「年収900万円」の家族には、大きなワナが待ち受けている(写真:kikuo / PIXTA)

今回私たちの事務所へマネー相談に訪れたのは、大手メーカーで総合職として勤務している39歳のE男さんと専業主婦の奥様C子さんです。6歳になる息子さんが1人います。

誰もが知っている大手メーカーに勤めるE男さんの年収は約900万円。現在は会社の社宅に住んでいるそうですが、そろそろ家を購入したいとのこと。2人目の子どもも考えているそうで、将来のマネープランについてご相談にいらっしゃいました。

年収900万円で都心7000万円のマンションは買える?

E男さんは、大手メーカーに勤務する39歳の男性。総合職として働くE男さんの年収は900万円です。現在の会社員の平均年収が400万円程度なので、年収900万円と聞くと、世間的にはかなりの高収入というイメージがあるでしょう。お話を伺ってみると、E男さんも、C子さんも「うちの家庭は高給取り」という意識がすごくあり、「ブランド志向」であることがわかりました。

まず、購入しようとしている家は、東京都心部の絵に描いたような「ブランドマンション」で、夫妻は「できれば新築」と言います。「今は金利も安いから」、とも。もし中古物件を買う場合でも10年以内の築浅物件を希望しており、希望物件をざっと見積もると価格は7000万円程度です。6歳のお子さんも中学校から私立に行かせる予定で、2人目のお子さんが生まれた場合も、やはり中学校から私立に行かせたいとのことでした。

E男さん、C子さんともご両親は晩婚で、いわゆる団塊の世代なので2人とも典型的な団塊ジュニア世代です。E男さんもC子さんも都内の高級マンションに住み、中学校から私立へ進学して社会人になり、ここまでやってきました。2人にとっては、「親が自分たちにしてくれたことと、同じことをしようと思うだけ」とのことでした。

確かに、今はE男さんの給料だけでも特に暮らしに不自由はないようです。ということは、このまま新築マンションを買って子どもも私立に行かせて大丈夫なのでしょうか。そこで2人に、今の収入と支出の話を詳しく聞いてみました。

なぜE男さんとC子さんは不自由なく、暮らせているのでしょうか。読者もうすうす感じていると思いますが、その理由を探っていくと、2つに集約されました。「社宅住まいで家賃が相当安いこと」と、「子どもがまだ6歳なので、教育費にもさほどおカネがかからない」ことが功を奏しているのです。

試算は大赤字!受け入れられないE男さんは怒り出した

では、このまま本当にマンションを買ったり、子どもを中学生から私立に行かせても大丈夫でしょうか。早速、2人の希望に基づいて、「キャッシュフロー表」を作ってみました。将来の収支を予測するために、「入り」=収入と「出」=支出を書き込んで行くというシンプルなものですが、とても重要なものです。

すると、家計はお子さんが私立中学校に進学する頃から大幅な赤字に……。たとえば私立中学に通わせたら、入学金や寄付金などでそれだけで簡単に100万円が飛んでいきます。さらに授業料は、毎月5万円以上は当たり前。ということは、中学入学時の初年度は200万円前後を覚悟しなければいけません。そこにさらに7000万円のマンションを購入するとなると……。たとえば両方の親からかなりのおカネの援助などがあれば別ですが、毎月のローンは、社宅時代の住宅費とは比べものになりません。

この結果をみたE男さんもC子さんも「信じられない……」と絶句、しばし呆然としていました。「うちのような高年収でも、高級マンションが買えず、子どもを私立に通わせられないとしたら、どこの家庭ができるんだ!」と怒られたのを覚えています。

このように、比較的高収入の人の家計に見られる傾向としては、「都心にマンション」「子どもは私立」、さらに「高級車を所有」……というように、すべてワンランク上のものを嗜好する、いわゆるブランド志向があげられます。「自分は高給取り」という意識が働き、家も教育も車も、高いものになってしまうのです。

E男さんが怒ったことが、すべてを物語っているのかもしれません。「年収が900万円もあるのだから、問題ないはずだ」という気持ちはわかります。しかし実際には「希望」をすべて実現すると、貯蓄ができない余裕のない家計になってしまいます。余裕がないくらいなら、まだましかもしれません。場合によっては、「高給取り意識」が命取りになり、赤字家計を引き起こしてしまうことも珍しくありません。E男さん一家は実行する前に相談に来たから良かったのですが、もし実行していたら、大変なことになっていたと思います。どうしてこのような認識の違いが出てくるのでしょうか。

平均年収が400万円の今の時代、年収900万円以上と聞くと、さぞかし、貯蓄もたくさんあると思いますよね。しかし、聞いてみると、E男さん一家の貯蓄額は300万円を超えたくらいでした。これでは7000万円のマンション購入は、無謀な話です。

実際、こうした家計は、珍しいことではありません。それどころか、金融広報中央委員会の「家計の金融行動に関する世論調査」によると、年収900万円どころか年収1000万円の家庭でも約1割がなんと「貯蓄ゼロ」なのです。どうして、こういうことになるのでしょうか。

先ほど、比較的高収入の人に見られる傾向として、家も教育も車も「高給取り意識」が反映した選択になっていると言いましたが、大きい買い物だけではなく日常の生活支出にも、この「高給取り意識」が反映されています。

どう違うのでしょうか。たとえば、日常の買い物なら同じスーパーでも成城石井に、衣類・バッグ・靴なら、百貨店などで「衝動買い調達」(割引率の高いファミリーセールは活用せず)、飲料水用にウォーターサーバーを設置し、こだわりの電化製品を活用するなど、平均的な生活をしている人たちの家計に比べると、全体的にワンランク上の買い物をする傾向にあります。

「年収900万=実際は650万」、高コスト体質を見直す

実は、この「普段の高コスト体質」こそが問題なのです。ほとんどの買い物において単価が高いので、結果的に金額が嵩んでしまうというワケです。「年収が高い割に貯蓄がない」という人の多くは、ここに原因があるケースが多いようです。

しかも、「年収900万円」と聞くと、かなり稼いでいるように聞こえますが、所得が多いほど税率が上がる「累進課税制度」のもとでは、収入が高くなればなるほど税負担は重くなります。手取り額に直すと、実際は650万円前後になります。この額のほうが大切です。

また、子どもを抱えるファミリー世帯の場合、年収が高いと児童手当などの各種手当も所得制限に引っかかり、減額されたりもらえなかったりするので、その点も考慮すると、手取り収入は世間のイメージほど多くないのが実情です。ちなみに、2018年度の税制改正で、年収850万円以上の人は増税になることが決まりました(子どもがいる家庭などは、この限りではありません)。これは2020年1月より実施されます。加えて、中学生までの子どもがいる世帯に支給されている児童手当にも、メスが入りそうです。

今回、E男さん一家も、キャッシュフロー表などをお見せすることによって、自分たちが思うほど高給取りでないということがわかり、その結果、マンションの購入物件や子どもの教育プランなどについてもすべて大幅に見直すことになりました。また、奥さんのC子さんは近い将来、働くことも視野に入れ、情報収集を始めることになりました。今後、コスト構造を見直し、かつ年収が増えるなら、選択肢は広がります。

比較的高収入の人ほど、つい「あれもこれも」と望んでしまいがち。ですが今の時代は給与がさほど伸びない中でも、支出だけは多くなる傾向にあります。おカネの「使いどころ」と「貯めどころ」を考え、メリハリをつけたマネープランを考えることが大切です。