テスラに搭載されている謎のバッテリーとは? 写真は日本納車開始時の「モデルS」(撮影:尾形文繁)

自動車業界「100年に一度の大転換」と言われるEVシフト。ガソリン車などの従来車から電気自動車にシフトすることは、周辺産業を含めて自動車業界を一変させるインパクトを秘めている。
そんなEVシフトを牽引しているのが、テスラ・モーターズだ。そしてテスラは、すでに電気自動車の先を見据えて事業を進めている。『決定版EVシフト』(東洋経済新報社)を上梓した野村総合研究所の風間智英氏に、テスラの強みと戦略を解説してもらった。

時価総額でGMを超えたテスラ

いまから約1年前の2017年4月、驚きのニュースが飛び込んで来た。米国の電気自動車(EV)ベンチャーであるテスラの時価総額がGMを超えたというのだ。


最近でこそモデル3の電池パック・モジュール工程で問題があり、思うように生産できず苦戦しているようだが、モデル3の予約は数十万台分あるため、問題が解決すれば順調に売り上げを伸ばすものと考えられる。

テスラは2003年にイーロン・マスクが設立したベンチャー企業である。同氏は宇宙開発企業のスペースXの共同設立者の顔やペイパルの創業者としての顔を持つ時代の寵児で、映画『アイアンマン』の主人公、トニー・スタークのモデルとしても有名である。

一方のGM(ゼネラルモーターズ)は言わずと知れた自動車業界の巨人である。設立から100年を超え、かつては世界最大の販売台数を誇った。昔ほどの勢いはないが、今も年間約1000万台を販売する。

実はテスラの販売台数は、その時点でGMの100分の1に過ぎなかった。それなのに時価総額で逆転したということは、市場が、EVという新たなクルマを引っさげて市場に殴り込みをかけたテスラに期待した結果にほかならない。

なぜそこまで、テスラは市場の期待を集めるのだろうか。

実は現在のEVは従来のガソリン車と比較した場合、航続距離でも価格でも太刀打ちできない。満足行く航続距離にするには大容量・高性能のバッテリーを搭載しなければならないが、そうすると価格が高くなり、従来車と比較して劣後してしまうのだ。


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過去にも何度かEVブームはわき起こったが、そのたびに、従来車との性能差や価格差の壁に阻まれ頓挫してきた。もちろん、技術革新により今日までに大幅に改良されてきたが、それでもまだ航続距離と価格では従来車に軍配が上がる。この問題をテスラはマーケティングで乗り越えた。

2008年はじめに上市した「ロードスター」は1000万円以上もする超高級車であったが、米国西海岸をはじめとする富裕層に支持され、高級車としては大ヒットを記録した。2012年に発売された「モデルS」は発売以降順調に販売台数を伸ばし、2016年には4万台以上を販売した。こちらも800万円以上する高級車である。

テスラの成功要因は、このように、高級セグメントに向けてEVを開発し市場投入したことだ。ターゲットとするユーザーを、先端技術やトレンドに対する感度の高いアーリーアダプターとし、かつ展開車種をプレミアムクラスに絞ることで、EVを事業として成立させたのだ。

プレミアムクラスのEVであれば高価格に設定できるので、製造コストにしばられることがない。実用性の点で申し分ないバッテリー量を搭載し、500kmほどの航続距離を実現した。また、欧州の高級車を彷彿とさせるような流麗な外装デザイン、世界最先端の自動運転機能などを搭載し、これまでのガソリン車では得られない新たな魅力を提供している。ここに、テスラのEVが売れる理由がある。


充電中の「モデルX」(撮影:東洋経済オンライン編集部)

テスラはEVを「電気で動き、環境に優しいクルマ」として売っているのではない。「先進的なデザイン、圧巻の加速性能、最先端の技術を詰め込んだ未来のクルマ」として売っているのだ。

ユーザーも、それがEVだから買っているのではない。それが、「テスラ」という新進気鋭の自動車メーカーが作った「これまでのクルマとは異なる革新的な未来を感じるクルマ」だから買うのだ。

高級セグメントに特化したことでEV市場の開拓に成功したテスラは従来の自動車メーカーにとっては衝撃的であり、現在の欧州各社のEVシフトにおける取り組みのモデルケースにもなっている。ダイムラーやBMWなどの高級車メーカーにとっても、看過できない大きな脅威となりつつある。

テスラに搭載されている謎のバッテリー

このテスラの車両には、普段は使用されない、つまり余剰なバッテリーが搭載されていることがわかった。

事の発端は、2017年夏の大型ハリケーン「イルマ」の進路となり避難命令が出された米国フロリダ半島でのことだ。テスラはユーザーが安全に避難できるよう、ネットワーク上から、関係地域のテスラ車のバッテリー容量を一時的に増やす措置をしたのだ。

もちろん、そう簡単にバッテリーの容量を増やすことなどできるはずはない。種を明かせば、車両をソフトウエアで遠隔制御し、「今まで使用されていないバッテリー」の使用を一時的に解放したのだ。

実はこれまで販売されていたテスラのEV「60」と「60D」モデルは、最初から75kWh容量のバッテリーが搭載されているのだが、ソフトウエアによって60kWhに制限されているのだ。この一件でテスラの車両には必要以上のバッテリーが搭載されていることが公になった。

これも、高級車だからこそできたことである。低価格帯の車種であれば、とてもではないがこのようにバッテリーを遊ばせておくことなどできなかっただろう。

テスラクルマの会社ではなく電池の会社になる?

テスラは2017年7月から、新型コンパクトEV「モデル3」の生産を開始した。モデル3の価格は約400万円と価格水準はそこまで高くない。これは従来のテスラの戦略が「ぶれた」のかというと、そうではない。新しいステージに進んだと見るのが妥当だ。


テスラ本社工場の様子(撮影:許斐健太)

テスラのEV事業戦略は、ロードスター、モデルS、モデルXというプレミアムセグメントに絞ったところからスタートした。この戦略が奏功し、投資費用を早期に回収する一方で、自社のブランド価値を発信するとともに次世代事業の開発費を捻出したのだ。これを元手に、高級車セグメントより大きな普及価格帯車両の市場を狙い、満を持してモデル3を投入したのだ。

EVという技術革新とこうした事業戦略により、次世代の高級車も普及車も市場を押さえようとしているテスラだが、彼らはすでに一歩先を見据えている。

テスラは2017年からネバダ州で稼働を開始したギガファクトリーを所有している。これはパナソニックと共同で設立したバッテリー製造施設であり、東京ドーム10個分の大きさを持つ「世界最大の建築物」と言われている。

生産量は年間35GWhを見込まれており、この圧倒的生産量を背景に、将来的には競合各社が太刀打ちできない価格帯でのバッテリーシステムを実現したうえで、自動車だけでなく、定置型蓄電池などの他社への外販拡大を狙っているのだ。

バッテリーを武器にテスラがこれからどのようなビジネスを展開するのか、今後も目が離せない。