メソポタミアからローマ帝国まで、単独執筆の力業! 好評「地中海世界の歴史」の「古代文明」への新視点とは。

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世界史を学びなおす――。この数年、おとなの「世界史」がブームだ。出版、テレビ、ネット動画にも「〇〇の世界史」「世界史が〇〇でわかる」といったタイトルがあふれている。そんななかで、文明の始まりからローマ帝国までの古代文明史を、新たな視点で読み直す新シリーズが好調だ。大胆な着想とスケール感で注目を集めている「地中海世界の歴史〈全8巻〉」である。著者・本村凌二氏(東京大学名誉教授)のインタビューを中心に、その新視点を紹介していこう。

文明の二大源流は「地中海」と「東アジア」

シリーズ「地中海世界の歴史」は、刊行前から歴史ファンの話題となり、4月に同時刊行された第1巻・第2巻、7月刊行の第3巻ともに、発売早々に重版が決定。先月、最新の第4巻が刊行された。

このシリーズの最大の特徴は、メソポタミア・エジプトから、ギリシア、ローマにいたる4000年の文明史を、「地中海文明」という大きなくくりでとらえていることだ。

しかも、それを各エリアの専門研究者の分担執筆ではなく、一人の歴史家が全8冊を執筆する。著者の本村凌二氏は、古代ローマ史研究の第一人者だが、メソポタミアやエジプト、古代ギリシアは、いわば「専門外」となる。

「たしかに、僕が全体の監修をつとめ、各巻は専門の研究者に書いてもらう方が、間違いないし、最新の研究動向も反映できるでしょう。でも、のちに地中海世界の覇権を握ったローマ帝国を足場にして見ると、オリエントやギリシアについての論点や解釈は違ってくる。それで、いつのころからか「これは俺一人で書くしかないな」と思うようになったわけです。」(本村氏)

シリーズタイトルになっている「地中海世界」とは、たんに地中海に面した沿岸地域のことではない。メソポタミアやエジプトに起こったオリエント文明から、ペルシア帝国、古代ギリシアを経て、ローマ帝国の成立と崩壊にいたる歴史の舞台のことだ。そこで興亡を繰り返した様々な文明を総称して「地中海文明」と呼ぶ。

かつては、ヨーロッパ文明のルーツは「ギリシア・ローマ文明」と考えられ、「オリエント文明」とのつながりはあまり重視されてこなかった。しかし――、

「ギリシア・ローマをオリエントと切り離して考えるのは、古代ギリシアを自らの祖先と考えるヨーロッパ人の、願望も含んだ捉え方なので、私たちユーラシアの東の人間がそこにこだわる必要はないわけです。むしろ東側から素直に見れば、オリエント文明とギリシア・ローマはつながっているんじゃないでしょうか。」(本村氏)

アジアからの視点で見れば、メソポタミア文明からローマ帝国へは一つの文明圏としてとらえることができる、というのだ。「すべての道はローマに通ず」と言われるが、単に地上の道だけでなく、長い歴史の道もつながっているということか。

そしてもう一つ、「文明」についての興味深い見方が示される。

古代文明としては、メソポタミア、エジプト、インダス、黄河というかつて「四大文明」と呼ばれた大文明以外にも、アメリカ大陸のマヤ・アステカやインカ文明、中国でも黄河流域以外に多様な文明があったことが知られている。

「そうしたさまざまな古代文明の中で、私は現在の中国を中心とした「東アジア世界」と、メソポタミアからローマまでを包括する「地中海世界」を、文明の二大源流ととらえていいんじゃないかと思います。ここで生まれた文字、経済活動、宗教や思想などが、その後の人類史に与えた影響はとてつもなく大きく、この二つは人類の「基幹文明」と呼んでいいでしょう。」(本村氏)

地中海世界は、ローマ帝国の分裂とともに解体し、東西のヨーロッパ世界とイスラム世界に再編される。つまり、地中海文明はヨーロッパの源流であるだけでなく、現在のイスラム圏の源流でもあるのだ。

「現代の欧米と中東、つまりユーラシアの西側がどんな歴史を共有し、その根底にどういう問題があったのかを深く理解していくにも、「地中海世界」という捉え方は必要だろうと思います。」(本村氏)

神々の「ささやき」と「沈黙」とは?

人間は、神をどのように意識してきたか――。この「神と人間の関係」が文明の変貌に大きく関係していると本村氏はいう。いわば「心性史」の視点を取り入れているのも、このシリーズの特長だ。

第1巻の『神々のささやく世界』はメソポタミア文明やエジプト文明を取り上げ、第2巻『沈黙する神々の帝国』はその後のオリエントに栄えた大帝国、アッシリアとペルシアの興亡を描いている。

「この2冊は、ぜひ同時に刊行したかったのです。というのは、この2冊の間に、非常に大きな文明の転換が起こっている。その変貌をぜひ読み取っていただきたいのです。」(本村氏)

その「文明の転換」とは、「神々の声が聞こえなくなった」ということに大きく関係があるのではないかという。古代人の残した史料を虚心に読んできた本村氏には、「かつての人間には神々の声が、「気のせい」や幻聴ではなく、実際に聞こえていたんじゃないかと思えるんですね」というのだ。

ところが、アルファベットなどの文字が開発されて以降、神々の声が聞こえなくなってくる。「文字の発明」と「神々の沈黙」にどんな関係があるのか、史料的に証明することはできないが、この頃から、神の声を聞く能力を持った「預言者」が次々と現れ、また、多くの人間集団を従える強大な権力も誕生してくる。最初の「世界帝国」と言われるアッシリアやペルシアでの人類の経験は、のちのローマ帝国にも息づいているという。

つづく第3巻『白熱する人間たちの都市』が描くのは、エーゲ海とギリシアの文明だ。「神々の世界」から、人間が歴史の主役になってくる。

「ギリシアの英雄叙事詩『オデュッセイア』には、神々を恐れず自分の意志で行動する人間が描かれます。もちろん、ギリシア人がみなそうだったというわけではなく、そういうオデュッセウスのような人物が、ギリシア世界の先頭を切っていたということでしょうか。」(本村氏)

ここで生まれた理知的な文明の中で、現代につづく自然科学や、民主政、自治といった政治体制と思想も誕生してくる。

「しかし、当時の人々が、現代人と同じように都市の自由や民主政を享受していたかといえば、そうではない。とくに考えさせられるのが、奴隷の存在です。プラトンやアリストテレスでさえ、「自然による奴隷」すなわち奴隷を生まれながらの存在として容認しているのです。そんなところに、古代社会の深淵を覗き見るような思いがしますね。」(本村氏)

最新刊の第4巻『辺境の王朝と英雄』は、アレクサンドロス大王の東征とその後のヘレニズム時代がテーマとなるが、この時代は、従来の歴史シリーズではギリシアとローマに挟まれた「文明の過渡期」といった捉え方が多かった。

「しかし実は、ヘレニズムというのは、世界が一体化した「最初のグローバリズム」であり、おそらく経済的にも豊かで、アレクサンドリアやペルガモンなど各地で先進的な文化が発達した時代だったのだと思います。特に重要なのは、ギリシア語が共通語として使用される中で、各地に新たな神々が生まれてくるのです。」(本村氏)

こうした視点から、この第4巻の「ヘレニズム文明」は「特に1巻を設けたかった」(本村氏)という異色作だ。

1月に刊行予定の第5巻からの4冊は、いよいよローマ文明だ。本村氏は「4000年の文明史を見通したとき、文明はどのような変貌をとげているのか、じっくり考えていきたいと思います。」という。

※さらに全8巻の読みどころは、著者インタビュー〈前編〉〈後編〉を、関連記事〈アフガンで発見された謎の「左足の断片」。見過ごされてきた古代文明は、人類最初のグローバリズムだった!〉も、ぜひお読みください。

東から見ればオリエントと古代ローマは続いている。中国と地中海が文明の「二大源流」だ。