「コメダ珈琲店 南京建国店」の店内の様子(筆者撮影)

現在、台湾で名古屋の飲食店が続々とオープンしているのをご存知だろうか。味付けが濃厚でオリジナリティあふれる「名古屋めし」が台湾でどのように受け止められているのか。それを確かめるべく、台湾現地を取材してみた。なお、台湾の通貨単位の元は渡航時のレート1元=3.8円で計算し、端数は四捨五入した。

日本のラーメンは台湾人には辛すぎる!?

台湾進出の先駆けとなったのは、名古屋のソウルフードともいえるラーメンの「スガキヤ」だ。1995年、台湾に合弁会社を設立し、現在は台湾全土で20店舗を展開している。


「壽賀喜屋(スガキヤ) 比漾百貨」。ポップな雰囲気の日本の店舗と違い、落ち着いた雰囲気(筆者撮影)

日本のスガキヤは、ショッピングセンターのフードコートを中心に出店している。それは台湾でも同じだった。筆者が訪れたのは、新北市にあるデパート「ビヨンドプラザ」地下2階のフードコートにある「壽賀喜屋 比漾百貨」だ。

しかし、メニューは日本とはかなり違っていた。まず、ソフトクリームやクリームぜんざいなどの甘味メニューがない。ラーメンも鶏の唐揚げをのせたものなど日本にはないメニューもあった。さらにお弁当や丼もの、餃子や揚げ出し豆腐などサイドメニューがかなり充実していた。


シンプルな「玉米拉麺」。ほかにもカニかまぼこ入りや唐揚げ入りのラーメンがあった(筆者撮影)

筆者が注文したのは、シンプルなコーン入りの「玉米拉麺」(98元=約370円)。台湾に出店している日本のラーメン店と比べるとかなり安い。まずはスープをひと口……。あれ? 食べ慣れているはずの和風とんこつスープが少々薄く感じるが……。

「和風とんこつのベースは同じですが、台湾の人々の味覚に合わせて、ややマイルドな味わいに仕上げています。日本で出しているラーメンの味にあまり執着はしていません。とにかく現地の方に、良いものをより安く提供できれば」と話すのは、スガキコシステムズ管理本部のゼネラルマネジャー、吉田博之さん。フードコートへの出店とリーズナブルな価格という「スガキヤ」のビジネスモデルは台湾でも支持されている。

「日本のラーメンを台湾人は塩辛く感じるんです。だから、台湾進出した日本のラーメン店の多くは、日本人が食べておいしいと感じるギリギリまでスープを薄味にしています」と話すのは、今年9月、MRT(台湾の地下鉄)忠孝復興駅にプレオープンした「半熟堂 台湾台北店」のオーナーで、愛知県内の刈谷市、岡崎市、安城市でラーメン店を営んでいる杉浦正崇さんだ。

杉浦さんの実家は愛知県安城市の人気中華料理店「北京本店」。しょうゆと砂糖がベースのタレで味付けしたトロトロの玉子丼に豚肉の唐揚げをのせた「北京飯」が名物で、それを台湾出店の目玉とした。


杉浦正崇さん(写真中央)と台湾人スタッフ(筆者撮影)

「まず、台湾と中国の微妙な関係から『北京飯』という名称はNGでした。そこで店名を冠した『半熟飯』にしました。それよりも大変だったのは、味付けでした。台湾人のスタッフに食べてもらったところ、『辛すぎる!』と言われ、レシピを変えざるをえませんでした」(杉浦さん)

台湾人向けの半熟飯やラーメンを作りながら、杉浦さんは「本当にこれでいいのか?」と自問自答を繰り返した。そもそも台湾進出は、“安城のソウルフード”である北京飯を広めるためであるとの原点に立ち返り、今ではローカライズせずに出している。実際、「半熟飯」(160元=約610円)を食べてみたが、安城の「北京飯」そのものだった。


「半熟飯」。テイクアウトの注文も多いとか(筆者撮影)

「名古屋の台湾ラーメンも当初は辛すぎて受け入れられなかったと聞いています。しかし、2回、3回と食べるうちにハマっていくのが台湾ラーメンに限らず、味が濃厚な名古屋めしの魅力でもあります。ゆくゆくは、台湾で名古屋の台湾ラーメンを定番化させたいと思っています」(杉浦さん)

「矢場とん」や「コメダ珈琲店」も出店

台湾人が日本のラーメンを塩辛く感じるなら、名古屋めしに欠かせない豆みそは、どのように感じるのだろうか。


「矢場とん 台北東門店」。MRT東門駅からすぐの好立地にある(筆者撮影)

名古屋めしの代表選手ともいうべきみそかつで有名な「矢場とん」は、一昨年2月、MRT東門駅前に台湾第1号店となる「矢場とん 台北東門店」を開店。さらに、同年9月には台北市内のデパート、新光三越A11にも出店した。

お昼時に東門店へ行くと、1階はほぼ満員で2階に案内された。ぱっと見たところ、8割は女性客が占めていた。注文したメニューをスマホで撮影している客もいた。


矢場とん店舗営業部部長、千野広仁さん(筆者撮影)

台湾でとんかつは珍しくはありませんが、みそかつを初めて食べる方もいらっしゃると思います。オープン当初は私も調理や接客の指導で台湾の店へ行ってましたが、料理を残される方はいませんでした。ウチのみそかつは台湾でも十分に勝負できると思いましたね」と、矢場とん店舗営業部部長の千野広仁さん。

豚肉やキャベツなどの食材は現地調達だが、味の要となるみそだれとソース、カレー、パン粉は日本から送っているそうなので、日本の味とほとんど変わらない。調理技術においても、3〜4カ月間はみっちりと研修しているうえに、日本国内で店舗が新規オープンする際にも来日して研修を行っているので、今では安心して任せられるという。


「ひれとんかつ定食」。ご飯がすすむ味付けは日本とまったく同じだ(筆者撮影)

「ひれとんかつ定食」(320元=約1220円)を食べたところ、コクのあるみそとサクサクの衣、やわらかいひれ肉との絶妙なマッチングは名古屋で食べた味そのまま。

会計時、私が日本人であるとわかった店員さんは、片言の日本語で味の感想を求めてきた。「とてもおいしかったですよ」と言うと、とても満面の笑みに。深々とお辞儀をして店を送り出してくれた。

台湾への出店は、のれん分けのようなもの

3年前、MRT(台湾の地下鉄)中山駅の近くにオープンした「ソロピッツァ ナポレターナ 台北店」は、名古屋・大須に本店があるピッツェリア。


「ソロピッツァ ナポレターナ 台北店」。多くの若者で賑わっていた(筆者撮影)

ナポリピッツァ職人世界選手権で優勝したオーナーの牧島昭成さんの下にはナポリピッツァ職人を志す若いスタッフが沢山いる。台北店を任されている“パシュクアーレ ホワイト”こと陳柏壬さんもその一人だ。牧島さんはこう振り返る。


「ソロピッツァ ナポレターナ」のオーナー、牧島昭成さん(筆者撮影)

「彼は『台湾で本物のナポリピッツァを広めたい!』というパッションを持っていましたね。まじめに修業をしていましたから、台湾で店を持たせてやりたいと。実際、オープンした翌年には彼も世界チャンピオンになりました。台湾への出店は、会社の経営戦略ではなく、いわば、のれん分けのようなものです」


「ソロピッツァ ナポレターナ 台北店」の店長、陳柏壬さん(筆者撮影)

注文したのは、牧島さん直伝の「マルゲリータ エクストラ」(273元=約1040円)。香ばしく焼き上げた生地とトマトソースの酸味、水牛のモッツァレラのミルキーな風味が一体となって広がります。大須で初めて食べたときの感動がよみがえってた。

余韻に浸っていると、陳さんがわざわざあいさつに来てくれた。何でも、台北ではアメリカのピザが主流で、ナポリピッツァはまだ知る人ぞ知る存在らしい。現在、台北市内にピッツェリアは5軒ほどあるそうだが、「ウチガイチバン!」と、自信たっぷりに語る陳さんが頼もしく見えた。


「コメダ珈琲店 南京建国店」。店の前には順番を待つ客がいた(筆者撮影)

台湾へ行って不満に思ったのは、コーヒーの味。名古屋の喫茶店のように深煎りの、濃いコーヒーを飲ませてくれる店がなかったのだ。そこで、今年2月、MRT松江南京駅の近くにオープンした「コメダ珈琲店 南京建国店」へ向かうことに。

店に到着すると、なんと、行列ができていた。入り口横のメニューサンプルの前で記念写真を撮る客の姿もあった。20分ほど待って、ようやく店内に案内され、「アイスコーヒー」(110元=約420円)と「ミニシロノワール」(140元=530円)を注文。


「ミニシロノワール」。ソフトクリームの甘さが強め(筆者撮影)

アイスコーヒーは期待どおりの味だったが、シロノワールのソフトクリームは練乳のようにかなり甘ったるい。舌触りもザラついていて、クリーミーでミルク感のある日本のシロノワールとは大きく違っていた。周りの台湾人はさらにシロップをかけて食べていたので、きっと台湾人向けにローカライズしたのだろう。

半熟卵を食べる文化が台湾にも

今回の台湾行きを決めたのは、トロトロの卵でとじた親子丼で有名な「鶏三和」が今年5月に台湾へ出店したというニュースを目にしたのがきっかけだった。

生卵や半熟卵を食べるのは、日本人だけで海外では食べる習慣がなく、実際、これまで海外でトロトロに仕上げた親子丼を出したという話は聞いたことがない。それだけに、どうやって食習慣をクリアしたのかが気になって仕方がなかったのだ。


台灣鳥三和有限公司の代表取締役、古川翔大さん(筆者撮影)

「台北市内の百貨店の催事で親子丼の実演販売をすることになりました。ところが、鶏肉や卵は日本から輸出できないので、日本国内並みに衛生管理が行き届いた、生で食べてもおいしい卵や安全安心な鶏肉を台湾全土を駆け回って探しました。そんな苦労のかいがあって『早く台湾に出店して』『台湾にない味』『また食べたい』など、高い評価をいただきました。この経験が台湾出店への強力な後押しとなりました」と、さんわグループの台湾現地法人「台灣鳥三和有限公司」の代表取締役、古川翔大さんは言う。

「鶏三和微風台北駅店」がある台北駅構内の飲食フロア、微風台北台湾站へ向かうと、店の前には10人ほどの行列ができていた。店内に案内されて、10分ほどで注文した「親子丼」(270元=約1030円)が運ばれた。


「親子丼」。トロトロの半熟卵が味の決め手(筆者撮影)

卵の絶妙なとろみ加減は日本とまったく同じ。鶏肉の旨みがしっかりとしみたダシが卵とご飯を見事に一体化させていた。丼に付くつくねのコラーゲンスープや梅干しもおいしかった。ふと、店内へ目をやると、女性のグループやカップル、家族連れの客がおいしそうに親子丼を食べていた。半熟卵を食す文化が台湾へと広がったことを実感した。


「神楽家台北SOGO忠孝店」。台湾の百貨店内の飲食店は入れ替わりが激しいといわれるが、今年5周年を迎えた(筆者撮影)

名古屋市東区にある料亭「神楽家」は、5年前に名古屋の料亭として初めて台湾へ進出し、SOGO忠孝店に「神楽家台北SOGO忠孝店」を出店した。当初は台湾のパートナー企業との共同経営だったが、契約満了に伴い、今年3月から自社運営となった。

「自社運営はSOGOから熱心に勧められました。これはかなり異例のことですが、5年間の苦労が報われたと思いました。支配人や料理長、スタッフがお客様のご要望に対して真摯に向き合ったおかげです」と、店を運営する(株)リブレの社長、日下智重子さん。


「神楽家」を運営する(株)リブレの社長、日下智重子さん(筆者撮影)

台湾人に受け入れられなかったのは、名古屋では定番の八丁みそを使った赤だし。これが辛すぎるというのだ。そこで白みそを加えて辛さを和らげた。さらに、お造りの大きさも指摘された。名古屋の本店で提供する会席料理のお造りと同じサイズだったが、台湾人のニーズには合わなかったため、豪快に大きく切ったものを提供することにした。


いろんな味が楽しめる「松花堂」(筆者撮影)

私が選んだのは、お造りや煮物、揚げ物が一度に楽しめる「松花堂」(780元=約3000円)。魚介や肉などは台湾産が中心ですが、繊細で上品な味付けは料亭の味そのもの。特に、ご飯のおいしさは今回台北で食べたどの店よりも群を抜いていた。聞いてみると、台湾産のコメではなく、北海道産のななつぼしを使っているという。きっと、食材のみならず、調理法や接客においても、ブラッシュアップし続けているのだろう。そんな料亭ならではの、目には見えないきめ細やかな心配りも台湾人を虜にしているのだ。

台湾人は名古屋人とソックリ?

今回の旅で多くの方から台湾人の気質について聞いた。いわく、普段は質素な生活を送りながらも、週に1回くらいは海外でブームになっているグルメや新しくオープンした店に足を運ぶ。そして、味や雰囲気、サービスなについての感想を、店の人に遠慮なく言う──。そう、名古屋人とソックリなのだ。だからこそ、台湾に進出した名古屋の店は、台湾人のハートをガッチリつかんでいるのだと確信した。


屋台が立ち並ぶ士林夜市(筆者撮影)