【村上 茂久】ゲーム会社なのに投資の運用益は驚異の172億円…!《投資の天才》1600億円を運用するコーエーテクモ襟川恵子会長が稼ぎまくった「意外な投資商品」
「投資会社がゲームを作っている」
コーエーテクモホールディングスは主力のゲーム事業のほか、投資で莫大な利益を得ていることから、冗談混じりにこんな言われ方をされることがある。
10月28日に発表した中間決算でも、その特異なスタイルは顕著に現れていた。本業の稼ぎを示す営業利益は106億円の一方、投資の運用益などを含む営業外収支は103億円だったのだ。しかも、同収支は前年同期を上回っている。
この驚異的なパフォーマンスを支えているとされるのが、同社会長の襟川恵子氏だ。運用を一手に引き受けており、「投資の天才」との呼び声も高い。
勝ち続ける投資家は一体どのようなアプローチを取っているのか。
『決算分析の地図 財務3表だけではつかめないビジネスモデルを視る技術』の著作もある株式会社ファインディールズ代表取締役の村上茂久氏が、決算資料からベールに包まれた天才の投資術に迫る。
コーエーテクモの驚きの運用益
「信長の野望」や「三國志」、「無双」シリーズなどのゲームで知られるコーエーテクモゲームスを傘下に持つコーエーテクモホールディングス(以下、コーエーテクモHD)。歴史やゲームの好きな方なら、一度はこれらのゲームで遊んだことがあるのではないでしょうか。
このコーエーテクモHDには、実はゲーム開発事業以外にも、もう一つの顔があります。
ゲームソフトで数々のヒットを飛ばす日本を代表するゲーム会社であると同時に、投資でかなりの額を儲けている会社でもあるのです。SNS界隈でもよく話題に上がっています。
実際、コーエーテクモHDの経常利益を営業利益と営業外収支(営業外収益+営業外費用。ただし、営業外費用はマイナスの値)に分解すると図表1のようになります。
※外部配信先では図表がすべて表示されない場合があります。その際は「マネー現代」内でお読みください。
追随を許さない特異なスタイル
ここで簡単に会計上の利益の説明をします。売上高から原価を差し引いたものが売上総利益(粗利)です。ゲーム会社で言えば、ゲーム販売の売り上げから、ゲーム開発にかかった製造コスト等を控除したものが、粗利にあたります。
この粗利から人件費、家賃、広告宣伝費等の販売費及び一般管理費を控除したものが営業利益です。この営業利益は本業からもたらされる利益と考えられます。
この営業利益に、本業以外の収益である営業外収益と営業外費用を加減したものが経常利益になります。ここで、営業外収益や営業外費用としては、例えば受取利息、支払利息、為替差損益などがあげられます。
コーエーテクモHDの2024年3月期における経常利益は457億円であり、この内訳は営業利益285億円に対して、営業外収支が172億円になっています。つまり、営業外収支が経常利益の38%も占めているのです。この営業外収支172億円は過去最高の値です。
続いて、図表2はコーエーテクモHDの過去10年間の経常利益に占める営業外収支の割合(以下、営業外収支割合)を示したものです。過去10年間で営業外収支割合は平均で30%となっていて、かなり高い水準を誇っています(2023年3月期のみ2%と極端に低い理由は後編で解説します)。
実際、他のゲーム会社と比較してもコーエーテクモHDの営業外収支割合は38%と圧倒的です(図表3)。これに22%のスクウェア・エニックス、4%のカプコンなどが続きます。
なお、スクウェア・エニックスの営業外収支割合も20%を超えており高い水準ですが、これは為替の影響による例外的なものです。実際、スクウェア・エニックスの2022年3月期における営業外収支割合は5.5%でした。
では、なぜコーエーテクモHDの営業外収支は大きいのでしょうか。
ゲーム業界は当たり外れが大きい
2024年3月期の統合報告書には以下の記載があります。
「ゲーム業界は予測が立てにくいビジネスであるため、当社では短期的な業績の変化にかかわらず将来に向けた開発や事業を積極的に行えるよう、手元資金を潤沢に確保しています。これらの資金はただ寝かせておくのではなく、リスクとリターンのバランスを取りながら効率的に運用しています」
確かにゲーム業界の場合、ヒット作が出るか出ないかで売上高は大きく変わります。実際、ゲーム業界の雄とも言える任天堂は、Wiiがヒットした際に売上高は1.8兆円を超えましたが、その後Wiiの後継期であるWii Uが不発に終わってしまった2017年3月期には、売上高は3分の1以下の5000億円を下回るまで下がりました。
その後わずか4年で、Switchのヒットとコロナ禍の巣篭もり需要により売上高は2021年3月期に1.75兆円まで回復しました。このようにゲーム業界ではジェットコースターのような業績になることがよくあります。
WiiやSwitchといった置き型のゲーム機を開発している任天堂ほどではないものの、多くのゲーム会社はヒット作の良し悪しにより業績が大きく変動します。そのため、手元資金を潤沢に確保することは理にかなっていると言えます。
このような背景もあり、コーエーテクモHDはその余剰資金を投資に回しているというわけなのです。
数字で確認をすると、コーエーテクモHDの総資産2458億円に対して、流動資産である有価証券584億円と固定資産である投資有価証券1066億円を合計すると1650億円近くの投資有価証券を保有していることになります(通常、流動資産の有価証券は1年以内に売却予定の短期保有であり、固定資産の投資有価証券は長期保有を目的とします)。
これら有価証券の合計金額はなんと総資産の67%を占めるほどです。つまり、コーエーテクモはゲームを開発しながらも1600億円を超える有価証券を運用しているゲーム会社なのです。
個別株では儲かっていない…?
図1にもあったように2024年3月期におけるコーエーテクモHDの営業外収支は172億円のプラスです。この収支の内訳を滝チャートで表現すると図表4のようになります。
図表4の滝チャートからわかることとして、コーエーテクモHDの営業外収支172億円の特徴は3つあげられます(ここではざっくり営業外収支を運用益として考えています)。
第一に、営業外収支として172億円のプラスはあるものの、これは収益と費用の差額であり、すべての投資がうまくいっているわけではないということです。実際、2024年3月期においては、営業外収益だけで357億円を稼いでいます。この金額はコーエーテクモHDの同期における営業利益285億円を25%も上回っています。一方で、営業外費用として185億円の損失も計上をしています。
結果として172億円の営業外収支となっているのです。
第二に、営業外収益における稼ぎ頭は「受取利息」ということです。資産運用と聞いた場合、多くの人は株式投資をイメージするのではないでしょうか。実際、筆者もコーエーテクモHDの営業外収支が大きい理由は、株式投資でのリターンが大きいからだと思っていました。
しかしながら、事実としては、受取利息146億円は、投資有価証券売却益、いわゆるキャピタルゲイン99億円を大きく上回っています。他にもデリバティブ評価益89億円があり、デリバティブでもリターンを得ていることがわかります。
ちなみに、デリバティブは「金融派生商品」とも言われ、株価や為替レートなど、ある特定の金融商品(原資産)の値動きに連動するように設計された商品のことを言います。たとえば、株や債券の「先物」や「オプション」がこれにあたります。
第三に、実はキャピタルゲインではあまりリターンを得られていないということです。図表4にあるように、投資有価証券売却益で99億円の営業外収益を得ている一方で、投資有価証券売却損で90億円の損失を出しています。
つまり、ネット(純額)での有価証券売却損益はわずか9億円なのです。これは、営業外収支172億円のわずか5%ほどです。つまり、2024年3月期におけるコーエーテクモHDの営業外収支の稼ぎ頭は、有価証券の売買で得られるキャピタルゲインではなく、受取利息という「インカムゲイン」なのです。
では、受取利息がメインの収益となっているコーエーテクモHDの投資ポートフォリオはどうなっているのでしょうか。
後編〈投資の運用益「172億円」を生み出す“特異な手法”を公開…!《投資の天才》コーエーテクモ襟川恵子会長「爆益の秘密」〉では、襟川会長の投資術にさらに迫っていきます。