もはや次元の違う世界。数字に見る岩隈久志のすごさ
福島良一MLBコアサイド
2014年シーズン、シアトル・マリナーズの岩隈久志投手はキャンプ中に右手中指を負傷。結局、開幕には間に合わず、初登板は5月3日までずれ込みまし た。しかしその後、岩隈投手は素晴らしいピッチングを続け、現在(8月26日)の成績は12勝6敗・防御率2.83。メジャートップの防御率(2.92) を誇るマリナーズ投手陣の主軸として、まさにフル回転の活躍を見せています。
今シーズンの岩隈投手を取り上げるうえで、まず特筆すべきは抜群のコントロールでしょう。アメリカ随一の野球専門誌『ベースボール・アメリカ』は 毎年8月にシーズン前半を評価して、選手の能力を数々の部門に分けてランキングしているのですが、ア・リーグの「ベストコントロール部門」において、昨年 の岩隈投手はバートロ・コロン(当時オークランド・アスレチックス/現ニューヨーク・メッツ)に次ぐ2位にランクイン。そして今年も、デビッド・プライス (タンパベイ・レイズ→デトロイト・タイガース)に次ぐ2位に選ばれました。プライスは左投手なので、岩隈投手は現在、ア・リーグで最もコントロールの良 い右腕と言えるでしょう。
いかにコントロールが良いかを示す数値として、アメリカでは「WHIP」をよく用います。WHIPとは、被安打 数と与四球数(与死球は含まない)を投球回数で割った数値で、1イニングあたり何人の走者を出したかを表しています。WHIP1.00未満なら球界を代表 する投手と言われているのですが、岩隈投手の今シーズンの数値はWHIP0.98。これは現在、チームメイトのフェリックス・ヘルナンデス(0.88)、 シカゴ・ホワイトソックスのクリス・セール(0.93)に次ぐア・リーグ3位の記録なのです。
ちなみに昨シーズン、岩隈投手はデトロイト・タイガースのマックス・シャーザーに次ぐア・リーグ2位のWHIP1.01をマークしています。2年連続でWHIP1.00前後を記録している投手は、今のメジャーリーグでわずか数名しかいません。
WHIPの計算方式を見ても分かるとおり、低い数値を残すためには、いかにフォアボールを出さないかが重要となります。岩隈投手が9イニングで与 えたフォアボールの平均数は、メジャートップの0.78個。149イニング3分の1を投げて、わずか13個しかフォアボールを出していないのです。昨シー ズン、岩隈投手が残した与四球率はア・リーグ3位の1.72個。これも十分にすごい数字なのですが、今シーズンはまた一段とコントロールに磨きがかかった と思います。
平均的な投手が与えるフォアボールの数は9イニングあたり約3個で、2個以下は優秀と言われています。ましてや1個以下とい うのは、信じられない数字です。今シーズン、平均1個未満を記録しているのは、岩隈投手とミネソタ・ツインズのフィル・ヒューズ(0.82個)のふたりだ け。このままの数値をキープできれば、1998年にジェイミー・モイヤーという左投手がマークしたマリナーズの球団記録(1.61個)を塗り替えることに なるでしょう。
またアメリカでは、与四球と奪三振との比率もピッチャーを評価する基準として用いられます。今シーズンの岩隈投手は、1個 のフォアボールに対して9.31奪三振(メジャー2位)。今シーズンはフォアボールを13個しか与えていないのに、すでに121個もの三振を奪っていま す。平均的なピッチャーは、1個のフォアボールに対して2〜3個の三振を奪うぐらいの比率(2.00〜3.00)です。岩隈投手の9.31奪三振との差は 歴然で、すでに次元が違います。
特に7月1日から24日まで、岩隈投手は「5先発試合・連続無四球」という球団新記録を樹立しました。こ の期間、35イニング3分の2連続無四球という記録も残しましたが、これは2010年7月にクリフ・リー(現フィラデルフィア・フィリーズ)がマークした 38イニングに次ぐ球団史上2番目の記録なのです。
フォアボールが少なければ、もちろん球数も少なくなります。今シーズンの岩隈投手は現 在、メジャー2位の1イニング平均13.76球しか投げていません。メジャーの平均は1イニング15球と言われています。となると、6イニングを投げると 90球、7イニングだと105球になる計算なので、そのあたりで投手を交代させるのが一般的でしょう。しかし、岩隈投手が100球まで投げるのなら、8回 途中まで引っ張ることができるのです。
昨シーズン、岩隈投手の1イニングの球数はメジャー1位の14.12球でした。今後も好投を続けられれば、2年連続でメジャートップとなる可能性 も十分にあるでしょう。球数が少ないと、肩やひじへの疲労度も軽くなるので、厳しい夏場でもローテーションを崩すことはありません。チームの監督からすれ ば、これほどありがたい先発ピッチャーはいないでしょう。
今シーズンのマリナーズは、エースのフェリックス・ヘルナンデスが「16試合連 続7イニング2失点以下」というメジャー新記録を樹立しましたが、岩隈投手の内容も決して負けていません。両エースが長いイニングを投げ、リリーフ陣に休 養を与えていることが、投手陣全体の活性化につながっているのではないでしょうか。
今シーズンの岩隈投手について、個人的に注目している のは、「勝ち星」と「フォアボール」の数です。現在、岩隈投手は12勝を挙げており、与えたフォアボールの数は13個。両方の数字がほぼ並んでいるので す。もし、フォアボールの数より勝ち星が上回ってシーズンを終えることがあれば、それは驚愕すべき記録だと思います。
歴史を振り返ると、 1893年以降、フォアボールの数より勝ち星が上回ってシーズンを終えた投手(規定投球回数以上)は3人しかいません。ニューヨーク・ジャイアンツのエー スとして活躍し、歴代3位の通算373勝を残したクリスティ・マシューソン(1913年=25勝11敗・21与四球、1914年=24勝13敗・23与四 球)、ブラックソックス事件の舞台となった1919年のワールドシリーズで世界一に輝いたシンシナティ・レッズのスリム・サリー(1919年=21勝7 敗・20与四球)、そしてカンザスシティ・ロイヤルズ時代にサイ・ヤング賞を2度受賞したブレット・セイバーヘイゲン(1994年=14勝4敗・13与四 球/当時ニューヨーク・メッツ)です。普通に考えれば、この記録がいかに難しいか、容易に想像できるでしょう。
近年では、グレッグ・マ ダッックスとカート・シリングがその偉業に迫りました。「精密機械」と呼ばれたマダックスは、1997年のアトランタ・ブレーブス時代に19勝4敗を挙げ て、与えたフォアボールは20個。惜しくも快挙を達成することはできませんでした。一方、シリングは2002年のアリゾナ・ダイヤモンドバックス時代に、 「20勝達成と20個目のフォアボール、どっちが早いか?」という話題で盛り上がりました。結果的にシリングは23勝7敗・33与四球という記録でした が、両者ともそのシーズンは信じられないピッチングを披露していたのを覚えています。2002年以降、このときのような盛り上がりは記憶にないので、ぜひ とも岩隈投手にその偉業を達成してほしいと願っています。
福島良一●解説 analysis by Fukushima Yoshikazu