黒田安念寺。お堂までの階段はなかなか急なので高齢者にとっては上り下りも大変

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最近は歴史やパワースポットブームを背景に、各地のお寺を訪れる人も増えている。仏像に興味を持つ若い女性も多く、“仏女”という言葉もポピュラーになった。

私のように、仏像は有名な寺を訪れたときに見るくらいだという人もいるだろうが、日本には本当にたくさんの仏様がいる。なかには地元の人々にとって、まるで家族のような存在になっている仏様もいる。

滋賀県長浜市にある黒田安念寺(天王山安念寺)は、まさにそんなところだった。726年、ときの右大臣であった藤原不比等の庶腹・詳厳法師が開いた寺で、それ以来、藤原一族が永住。いまも藤原氏の末裔である10戸の村民が暮らし、当番制で寺を守っている。ご本尊の聖観世音菩薩は、かつて夏の行事のときに川で洗い清められたことから「いも観音」とも呼ばれ、親しまれている。

もともと17体だった仏像は2度の盗難にあい、今は10体しかない。それもあって普段は入り口にカギをかけており、参拝者が来たときや行事の際に都度開けているそうだ。年間参拝者数は450人。有名なお寺と比較すればかなり少ないが、感覚としては自宅に年間450人を招き入れるようなもの。限られた人数、それもおもに年配の人が対応していることを考えると、かなり大変だとわかるだろう。

「“大変でしょう?”とか“ようやってるな〜”とか、よく言われるんですけど負担には感じてないですよ」
というのはこの日案内してくれた当番の藤田道明さん。ちなみにこの地区に住んでいるのは、新しく引っ越してきた1軒をのぞき、みんな藤田さんである。

黒田安念寺に限らず、長浜市にはこのように地域の人たちの信仰と暮らしが密に結びついた場所が多い。琵琶湖の北に位置するこの地には、130以上もの観音様が伝わり、「観音の里」とも呼ばれているほど。国宝や重要文化財も多く、たとえば渡岸寺観音堂(向源寺)には国宝十一面観世音菩薩がある。

基本的には地元の人たちが静かに守り継いでいる観音様が多いのだが、大浦十一面腹帯観音堂のように、全国からの参拝者が絶えないところもある。

ご本尊である「十一面腹帯観音菩薩」は、肉付きのよい腰と少しふくらんだお腹から、子宝・安産祈願で有名。なんと観音様の腰に直接1週間ほど巻いた腹帯がいただけるというから、いかにもご利益がありそうだ。ちなみにここの腹帯、皇后・美智子さまや皇太子妃・雅子さまのご懐妊の際にも献納されたのだとか。

長浜市は平成の大合併によって面積が拡大し、見どころも増えた。昨年10月には琵琶湖の最北に位置する「菅浦の湖岸集落景観」が国の重要文化的景観に選定されている。菅浦といえば、随筆家の白洲正子さんが著書『かくれ里』の中で「湖北の中でもまったく人の行かない秘境」と記したところ。ここにも、阿弥陀寺という阿弥陀如来像を本尊とする寺がある。

私自身、これまで仏像を見るときは美術工芸品や文化財としての価値ばかりに注目しがちだったが、長浜の観音様を見ていると、そのまわりにいる人々にも自然と目が向いた。今なお、コミュニティの中心として、地元の人々の心のよりどころになっている観音様。その求心力はとても大きい。

昨年春に東京藝術大学大学美術館でおこなわれた「観音の里の祈りとくらし展」に長浜の観音様が出展されたことで、最近は関東地方からの参拝者も増えているという。ただ、観音の里は決して“ザ・観光地”な場所ではない。今回訪れた中では、渡岸寺観音堂(向源寺)以外は参拝に事前予約も必要だし、フラリと立ち寄れる感じでもない。ただ、それだけに、訪れた人のことは本当に丁寧にもてなしてくれる。
「自分たちの大切な仏様をわざわざ見に来てくれた」という気持ちからなのだろう。興味を持った人はぜひ一度足を運んでみては。
(古屋江美子)