「厳しい状況の中でも、しっかりとサッカーができていた。傑出した選手はいないけれど、チームがひとつにまとまってやれば、いいサッカーができることがわかりました。」

駒野友一選手 広島で得たものはという質問に答えて 2008年1月15日


今回はサイドバックについて、それも駒野だけについて書いてみる。
僕自身は、サッカーをプレイした経験がないし、ましてサッカーフィールドのサイドラインに立ったこともない。間違いもあるだろうから、その点は指摘してほしい。

駒野の特徴は、ボールを持った時の選択肢が豊富なところだ(と思う)。サイドバックと言えば、サイドの守備とサイドを駆け上がってのセンタリングだが、駒野はもっと早い段階で、鋭いパスを出すこともできる。バリエーションが豊富なのだ。

たとえば、デンマーク戦の最初の日本のシュート、松井のおしゃれな飛び込みは、記憶に刻まれているだろう。もし、あのゴールが決まっていたら、日本中の子どもたちが、あのプレイをマネしていたことだろう。それ以上に、早い段階で、日本の脅威をデンマークに植え付けた点で、極めて効果的だったはずだ。

その松井にパスを出したのは大久保だが、その大久保にパスを出したのは、最終ラインのポジションにいた駒野だ。後方から、一発で逆サイドの遠い場所でフリーになっていた大久保にパスが通る。そこからあのシュートシーンが展開された。
駒野のそのパスは、正確で適度に速い。日本のディフェンス陣から出た、もっとも美しいパスだったと思う。

次は前半13分、長谷部のシュートシーンだ。自分のテレビが突如、3Dになったかと思うほど、顔をそむけたあのシュート。
その長谷部にパスを出したのは松井だが、その時点で、長谷部と並走する駒野にもパスを出すことができた。駒野は長谷部にパスが出た後も、長谷部と並ぶように前に進む。デンマークの守備陣は、長谷部と駒野の両方を気にしたため、心持ち横に開くことになる。プレスがほんの少し弱まり、長谷部はミドルを振りぬく。

駒野はこの場面のほかにも、パスが出ない上下動を繰り返している。サイドバックは、サイドを上がるが、パスを受けられずに仕事を終えることも多い。自分にパスが来たり、味方がシュートで終わればよいのだが、ボールを取られでもしたら、センターバックから大声で「早く戻れー」と叱咤される。
上がる、下がるといっても、守備すべきスペースを空けることになるので、その時々の判断が難しい。思い切りの良さと、慎重さの両方を使い分けなければいけない。チーム状態が自分の精神面に及ぼす影響が大きいポジションだ。
上がっては下がり、けれども自分にボールは出ない。それは相当に疲れるはずだが、駒野はこの上下動を繰り返す。駒野が上下動を繰り返すことで、味方のプレイの選択肢が増え、その分、敵の自由度が反比例して削がれていく。

そして、「ホンダ」のフリーキックの場面だ。このフリーキックで「ホンダ」は自動車会社より有名になった。そのフリーキックのファウルは駒野のスローインから生まれている。サイドバックのお仕事の一つにスローインがある。スローインは、大した仕事に見えないが、セットプレーの一つだと言うこともできる。ボールが出て、ちょっとゲームが休みになるので、敵が切り替えに失敗すると、プレイが乱れ、あっという間に失点につながる場合もある。

デンマーク戦で駒野は、迷いなくスローインを投げ込む。長谷部に届いたボールに対して、デンマークのディフェンスは、ちょっとあわてて当たりに行く。審判が変な人だったので、ここで笛が吹かれて、世界中が絶賛する「ホンダ」のフリーキックのためにボールがセットされる。
駒野は意図したわけではないので、このスローインを褒められても困るだろうが、駒野が素早くスローインをしなければ、日本の名場面はなかったかもしれない。

そして前半の終了間際に、駒野自身が独走して中央に切れ込み、シュートまで行くシーンがある。なぜかハイライトシーンでは省かれがちだが、ドリブルとコース取りと決断力でも、駒野が優れた動きを見せている。デンマークはサイドの守備を怠ると危険なことを思い知っただろう。

サイドのスペースの守備は、言うまでもなくサイドバックの大切なお仕事の一つだが、駒野は中盤やセンターバックと連携しながら、効果的な仕事をしている。
もちろん、反対側の長友も、対人の守備と、鉄人のスタミナで相手に脅威を与えている。駒野は対人守備というよりバランスを取りながら、相手のサイド攻撃をじわじわと削いでいく。

デンマークは前半で、戦術的にサイドの攻撃が計算できない状態になり、サイドの守備を怠ると危険なことを思い知る。その時点で、後半は中央からボールを放り込むしか選択肢がなくなっている。ロングボールは、日本にとって嫌な攻撃の形だが、攻撃のバリエーションが減り、予見可能な範囲に収まれば、準備をして防ぐことができる。

こうして見ると、日本は、前半でデンマークの選択肢を狭めることに成功している。デンマークが弱く見えたのは、サイド攻撃の選択肢をじわじわと失ってしまった点も大きい。
駒野がいることで、岡田監督の采配の自由度が広がり、逆にデンマーク側の監督の自由度は反比例して狭くなっていった。堀池さんが「巧み」スタンプを押すわかりやすさはないのだが、確実に駒野が効いている。

駒野が世界レベルのサイドバックかどうかはわからない。残念ながら、単独でサイドを突破する迫力はない。しかし、駒野は、左右のポジションを遜色なくこなせて、左右どちらの足からも、正確なセンタリング(時々乱れる)が上げられる。90分間乱れることなく忠実な上がり下がりができて、しかもビルドアップの選択肢が、ディフェンスラインからでも、中盤からでも、前線にオーバーラップしても、かなり幅広く正確にこなせる。

デンマーク戦を3-1で終え、僕にとって人生で一番幸せな朝を迎えた。その後はどの番組を見ても、どの記事を読んでも幸せを感じたが、そこに駒野の名前がないことに気がついた。
駒野の貢献度は低いのだろうか? 不思議に思って録画を見直すと、多くの場面に駒野が貢献しているような気がして仕方がない。特に前半の攻防が、このゲームの勝敗を分けたが、その下地を駒野が作っている。
以前、広島ユース監督の森山佳郎(ゴリさん)の話を聞いたときに、「駒野は試合を終えると、廃人のように消耗している」と言っていた。今回も、切り替えの多様さで、相当に消耗したはずだ。

もちろん、今回の日本代表の躍進は全員でつかみ取ったものだ。サイドバックと言えば、長友の貢献度ももちろん大きい。
今回の日本代表は、左右のサイドバック個々というより、その二人を足し合わせた「両サイドの足し算」で世界レベルにある。しかも、左右をいつでも入れ替えられる、というミラクルな采配ができて(オランダ戦で実際に左右を効果的に変えた)、両サイドは、足し算以上の威力が出ている。

思えば、日本のサッカーの歴史は、サイドバックに苦労してきた歴史だ。逆にいえば、日本サッカーの成長は、サイドバックの進化と比例しているのかもしれない。
長友は海外からも注目され、メディアの報道も増えている。それはそれで素晴らしことだが、それに比べて「駒野」という文字が極端に少ないのは、不公平じゃないか、と僕はひとりでぶつぶつ繰り返している。ここに一人ぐらい「日本代表の勝利は駒野が握っている」と書くブログがあってもいいだろう。

僕の思い入れもあるだろうが、駒野も、また今回のワールドカップでじわじわと成長をしている。サイドプレイヤーと言うのは、俗に言う「使われる選手」だ。チームの一体感は、大きく影響する。広島で大きく成長したように、チームが一丸となっている戦いの中で、何よりもプレイヤーとしてのプライド、自信がついているような気がする。

駒野友一が日本代表の勝利のカギを握っている。駒野というサイドプレイヤーが進化したとき、日本代表はさらにもう一歩、勝利に近づく。

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