「秘境駅」として知られる室蘭本線の小幌駅は、廃止からの存続が決定して2年が経過。観光の玄関口として存在感を増しつつある駅の現在と地元自治体の取り組みを取材しました。

自治体が維持費を負担し存続

 JR北海道の室蘭本線にある小幌駅(北海道豊浦町)は、全国屈指の秘境駅として知られています。駅の前後をトンネルに挟まれ、南に内浦湾、北は礼文華(れぶんげ)山が迫るという、列車以外ではほとんど近寄ることができない場所にあります。元々は信号場として開設されましたが、周辺に100人近い漁師が定住していたことから、1967(昭和42)年に旅客駅に昇格しました。しかし、漁船の大型化・高速化に伴って人がいなくなり、現在、駅周辺に定住者はいません。駅と外界を結ぶ道は無いに等しく、利用者は秘境駅ファンや釣り客に限られていました。


山と海とトンネルに囲まれた秘境駅、小幌駅。駅名標には釣り人への注意事項が書いてある。その下にある箱は、寄せ書きノート入れだ(2018年8月、栗原 景撮影)。

 2015(平成27)年6月、JR北海道は、「日常的な利用者がほぼゼロである」として、小幌駅を2016年3月限りで廃止する意向を地元・豊浦町に伝達しました。しかし、小幌駅がある礼文華地区は「洞爺湖有珠山ジオパーク」の一角。噴火湾沿岸の大自然を体験できるスポットとして、小幌駅を観光振興の柱に位置付けていた豊浦町は、存続を目指してJRと交渉を重ねます。その結果、駅の維持・管理を豊浦町が負担することを条件に、存続が決まったのです。

 当初は1年限定での存続でしたが、その後町の取り組みが評価されて期間を延長、現在はJR北海道本社、函館支社、長万部駅、そして豊浦町の4者による協議会が年4回開催されています。

 2018年8月下旬、その小幌駅を3年ぶりに訪れ、同時に豊浦町に話を伺いました。

列車は1日6本 「現実的なプラン」で駅を訪問

 小幌駅に停車する列車は、下り2本、上り4本の1日6本のみ。朝8時台に上り列車が停車した後は、15時台まで列車がありません。丸一日滞在するのでなければ、15時13分着の上り列車で下車し、15時44分発の下り列車で戻るか、17時39分発の上り列車で長万部へ抜けるかのふたつが現実的なプランとなります。


保線小屋裏には長万部町のボランティアが整備した縄ばしごが。このほか東京発のボランティア清掃ツアーや、「秘境小幌フォトコンテスト」も開催(2018年8月、栗原 景撮影)。

駅から比較的簡単に降りていける文太郎浜。ここで海釣りをする人もいる(2015年8月、栗原 景撮影)。

山道で30分ほどの所にある岩屋観音。約300万年前の海底火山噴火でできたといわれる洞窟に、江戸時代初期に作られたとされる岩屋観音(首無し観音)が祀られている(2015年8月、栗原 景撮影)。

 15時13分着の長万部行きで小幌駅に降りたのは、筆者を含め2人。駅にはもう1人、先客がいました。自転車で道内を回っている奈良の大学生で、朝、豊浦駅に自転車を置いて7時間近く小幌駅を探検していたそうです。筆者と一緒に列車を降りたのは東京の高校生。2人とも鉄道ファンで、一度小幌駅に来てみたかったとか。

 東西を礼文華山トンネルと幌内・新辺加牛トンネルに挟まれた小幌駅は、相対式の小さなホームのほかは、保線小屋とトイレがあるだけ。北は礼文華山の急斜面、200mほど南には内浦湾の文太郎浜があり、外界につながる道は、沢伝いに国道37号線に出る登山道以外ありません。まさに、鉄道でしか来られない秘境駅と言って良いでしょう。

 駅の周辺を歩いてみると、ゴミがほとんど落ちていないことに気付きます。毎年春と秋の2回、ボランティアによる清掃活動を行っており、土に埋まったゴミまで掘り返して片付けたそうです。一度きれいになると、ゴミを捨てる人もほとんどいなくなり、現在の小幌駅はゴミ箱がないにもかかわらず美しい状態が維持されています。

きれいになったが「秘境駅らしさ」はそのまま

 さて、駅にはほとんど何もありませんが、ほぼ唯一の駅利用者向け施設がバイオトイレです。豊浦町が整備したもので、女性を含めいつでも比較的清潔なトイレを利用できるようになりました。

「きれいなトイレができて、ここも観光地化してしまうんですかね」

 鉄道ファンの高校生がつぶやきました。しかし、この点は安心して良さそうです。豊浦町によれば、駅の管理は「小幌駅の秘境駅らしさの維持」を第一に行っているとのこと。バイオトイレは必要最低限の設備で、これ以上の観光施設の整備は考えていないそうです。


新たに設置されたバイオトイレ。おがくずなどを使用し、微生物による分解を促進して堆肥を作る。毎日清掃しなくても清潔さを保て、環境にもやさしい(2018年8月、栗原 景撮影)。

 ただ、それが大きな悩みでもあります。例えば、現在は雨風をしのげる場所がありません。

「天候が急変することもありますし、避難施設として小屋を設置するべきという意見があります。一方で、小幌駅の雰囲気を壊すことにならないか心配です」(佐藤一貴 豊浦町地方創生推進室副室長)

 普通の駅であれば、あって当然の待合室。しかし豊浦町は、きれいな待合室の設置が、秘境駅としての価値を損ねてしまうのではないかと懸念しているのです。

 また、自由に出入りできる待合室ができると、そこに寝泊まりしようと考える旅人が現れるかもしれません。小幌駅の冬の寒さは厳しく、ふらりと列車で訪れて夜を明かそうとすれば、命に関わる恐れもあります。小幌駅に待合室を作るかどうか。その結論はまだ出ていません。

町もうるおう仕組みへの模索

 2015(平成27)年に小幌駅廃止の意向が報じられて以来、小幌駅を訪れる人は増加し、一時は1日最大で50人を超える人が訪れました。現在は多くても20人程度で比較的落ち着いています。「日本一の秘境駅」として小幌駅の知名度は上がりましたが、課題もあります。


小幌駅は月2回程度、豊浦町の職員が訪れ状況を確認している。駅構内に長万部町との町境があり、駅全体を見晴らすこの場所は長万部町側(2018年8月、栗原 景撮影)。

駅構内には監視カメラが設置されている。毎日列車の到着時刻前後をタイマー録画し、訪問者数の統計を取っている(2018年8月、栗原 景撮影)。

小幌駅で撮った自撮り写真を提示すると到達証明書がもらえる。ついでに道の駅で買い物をしたり、温泉に入っていったりしてもらおうというわけだ(2018年8月、栗原 景撮影)。

 それは、町にとって経済的なメリットが少ないこと。多くの旅人は、洞爺や長万部から来て小幌駅に下車し、その後は次の目的地へ去って行きます。豊浦町に滞在する人は極めて少なく、なかなか町にお金が落ちないのです。

 小幌駅の維持にかかる費用は、除雪・清掃費用などを中心に年間約250万円。豊浦町では、ふるさと納税の使い道として「日本一の秘境駅『小幌駅』の存続応援基金」を選択できるようにし、これまでに全国から約3000万円の基金が集まりました。今後大規模な修繕が必要になったとしても、7〜8年は維持できる金額です。しかし、いくら小幌駅が有名になっても、町民にとってメリットがなければ、税金を投入する意味はありません。現在のところ議会や町民は小幌駅の維持に好意的ですが、そこまでする意味があるのかという意見もあります。

 そこで、豊浦町が2018年の夏から始めたのが、「豊浦町 小幌駅 秘境到達証明書」の発行です。これは、小幌駅の駅名標を背景に自撮り写真を撮り、豊浦駅近くの「道の駅とようら」か「天然豊浦温泉しおさい」で提示すると、通し番号付きの証明書がもらえるというもの。どちらの施設も豊浦駅から徒歩圏内にあり、小幌駅に立ち寄った後豊浦駅で下車してもらって、なにがしかのお金を使ってもらおうというアイデアです。8月4日からスタートしたこの企画、取材した8月23日までに約100人が発行を受けており、まずは順調な滑り出しを見せています。

 現在、豊浦町は、小幌駅を含むエリアを「北海道遺産」に申請しています。採択されれば小幌駅の価値は一層高まり、永続的な存続に弾みがつくことでしょう。9月6日には北海道胆振東部地震が発生しましたが、若干倒木があったほかは小幌駅に被害はなく、いまも普段通りに訪れることができます。

「日本一の秘境駅」としての雰囲気を守りながら、誰でも安心して訪れられる環境を整備し、町の人々にもメリットをもたらす……。一部の鉄道ファンが知るだけだった小幌駅は、町の玄関に育とうとしています。

【写真】特急「スーパー北斗」が通過していく小幌駅


列車の到着・通過時には踏切遮断機が下り、警報が鳴る。貨物列車も多く、訪問には細心の注意が必要だ(2018年8月、栗原 景撮影)。