を次々と買収、ひと頃はロンドンで有数のバス会社として圧倒的なシェアを誇った。その後、1933年にロンドン交通局が成立した時にはほとんどのバスが赤色だったため、それが現在まで引き継がれる格好となっている。

あの車からは距離を取ること、なぜならまだテスト中だから――。周りの運転手たちに注意を促すため、ドイツから輸入された最も初期のテスト用のバスは車体が真っ赤に塗られていたという。

このバスはドイツ語の“Rotmeisters”と呼ばれていた。これを聞いた英国人たちにより、その後英語っぽい発音である“Routemaster(ルートマスター)”という名前で親しまれることになった。色はドイツ製の見本の赤色がそのままその後も使われ続け、一方のルートマスターはその後生まれた2階建てバス車両の代名詞となる。

バスが塗られている赤色は公式に色番が決まっており「パントン(Pantone)485C」と呼ばれる色となっている。ちなみに色の混ぜ合わせは、RGB(赤緑青)では218/41/28、四色分解のCMYKでは0/98/100/0となる。


第一次大戦中に走っていたバス。2階部分に立って乗れるが屋根はない(2014年6月催行のバス展示イベントにて、筆者撮影)

ロンドンバス以外に「パントン485C」がどんなものに使われているかと調べてみた。同様の赤で塗られている最も親しまれているものは「郵便ポスト」だろう。一方、電話ボックスの色構成を調べるとバスの赤とは若干異なり、赤色と黄色が薄めとなっている。

しかし、「ロンドンバス=赤い」という定説は徐々に揺らいでいる。そもそも屋根は真っ白に塗られている他、側面には広告があり、実際に赤色部分は車体全体の30%強だという。

さらに最近では「フルラッピング広告」が頻繁に行われている。外から見るとこれっぽっちも赤い部分がない「真っ赤なはずのロンドンバス」があちこちに走っている。

パトカーは赤くも白くもない

「周りから見て『バスだ』と目立たせたいから赤にした」という経緯がある中、英国の公共サービスに使われる車が何でもかんでも赤色をしているか、といえばそうでもない。消防車こそ赤色だが、パトカーは「黄色と青色の市松模様」だ。規定によると、「500m離れていても、それがパトカーとわかる視認性を求める」という規定が設けられており、それを追求したところ、2色の市松模様になったということだ。


今でも「ヘリテージルート」で活躍する「ルートマスター」 (筆者撮影)

ロンドンに内燃機関(エンジン)付きのバスが走り出してから100年以上が経った。1954年に登場したルートマスターは全部で2800両生産されたが、ワンマンカーへの切り替えが進んだことでほぼ全部が廃止された。現在は、わずか2路線に「ヘリテージルート」として残るに過ぎない。

一方、ロンドンでは2012年2月、「ニュー・バス・フォー・ロンドン」と呼ばれるハイブリッド仕様の新しい2階建てバスがお目見えした。これは、ワンマンバスとして使える仕様を維持しながら、後方からも乗り込め、2階にも上がれるようにドアを追加したもの。座席には新たなデザインのモケットが貼られ、室内照明はLED電球を使用、温度調節機能が付いた換気システム(クーラーではない)が備えられているが特徴だ。あまりに車内の居住性が良く、公共交通機関としてはオーバースペックの感もあるが、市内を2階座席からのんびりと楽しむには良い乗り物ではないだろうか。

ロンドンではバス乗車の際、一部の路線を除き現金は一切使えず、乗客は非接触式ICカード「オイスター」、もしくは紙の1日乗車券を買って乗るかどちらかとなる。ちなみに地元住民は、銀行のキャッシュカードでバスや地下鉄に乗ることができる。現金乗車を思い切ってやめた結果、運転手への業務負担が大幅に減少できただけでなく、現金収受がないことにより、運転席をプラスチック製のバリアで乗客が乗るエリアと運転手を隔絶できるようになった。かつては乗客による運転手への「ちょっかい」が頻発したこともあったが、しっかり分けることで運転手をトラブルからより確実に解放することができる。

1時間以内なら何度乗り継ぎもOK

ロンドン市内の自家用車等による渋滞削減のため、ロンドン市役所は市民に対して積極的に公共交通機関へのシフトを呼びかけている。そのための施策は、このほど運用が開始された「1時間以内ならバス乗り放題」というルールだ。オイスターカードを使って乗ると、最初の「ピッ」から1時間以内の乗り継ぎならどれだけ乗り換えても良い。間に地下鉄など鉄道区間の乗車を挟んでも、とにかく時間内なら無料でバスが利用できる。

この大胆な運賃体系は、ロンドン市長のサディク・カーン氏の父親がそもそもバスの運転手だったことに由来するともいわれる。この「1時間乗り放題」を受け、同じ路線を走る類似路線を削ったり、長距離路線を途中で打ち切るといった施策を打ち出したりすることができるようになった。そして何より「どこまで行っても1.50ポンド」というルール変更で、低所得者が街に出る機会が増えたことはいうまでもない。

ロンドンではバスが地下鉄を補完する役割を担い、住宅地だけでなく街の中心から郊外に向けて様々なルートを走っている。ただ、あまりにもたくさんのルートがあって、観光客が使いこなすには難しいのが現実のようだ。とはいえ、街のアイコンとして人々に強い印象を与える真っ赤なロンドンのバス。象徴的な存在としてこの先も走り続けることだろう。