巨人軍を影で支えた男の人生とは――。『不滅 元巨人軍マネージャー回顧録』を出版した長谷川晶一さんにじっくり話を伺った

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「野球を正面からではなく、側面から捉えるライター」。かつて出版した著書の書評で、長谷川晶一さんは、このように紹介されたという。

事実、1954年から僅か3年という短い活動期間となった“幻のプロ野球チーム”高橋ユニオンズの歴史を紐解いた『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』や、イチローが愛用するバットの素材となる「アオダモ」を追いかけた『イチローのバットがなくなる日―「アオダモ」を巡る渾身のルポルタージュ』など、決してスター選手や人気チームが題材ではないものの、知られざる野球の知識や歴史、視点を変えた楽しみ方を教示してくれるような著書を数多く出している。

そんな長谷川さんが今春『不滅 元巨人軍マネージャー回顧録』を出版した。これは、菊池幸男さんという巨人軍を影で支え続けた男の生き様を描いたもの。V9から王・長嶋時代を経て、幾度も訪れるチームの世代交代や野球界の歴史を振り返りながら、また、長谷川さんの著書の特長ともいえるスッと頭の中に入ってくるような分かりやすさとともに、巨人軍マネージャという極めて興味深い人物の人生であり、仕事を知ることができる作品になっている。

Baseball Journal (ベースボールジャーナル)の参加メンバーでもある長谷川さん。その探究心はどこへ向かうのか。新書の取材エピソードから、12球団全てのファンクラブに加入する「ファンクラブ研究家」としての側面など、多岐に渡って話を伺った。

――長谷川さんは、芸能からスポーツと多方面でお仕事をされていますが、野球の比率というのは?

どうですかね。半分は超えてると思うんですけど、80%はいってないです。60〜70%くらいですね。

――この度はご出版された『不滅 元巨人軍マネージャー回顧録』を拝読させて頂きました。執筆されたきっかけというのは?

この本は、長嶋監督、原監督時代にジャイアンツのマネージャであった菊池幸男さんという方の物語です。

菊池さんにはじめて出会ったのが、彼がまだジャイアンツに在籍中で、2005年か06年だったと思うんですけど、(巨人を)辞める2年くらい前でした。

ジャイアンツはヴィーナスリーグっていう女子野球リーグを応援しているんですが、僕はずっと女子野球を取材していまして、女子野球の本も2冊書いているんですけど、ジャイアンツが女子野球を応援するとなると、必然的に女子野球の現場でジャイアンツの方とお会いする機会が増えたんです。

菊池さんはいつもいらっしゃったんですよ。ものすごい厳格な方だったんですけど、何度も会ってるうちに顔馴染みになってきます。ただ、当時難しかったのは、女子野球は女子高生が多いので、変な趣味だとか、明らかにいやらしい目線の人もいたんですよ。変な写真を撮る人間がいたり。

それで、学校や親御さん側は取材陣を警戒するようになって、(球団側の)菊池さんもそういう意味でも厳しかったと思うんですが、それでも何度が会ってるうちにだんだんと打ち解けてきて、菊池さんがマネージャをやっていた当時の思い出話を聞くようになったんです。

お酒が好きな方で、僕も好きでしたので、色々と話しているうちにその話は面白いなと思いましたが、酒の肴として聞いていたいわゆる裏話的なことも多少あるんですね。

そういうことはあまり言わない方だったんですけど、2008年にジャイアンツを辞められて、その後も彼はヴィーナスリーグに関わって、女子野球の現場にはいらっしゃったんです。そしたら、辞められた後にジャイアンツ時代の日記や手帳をとってあって、それがかなりの量なんだっていうことを初めて教えて頂いたんですよ。

それを聞いたら、見たくなるじゃないですか?

――かなり厳格で真面目、マメで律儀な方というのは、読み始めてすぐに伝わってきました。その菊池さんが、1967年からいわば身を粉にして働き、関わってきた巨人の歴史ということですよね。

タイミングを見計らって、見たいなって話をしたら、表に出せないような話も結構あるんですよ。だから、悪用しないだろうってことを信頼して貰ったとは思うんです。

菊池さんって一般的には名の通った方ではありませんが、これは一人の男の人生として、こういう裏方の人がいたからこそ、V9時代があったし、長嶋監督時代があったんだと知って、何か書きたいなと思っていたんですけど、菊池さんからは「俺なんかいいよ」ってなかなか許可がおりなかったんですよ。

で、しばらく諦めてたんですけど、何度か粘り強く話している間に、「ベースボール・タイムズ」って今は季刊誌になりましたが、当時は週刊誌だったんです。創刊した紙の週刊誌だった時に、1年間女子野球の連載をやらせて貰い、これが終わった後に新聞形式になるって言われて、ここでも何か連載やってくれないかって頼まれたのです。

その時に幾つかやりたいテーマあったんですけど、菊池さんのことで94年の“10.8”の一年間だけに絞って……、彼はその年の一月からジャイアンツのマネージャになったので、その一年目に国民的行事があったわけですよね。これを同時進行的に、2月にはキャンプの話題があって、4月には開幕がある。2010年の10月8日に、94年の“10.8”がくるようにという連載を考えたんです。

――それは妙案でしたね。事実、『不滅 元巨人軍マネージャー回顧録』でも“10.8”の部分は、試合結果を知っているのにとてもドキドキしながら読みました(笑)

一応、時代はずれているけど、時事ネタっぽく連載しようと思ったわけです。自分でもこれはいいアイデアだと思って、菊池さんにいったら、やっぱり「いや、いいよ」みたいにいわれたので、ここで僕は「女子野球のためだから」と無理やり頼んだんですね。

それは「ベースボール・タイムズ」の編集者にも頼んだんだけど、女子野球の記事を書かせて貰ったり、連載の中に“今は女子野球に関わっている菊池が・・・”みたいな一言を入れることで、女子野球やヴィーナスリーグという言葉を入れるという約束をしたら、「じゃあいいよ。その代わり、書いてはいけないことや出てはいけないことが幾つかあるので、その辺はわかってますよね」みたいな(笑)。

ただ、僕にはその年の前後も膨大な資料があったので、正直本になるとは思ってなかったんですよ。書けないことも多かったですし、僕が書く本って地味なテーマが多くて、今回も地味といえば地味ですから諦めていたんですよ。

ただ、『イチローのバットがなくなる日―「アオダモ」を巡る渾身のルポルタージュ』も同じ出版社で「主婦の友新書」なんですけど、この本を書いている時に「ベースボール・タイムズ」で連載していたので、この連載が終わったら、編集者の方が本にしたいってずっと考えていらしたみたいで。なので、自分で売り込んだというよりは、編集者が見てくれて決まったという感じですね。

――長谷川さんは、様々な分野で執筆活動を行っていますが、野球にしても、切り口が多種多様ですよね。テーマの設定というのは?

例えば、これは菊池さんとの出会いから5、6年が経っていますし、雑誌の連載とは全然違うカタチになっているんですけど、実は一回全部書いて、あまりに酷いんで書き直したんですよ。

2回書いているんですけど、そういう意味では一冊だけに掛かりっきりになってしまうと生活もできませんし、同時進行で連載もやったり、今も取材をしているテーマが4つくらいあります。

そのうちの二つは野球なんですけど、今、企画が立ち上がって取材を始めたばかりの初期段階のものもあれば、まさに取材が佳境だっていうのもあります。常にバラバラではありますがテーマはあるんです。書きたいとか、知りたいとか、資料集めて、関係者の糸をたどって話を伺って、これはいいとか、これはよくないとか、様々な要素から本にするかを考えますね。

――『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』もそうですが、強くはない球団だったり、先ほどのバット材をテーマにした本など、地味なテーマに共感を持っている印象があります。(※高橋ユニオンズ:1954年〜1956年に活動したプロ野球チーム)

自分では気付かなかったんですけど、去年“ユニオンズ”を出したときに、書評をある人に書いて頂いたんですけど、女子プロ野球って関西でやっていて、週刊ベースボールで連載も書かせてもらっているんです。どちらかといえば、女子プロ野球はマイナーですよね(笑)。“ユニオンズ”も50年以上前のチームですから、「長谷川というのは、野球を正面からではなく、側面から捉えるライター」だった書かれていたんですよ。

全然意識していなかったんですけど、いわれてみればそうだし、丁度その時にこれも書いていたので、次の本もまさに側面だなって。

そういう意味では日の当たる人、例えばダルビッシュ選手は日ハム時代に何度かインタビューしましたけど、今のダルビッシュの今のコメントが欲しいといわれればもちろん取材をしますが、一冊じっくり書くとなったら、僕じゃなくて、もっとうまくて親密な関係の人がいるし、そういう人に任せたほうが絶対面白い。僕も一読者として単純に読みたいんですよ。僕が側面にいかざるを得ないのは、側面のほうが(他に)いないからなんですよ。

側面に行かざるを得ないのは、僕自身が読みたいからなのかもしれませんね。

とにかく高橋ユニオンズの本が読みたかったんです、ないんで。野球体育博物館行ってもないんで。資料が本当に少ないんですよ。でも、取材を始めたら、結構資料が出てきて、オーナーのお孫さんがご存命だったり、ご自宅いったらゴソッと出てきて。経営の台帳とか、入場料が幾らかとか、それが29枚しか売れてないとか。今、僕は間違いなく日本で一番ユニオンズの資料を持っています(笑)。

この項、続く

不滅 元巨人軍マネージャー回顧録
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最弱球団 高橋ユニオンズ青春記
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■長谷川晶一
1970年5月13日・東京生まれ。ノンフィクション・ライター。著書には前述した『不滅 元巨人軍マネージャー回顧録』『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』をはじめ、『イチローのバットがなくなる日―「アオダモ」を巡る渾身のルポルタージュ』『真っ直ぐ、前を―第二回女子野球ワールドカップ 日本代表の十日間』など多数。

公式ブログ「真っ直ぐ、前を――」