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保育園に入りたくても入れない「待機児童」の問題がクローズアップされる中で、保育園という「ハコ」が足りないことだけでなく、保育士を確保できないことや、その理由にも注目が集まっている。現場の保育士からは「保育士の待遇も見直してほしい」「薄給すぎて結婚も出産もできない」などの声があがってきた。

なぜ、いま保育の現場では、保育士が不足しているのか。1978年に、当時は珍しかった男性保育士となった、白梅学園大学子ども学部(東京・小平市)の近藤幹生教授(62歳、保育学)に、保育士という仕事のやりがいと、今の現場にある課題を聞いた。(取材・構成 / 瀬戸佐和子)

●「保父さんと呼ばれていた」

―—近藤教授は1978年から26年間にわたり、保育士、園長として現場で働いてきましたが、保育士という仕事の魅力は何だと思いますか。

一番の魅力は、やはり、小さい時期の子どもの成長や発達を長い目で見られることだと思います。

3月は卒園のシーズンですが、卒園をひかえた5歳児の表情には、頼もしさがみなぎっています。あと1週間ほどで園の生活が終わろうという時、ある女の子に「せんせい、まさこ、なに、なるとおもう?」と耳元でささやかれたんです。「えっ?なあに、教えて」と言ったけれど、なかなか教えてくれない。それからしばらくして、彼女は「あたしね、やっぱり、いま、おしえてあげる、あのね、ほぼさんに、なるの・・・」。それを聞いたとたん、もう、全ての疲れが飛んでしまいました。

また、子どもと生活すると、季節の変化をすごく感じることができます。秋になると紅葉の葉っぱを集めたり、春になったら花を摘んで、「せんせい、これきれいだよ、なんていうはな?」と見せてくれて、一緒に花の名を調べてみたり。子どもと一緒に過ごす中で、人間として当たり前の感性を思い出すことができるんです。

季節の変化を捉えたり、いろんなことを感じる心に触れられることが、子どもと一緒にいることの面白さなのではないかと思います。乳幼児期の子どもの純粋なものの見方から、逆に大人が教えられることも沢山ありました。

―—当時、男性保育士はかなり珍しい存在だったのではないでしょうか。

1978年に保育士になってから、山梨県、長野県内の私立保育園で働いていました。かつて、保育士養成施設に入ることができたのは女性だけだったんですが、ちょうどその頃から男性も入れるようになり、それを1つのきっかけに、飛び込んだという感じです。当時はまだ「保育士」という呼び方がなく、「保父さん」とか「男の保母」とか呼ばれて、しょっちゅうテレビや新聞が珍しがって取材に来ました。

上野動物園でいう、パンダ的な存在だったんです。私は「園にとけこまなくちゃ」と思っているのに、取材に来た人から「どんな気持ちで保育士になったんですか」「言いにくいこととかないんですか」とか聞かれて、なんでそんなこと聞かれるんだろうと不思議でしたね。

気がついたら26年、その半分を保育士として、もう半分を園長として保育の現場に関わってきました。そして2004年から長野の短期大学で教えはじめ、2007年に白梅学園大学に来て今に至ります。

保育士の給料が低い背景「歴史」「財源」「運営主体」

―—いま「保育士不足」が問題となっていますが、その理由は何でしょうか?

保育士不足の大きな理由の一つは、給与の低さです。なぜ保育士の給与は低いのか。その理由は、「歴史」「財源」「運営主体」にあると考えています。

まず「歴史」から、説明しましょう。日本の子育てや保育の歴史の中で、子どもを保育士などの第三者に預けて、親が働きに出始めたのは、共働き世代が増え始めた1960年代後半以降のことです。保育所ができる前の日本では、親が働いている間、小さい子どもたちは畑のすみに置かれたり、年長の子どもが幼いきょうだいの面倒を見たりという状況がずっと続いてきました。

その頃は、「仕事が忙しい間、親戚のお姉ちゃんに子守りをしてもらえばこと足りる」とか「家にいる奥さんにみてもらえれば充分」といった認識がありました。保育は「家庭内の労働の1つ」という認識だったのです。

保育が「家庭内の労働」から、きちんとした専門の資格を持った人がおこなう正当な仕事として位置づけられ、賃金を補償すると「制度化」されてからまだ時が経っていないことが、保育士の給料の低さに関わる一つの問題ではないかと思っています。

2点目が、財源です。保育士の給料を上げるためには、この財源をどこから確保するかが、大きな課題だと思います。例えば、本来、かなり力のあるはずの企業に対して法人税の減税措置などがおこなわれる一方で、一般市民や子育て世代に対する経済的な負担や低賃金はなかなか解消しません。

そういった税制の不公平を是正したり、財政支出の見直しをして、子どものために支出をする財政のあり方を国として考えていくことが大事ではないでしょうか。

3つ目の「運営主体」については、2000年から規制緩和によって、企業やNPOなど様々な事業者が保育園の経営に参入し始めました。それまで、保育園は、市町村や社会福祉法人といった、非営利目的の法人しか経営できなかったのです。

しかし、企業が運営する保育園の場合、 補助金の何割を人件費にあてるかはそれぞれ差があります。私もかつて認可保育園の園長をしていましたが、補助金を100とすると、その70〜80%は人件費で、残りの10〜20%を子どもの食事やおもちゃ代、施設管理費などに充てていました。

ところが、新規参入してきた企業の中には、100入ってくるお金のうち50%くらいしか人件費に充てないところもあるようです。そこまで下げると、保育士1人あたりの給料は低く、なかなか昇給もできません。

保育士資格を持たない人の活用には「反対」

―—給与の低さに加えて、近藤教授が問題視していることは何でしょうか?

給与の問題に加えて、もう1つ大事なのは、保育士が専門性を発揮するための労働環境を整えるということです。

多くの保育園は今、朝から夜まで開所していて、職員は早番・遅番などで時差出勤せざるを得ません。職員会議も、忙しくてあっぷあっぷしながら、土曜日にようやく時間を確保しているような状態です。

保育士としての専門性を高めるためには、仕事で困っていることを相談したり、保育を振り返ったり、職員会議や研修で議論することが必要です。しかし、今の労働状況では、その時間を充分に持てません。長時間子どもにつきっきりで労働環境としてハードな上に、専門性を高める上でのネックになっています。

厚生労働省では、保育士不足を解消するために、幼稚園の先生や、保育士資格を持たない人でも認可保育園で働けるよう、今年4月から規制緩和を始めるようです。しかし、私はそれには反対です。

まず幼稚園の先生についてですが、基本的に幼稚園は3歳以上の子どもが通うところです。3歳未満の子をどう保育していくのかについて、幼稚園の先生はそこまで深く勉強されているわけではないと思います。

無資格者についても、保育士には高い専門性が必要であって、保育について専門的な知識や技術を学んだ人が現場に入るのが基本だと、私は思います。保育士がいないから、ということで規制緩和をするのだと思いますが、それでは保育の専門性を確保したり、追求することができないのではないでしょうか。「おかしい」と言い続けようと思っています。

(弁護士ドットコムニュース)