マリナーズ首脳陣からも絶大な信頼 今季3勝無敗の岩隈久志の凄さとポーカーフェイスの下に宿る強い気持ち
安定感のあるピッチングを続けている岩隈
昨年ワールドシリーズ優勝を飾ったレッドソックスのファレル監督は、「コウジをマウンドに呼ぶ時が、もっとも安心できる瞬間だ」と話し、守護神・上原浩治に対する絶対的な信頼度を表現した。今、マリナーズのマクレンドン監督がこの言葉を聞いたら、きっとこう言うに違いない。
「自分がもっとも安心できる時は、クマ(岩隈久志)が先発する日だ」
マリナーズの岩隈久志が快投を続けている。20日のレンジャーズ戦を終えて、今季は3勝無敗、防御率1・76という好成績を残している。正確に言えば、「今季は」という表現は間違いだ。「今季も」と昨季からの継続性を持たせなければならないだろう。14勝6敗でサイ・ヤング賞争いで堂々の3位入賞。ア・リーグ15球団の全投手の中で、シャーザー(タイガース)、ダルビッシュ(レンジャーズ)に次ぐ3位に選ばれたのだから、たとえ受賞を果たさなくても、評価の高さに大きく胸を張っていい。
フォーシームとシンカーの速球系に加え、切れ味抜群のスプリット、打者の目先を変えるスライダー、カーブを、投げたい場所にピンポイントで制球する。「どの球種でもストライクを奪える」と太鼓判を押すのは、マリナーズのウェーツ投手コーチだ。
「ピッチングの基本は、速球の制球力。加えて、何か一つ絶対的な球種を持っていると、普通のいい投手から素晴らしい投手にステップアップできる。クマの場合は、どの球種もしっかりと制球できる上に、天下一品のスプリットがある。クマが頭抜けた存在になっているのは、スプリットがあるからだ」
昨季は200イニングを超え、23回のQSを記録
日本では、押しも押されもせぬ楽天のエースだったが、海を渡った2012年、マリナーズの開幕ローテーションに入ることはできなかった。慣れないブルペンで過ごす日々が続いたが、地道な努力は必ず報われる。チーム事情も手伝って、7月に念願の先発ローテ入り。ここから期待を裏切らない投球で、不動のエース、ヘルナンデスに並ぶ戦力であることを証明し、ズレンシックGMをはじめ首脳陣から絶対的な信頼を集めるようになった。
“キング”ことエース右腕のヘルナンデスと、先発ローテの双璧をなすようになった昨季の活躍はご存じのとおり。1年間しっかりと先発ローテを守り抜き、投球回数は200イニングを超えた。打線の援護がなく、白星に結びつかない試合もあったが、先発投手を評価する指標の1つ、クォリティスタート(6回以上を投げて自責3以下)の回数は33試合に先発したうち23回。言い換えれば、23回はチームに勝てるチャンスを与えたことになる。
昨年最後の登板を終えた際、岩隈は「200イニングを目標にローテーションを守り切りたいと思っていたので、それを達成できたことはすごく自信になったと思います。来年も同じような成績、それを最低限にできるようなピッチングができたらいいと思います」と話し、充実感に溢れる表情を浮かべた。
もちろん、チーム成績は納得のいかないものに終わってしまったが、先発として1シーズンを終えて、今まで以上に自信を深めた事実は変わらない。だからこそ、今季開幕を故障者リスト(DL)で迎えることが分かった時は、本当に心痛んでいる様子だった。
オフ中の今年1月、ロサンゼルス近郊での自主トレーニング中に、右手中指の腱を痛める怪我を負ってしまった。当初は大事ではないと思っていたが、キャンプインを前に医師の診断を仰いだところ、6週間のノースロー調整を言い渡された。基本的には、キャンプのほぼ全期間をノースローで過ごさなければならない。
岩隈自身は「(開幕に)合わせます」と力強く言い切ったが、それも「チームに迷惑を掛けて申し訳ない」という気持ちが先立ってのこと。「今年もやってやろう、という気持ちで入ってきましたが……」という言葉が、何よりも岩隈の悔しさを物語っている。
今季初勝利の後、極上の笑顔を浮かべた
だが、メジャーリーガーたるもの、ここでくじけてしまうような精神力は持ち合わせていない。迷惑を掛けたチームに対し、自分ができることは何か。起きたことを悔やむのではなく、どうやって早く復帰するか、復帰した時いかにいい投球をすることができるか、それを考え、取り組むことだ。
「ある程度できあがっていた」という肩の状態を保ち、さらには上げていくようなトレーニングに取り組み、時には拳にタオルを巻いて、マウンド上でシャドーピッチングをした。
ようやく右手中指から固定具が外れた後も、テニスボールのキャッチボールから始まり、野球のボールを使ったキャッチボール、傾斜のない場所での投球練習、ブルペンでの投球練習、打者を立たせた投球練習と、段階を踏みながら、復帰への道を歩んだ。
この間もチームに同行していたのだが、「やっぱり一緒に応援しながら、早く戻ってチームに貢献したいという気持ちでずっといました」という。今でこそ、チームの勝率は5割前後を推移するが、4月は負け越すことが多かっただけに、プレーで貢献できないことが歯がゆくて仕方なかったのだろう。
本来ならば、3〜4回はマイナーでのリハビリ登板を行いたかったところだ。キャンプで何もできなかった岩隈にとって、マイナーでの登板=オープン戦のようなもの。通常、先発投手はオープン戦で5試合ほど投げる間に、徐々に球数を90〜100球まで上げて、肩の強度を高めていく。だが、岩隈がメジャー復帰を果たすまでにマイナーリーグで登板したのは、わずか1試合で76球までだった。
オープン戦で1度しか投げずに開幕を迎えたようなものだったが、5月3日アストロズ戦では6回2/3を投げて6安打4失点と奮闘。今季初勝利を手に入れた後に、「やっと戻ってこれたっていう気持ちで、すごくホッとしています」と極上の笑顔を浮かべた。
復帰後、岩隈がよく口にするフレーズ
2度目の先発となったロイヤルズ戦からは、3試合連続で8回を2失点以下に抑える快投を続けている。100球に満たない球数で、完封や完投を目前にマウンドを下りることに疑問を抱く声もあるようだが、メジャーは完全分業制であること、岩隈は昨季も100球を超えた試合は33試合中8試合だったこと(110球を超えたことはない)、加えて今季の岩隈はオープン戦なしに開幕を迎えた状態であることを理解しておかなければならない。
3点以内のリードで9回を迎えた場合、そこには試合を締めくくるクローザーが控えている。基本的に、彼らからセーブ機会を奪うことはできない。しかも、オープン戦を飛ばして開幕を迎えた人物が、3試合連続8回を2失点以内とすれば、それ以上に何を求めることができるのだろう。
復帰後、岩隈がよく使うフレーズがある。「強い気持ちでマウンドへ上がる」というフレーズだ。
「1試合1試合を大事に、集中して投げています。(開幕をDLで迎えた遅れを)本当に取り戻したい気持ちで、強い気持ちで投げている結果、いいピッチングができているのかなって思います」
21世紀も10数年を経た今、根性論とか精神論とか、そういった類の言葉や考え方は時代錯誤と言われるかもしれない。だが、今の岩隈が自らの持つ投球術を最大限に発揮できている理由の1つは、間違いなく「気持ち」にあるだろう。淡々とアウトを積み重ねていくポーカーフェイスの下に宿る強い気持ち。シーズンが終わる頃には、開幕をDLで迎えたことすら忘れるような、そんな成績を残しているような気がする。
【了】
佐藤直子●文 text by Naoko Sato
群馬県出身。横浜国立大学教育学部卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーとなり渡米。以来、メジャーリーグを中心に取材活動を続ける。2006年から日刊スポーツ通信員。その他、趣味がこうじてプロレス関連の翻訳にも携わる。翻訳書に「リック・フレアー自伝 トゥー・ビー・ザ・マン」、「ストーンコールド・トゥルース」(ともにエンターブレイン)などがある。