なぜトヨタでは「人望」がなければ出世できないか

写真拡大

片や小集団型組織で終身雇用。片やフラット型組織で成果主義。どこまでも対極的なトヨタとグーグルだが、共通点が1つある。働く社員たちがみな、仕事への誇りを持っていることだ。

社員を「人」の能力で評価するか、欧米流の「仕事」の中身・成果で評価するか――。トヨタは長らく日本企業が守り続けてきた「人基準」に徹底してこだわる会社である。一般的に人基準を職能主義、仕事基準を職務主義と呼ぶ。

給与体系も欧米の職務給が今就いている職務(ポスト)に基づいて支払われるのに対し、トヨタはほぼ全員の賃金が毎年積み上がっていく生活保障型の給与体系だ。基本給は職能給と資格給の2本で構成。資格給は社員の能力を格付けした等級ごとに支払われる固定給であり、職能給は毎年の人事評価によって昇給額が決まる。課長職に相当する基幹職3級までは前年の昇給額に上乗せされていく積み上げ給。次長職から上の基幹職2級以上は毎年の人事評価結果で職能給は増減する。

「職能主義というのは長期にわたり人を育てて長期に力を発揮してほしいという長期雇用前提の仕組みです。その人の持っている能力を伸ばし、伸張度合いによって報酬も支払う。したがってがんばって仕事をすれば、ほとんどの人が課長までにはなれますし、課長になるぐらいまではそんなに差がつきません」(宮崎直樹元専務(現豊田合成副社長))

能力に応じて安定した給与を保証する職能主義は人材育成の方針と密接に連動している。トヨタは人事、経理、開発といった機能別ごとに育成を行う。基幹職になるまでに核となる専門性を身につけさせるのが「マスター(親方)養成プログラム」だ。前述した「職場先輩制度」を通じてマネジメントの基礎を習得するとともに、一人前の専門家としての技能を徹底的に学習する。

「各機能で一人前になるにはどういう経験をしなければいけないのかというプログラムを作っています。たとえば人事部といっても採用の業務もあれば、福利厚生の企画、社員の評価、異動に関する業務、労務対策など多岐にわたっています。しかも日本だけではなく、海外拠点での業務もあります。課長になるまで15年、20年の間に培った専門性で飯が食えるような力を身につけることを目標にしています」(宮崎元専務)

専門性習得の奨励は、90年代半ばの当初は「目指せ1000万円プレーヤー」の標語を掲げて全社的に推進してきた経緯もある。会社を辞めても1000万円は稼げる専門性を身につけよという目標だ。育成を柱とする職能主義は人事評価制度にも貫かれている。もちろん業績評価も重要であるが、業績評価結果はボーナスに反映され、一方、職能評価は月給と昇進・昇格に反映されるなど、より重視されている。

ユニークなのはその評価項目だ。基幹職の評価項目は大きく「課題創造力」「課題遂行力」「組織マネジメント力」「人材活用力」「人望」の5つ。その下にそれぞれ評価要素があり、計10項目。1項目が100点、1000点満点となる。創造力、遂行力など業務に関する能力が合計500点であるのに対し、人材育成を含むマネジメントに関する部分が半分の合計500点を占めるなど、育成を重視していることが明瞭だ。それにしても「人望」を評価の視点に据えるのは極めて珍しい。

宮崎元専務は「どれだけ部下をその気にさせて、目指すべき方向に引っ張っていけるのか。あの人と一緒に仕事をしたい、あの人の下で働きたいと思わせるもの」と解説する。日本人にはそのニュアンスはわかるが、トヨタの恐ろしいところは「人望」をグローバル統一の基準にしていることだ。

それだけではない。日本以外には馴染みが薄い職能主義人事制度を世界標準の仕組みにつくり上げていることだ。

「トヨタに入った以上、外国人であっても将来はその地域の幹部として活躍してほしい。会社としてはやはり人を大事にしたいし、人を大切にする会社として皆にがんばってもらいたい。そういう思いが強い会社なのです」

欧米流の職務主義を取り入れる日本企業が増えるなかで、トヨタはあくまで日本発の人事制度にこだわり続ける。

(ジャーナリスト 溝上憲文=文 ライヴ・アート=図版作成)