「不滅 元巨人軍マネージャー回顧録」(主婦の友社より)

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菊池幸男さんという巨人軍を影で支え続けた男の生き様を描いた『不滅 元巨人軍マネージャー回顧録』を出版した、ノンフィクションライター・長谷川晶一さんに訊いたインタビュー。

第二回目は、『不滅』の創作エピソードはもちろん、1954年から僅か3年という短い活動期間となった“幻のプロ野球チーム”高橋ユニオンズの歴史を紐解いた『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』執筆秘話、そして、現在の取材活動まで話を伺った。


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――『不滅』に至っては、菊池さんの人生と、巨人という球団への興味とがあったということですか。

小さい頃から、僕はヤクルトファンなんです。でも、そうはいっても、巨人っていうチームは王さん、長嶋さんって凄いじゃないですか。その巨人を支えている菊池さんっていう人を見たときに「やっぱり巨人ってスゲーな」っていうのが多々あったので、それは書いてみたいって思いましたね。

一回書いたものを全部書き直しましたけど、最初に書いたのは、全部僕のミステイクだったんです。V9とか原さんとか駒田さんとかって、野球を好きな人には説明がいらないんですよ。でも、僕は何も知らない人に読んで貰おうと思って、その説明を書いていたんです。そうすると、特別新しい出来事でもないので、知っている人からすれば、うっとおしいんですよね。自分で読んでてつまらなかったですから。

書き直しでも、最初は途中でつまんでいこうと思いましたが、ダメでしたね。一からやったほうが早いと思って。

――高橋ユニオンズについても伺ってよろしいでしょうか?

“最弱球団”に関していうと、60年くらい前の話ですし、3年間しかなかったチームだし、しかも弱いので一年でクビになる選手とか一杯いたんですよ。でも、60年前のたった一年の思い出なのに、皆さん、60年前の青春が今もここにあるんですよね。

一試合も試合に出てない選手や一イニングも投げていない投手が何人もいるんです。それなのに、今でもユニオンズについて語ると、3、4時間平気で語りますよね。

やっぱり、どんな人もそうだと思うんですけど、若い時に一生懸命やった思い出って、うまくいっても失敗しても、自分の中では宝になってるんです。特にこのチームは3年間しかなかったので、ノスタルジーも含めて、余計記憶の中で美化されている部分も多々あるのでしょう。このチームについて語る人は皆楽しそうでしたね。

今でも電話がかかってきたりするんですよ。まったく用もないのに(笑)。
手紙もあれば、メールやってる人もいます。いきなり「新宿に来ないか」って、電話が来て一緒にカレー食べたりとか(笑)。

資料がまったくないし、3年間だけのチームですから、皆さん結婚する前に野球を辞めてしまった人たちばかりなんですよ。奥さんも子供も知らないんですよね。もちろん、(プロ野球選手だったという)事実は知ってるんだけど、どんなもんだったのか。中には本当に信じてない人もいたみたいで「証明ができて嬉しい」なんていう方もいました。

――長谷川さんが考える取材対象との距離感というのは?

距離感って、いつも考えるようにしているんですけど、近ければいいというものでもないんですよね。あるいは、近いとき、離れるときのタイミングもある。もともと出版社で月刊誌の編集をやっていて、毎月、毎月色々な企画で色々な人に会って話を聞いて、ページにするって凄く楽しかったんですよ。でも残念なことに一ヶ月で、その人との関係ってチャラになっちゃうんですよ。

個人的な付き合いが繋がることはあるんですけど、定期的な仕事になることはなくて、その辺のジレンマっていうのは凄いあって、独立するきっかけにはなったんですよ。一つのテーマをゆっくりやりたいとか、側面の人たちが多いというのは付き合いやすいというのもありますよね。

大スターだと常に一緒にっていうのは難しいので、僕は必然的に距離感を取れる取材対象者を求めていて、それがこういう方たちだったと。

――先ほどは同時進行で……というお話も伺いましたが、お話頂ける範囲で、具体的に進めている取材や構想などあれば教えて頂けないでしょうか。

まだ本にはなってないですけど、もう10年くらい付き合っているご老人がいるんです。

その人はプロ野球のコミッショナー事務局にいた方でドラフト会議を作った人なんですよ。今年で81歳です。ドラフトって毎年やってますけど、第1回ってどんな状況だったんだろうとか、調べているうちにその人の存在に行き当たって。資料とか議事録が一杯出てくるんですよ。

プロ野球コミッショナー事務局だから、その後の黒い霧事件とか、江川の事件とか、国会で証人喚問みたいなものもあったんですね。コミッショナーの。そういうときの資料がゴソッと残っている。それはちょっとなんとかって思いますよね(笑)。

――オオー、それは興味深いですね。

ご老人たちはやっぱり経験されていることとか面白いですよね。目の前にいる150cmくらいの小柄なおじいさんだって、電車の中で見たら、絶対席を譲るし「ちゃんと食べてるのかな」って心配してしまうような人もいる。

でも、そんな人が(ヴィクトル)スタルヒンの剛速球を捕っていたりするんですよ。全く想像つかない。運動神経いいとも思えないし、プロ野球選手だったっていわれても、孫が信じないのもわかりますよね。そういう面白さもあります。

見た目のギャップと話す内容も大きく違うので、例えば、スタルヒンはアベックボールを投げたっていうんですよ。アベックボールなんて聞いたことないから、握りを聞くとどうもナックルみたいなんです。

ゆらゆら揺れて落ちる。カップルが家に帰りたくないから、あっちいったりこっちいったり寄り道しながら、家に帰るみたいなそういうネーミングらしいんですよ。

で、話を聞くと「アベックボールを捕れるのは俺だけなんだ」とか、別のチームの方に聞くと「僕はスタさんのアベックボールを最初に打った男なんだよ」っていう。アベックボールという名前を普通にいうんですよ。

でも僕はその時、アベックボールを知ってたから、「揺れて落ちるボールですか?」って聞いたら「よく知ってるな」って。そういうのが面白かったですね。当時の新聞や雑誌を読むと何も書いてないんですよ。

――V9以前って、実はあまりわからないんですよね。

金田(正一)さんにお話を伺うと「長嶋から始まる野球の話はもう飽きた」っていわれましたね。ある記者が金田さんに怒られているのを見たんですけど、「歴史を学べ」って怒られてたんです。

どういうことかっていうと「いつも金田対長嶋の開幕4三振が話題になるけど、彼は大学出たてのルーキー。俺はプロで100何勝もしている大エース。どっちがどう勝つか、どういう結果になるか、歴史を知っていれば一目瞭然。4打数4三振で騒ぐな」って怒られていた。

しかも、“KON”っていうんですよ。金田、王、長嶋と――。

――その他にも、クラウンライターライオンズの連載をされていますね。

今、「野球小僧」でやっています。全10回くらいになるだろうと思います。

「ユニオンズ」を書いているときに、僕には二つのジレンマがあったんです。
一つは、あまりにも古い出来事だったので、話を聞くにも、ご存命の方が少なかったこと。
もう一つは、やはり60年近く前のことなので、あまりにも資料が少なかったこと。

こうしたジレンマを感じていた時に、高橋ユニオンズって3年間しかなかったチームなんですけど、クラウンって2年間しかなかった。ユニオンズより短い球団ってどんなチームなんだろうっていう興味がずっとあったんです。

で、とにかくユニオンズの取材が楽しくて楽しくて仕方がなかったし、書いてても楽しかったんで、同じノリでクラウンも書けないかなって。調べていったら、チームが存在したのが77〜78年なので、まだ選手たちが60代なんですよ。まだご存命の方がほとんどで、東尾とか真弓、若菜って僕が子供の頃に見ていた選手もいるし、後にスターになった人や無名の選手もいるし、ちゃんとOB会があって芋蔓式に連絡先を見つけることができたんですよ。

そうすると、亡くなった方ばかりではないというジレンマがなくなって、歴史が浅いから資料も一杯ある。ユニオンズの時にあった二つのジレンマがクラウンにはないって気付いて、やりたいってことを編集長に直訴したら、「10回くらいでいいですか?」っていう思いもよらぬ提案を受けました。

その同時進行で取材しながら書くってことを繰り返しています。今書いていることについても、新しい証言や資料が出てくるので、もちろん一冊にするつもりですけど、全部書き直してやろうかなって思いますね。連載は連載として、取材過程も描きつつ同時進行ドキュメント形式にする。そして、単行本では一から書き直した方が、きちんとした全体像を描けると思うので。それは2年後くらいですかね。

――小さい頃、祖父から77年版、ベースボールマガジンの第一回目の選手名鑑を貰ったことがありまして、そこにクラウンライターの時代で、鬼頭政一監督や、吉岡悟が前年に首位打者を獲得したとか。坪井のお父さん(新三郎)が所属されていたというのが載っていました。

吉岡さん、今度お話を伺うつもりですけど、九州の実業家になっているみたいですね。博多、中洲って酒の町じゃないですか。西鉄ファンが集まる店とかもゴロゴロありますね。せっかくですから今度行ってみようと思っています。

――今はライオンズを応援されている方々なんでしょうか?

両極端ですね。ライオンズっていう名前から埼玉西武を応援する人と、西鉄以外はライオンズじゃないっていう人もいます。ですから、今はライオンズと、九州っていうことでソフトバンクを応援されているんじゃないですかね。

関係者に協力してもらって、内部資料が集まってきたので(笑)。「野球小僧」も今度第3回ですけど、物語が動き出してきますよ。クラウンが2年ですけど、その前に太平洋が4年あるじゃないですか。でも、その実態はクラウンと太平洋クラブが繋がってるんですね。その6年の話なんです。

<この項、続く>

不滅 元巨人軍マネージャー回顧録
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最弱球団 高橋ユニオンズ青春記
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■長谷川晶一
1970年5月13日・東京生まれ。ノンフィクション・ライター。著書には前述した『不滅 元巨人軍マネージャー回顧録』『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』をはじめ、『イチローのバットがなくなる日―「アオダモ」を巡る渾身のルポルタージュ』『真っ直ぐ、前を―第二回女子野球ワールドカップ 日本代表の十日間』など多数。

公式ブログ「真っ直ぐ、前を――」